428 酒リベンジ計画
人魚たちの慶事が続く中、農場ではまだ未解決の問題が水面下で燻ぶっていたりする。
実はそういうのがとても多いんだが。
今日はその一つを解決するために酒蔵を訪れた。
我が農場の数ある施設の一つ。
酒神バッカスが主催する、あらゆる種類の酒……あと酢を製造している施設だった。
そこで働いているのはバッカス教団の巫女さんたち。
酒を飲み、酒に飲まれ、酒こそが人生の喜びであると信仰する皆様のことだ。
その教祖は酒神バッカス。
信仰対象も兼ねているんだが。
何千年か前に神と人の間に生まれたハーフで半神と言われているらしい。
半分神の血が混じっているだけに色々超越していて死にもしないし老いもしない。
ノーライフキング以上の不老不死で、永遠に地上を彷徨う。
地上を彷徨うのはひとえに酒のためであるのだが。
何しろある時期、半神すべて神界へ移り住んでいったというのに彼だけ地上に残った理由は酒だというぐらいだから。
地上で新しい酒と出会って飲み、みずからも新しい酒を作り出す。
そのために正式な神の仲間入りを拒否したというのだから空前絶後の酒好きだ。
で。
そんなバッカスが農場に住み着いて、酒造りなどしております。
別にお願いとかしたわけじゃなく、気づいたらなんかそんな感じになっていたのだ。
さすが半分とはいえ神。やることが自由すぎる。
しかし今のバッカス、非常に落ち込んでいて酒蔵の片隅でうなだれているのだった。
「……まだ立ち直れていないのか?」
あれからけっこう経ったというのに。
そう、最近バッカスはずっと落ち込んでいるのだ。
行動力の塊のようなヤツなのに、動かず何もせず、肝心の酒造りも信者さんたちに任せっ放し。
だからこそ酒蔵自体は全然問題なく回っているのだが、だからと言ってバッカスをこのまま放置していい理由にはなるまい。
「……いや、実際大分放置しちゃったんだけど」
何せ博覧会が終わって以来ずっとだからなあ……。
そうバッカスがこんなに落ち込んでしまった原因は、博覧会にあった。
先の冬、魔国にて行われた催し。
農場博覧会。
そこでは農場の仲間たちがそれぞれ培ってきたものを発表し、大好評を博したものだった。
実はバッカスも博覧会に出展していた。
テーマはもちろん酒。
バッカスが農場に来て、俺の持つ異世界の知識やら、農場の珍しい作物を取り入れ作られた珍しい酒の数々を、初めて公表した。
当然のように大絶賛。
バッカスが主催した『酒館』には長蛇の列ができ、魔都中の飲兵衛たちが結集した。
客入りは好調。レタスレートの『豆館』やヴィールの『小麦館』と最高集客数を争えるポジションにあったと思う。
しかし、そうはならなかった。
バッカスの『酒館』は集客率ナンバーワンの栄冠に輝くどころかトップ争いに加わることなく消えていった。
展示物が酒だから。
飲むと酔っぱらうから。
『酒館』の周りに大量の酔っぱらいで溢れかえってしまったのだ。
酔って周囲に絡んだり、道端で寝転んだり、極めつけには吐いたり。
さすがに博覧会全体の治安が悪くなりかねないということで即日閉鎖。
バッカスの『酒館』は初日のみ開催された幻のパビリオンとなってしまった。
そのことがよほどショックだったらしい。
博覧会が終わって久しくなった今なお落ち込み続けるバッカスだった。
「私の酒が…、私の酒がこんなに受け入れられなかった……!」
と。
そんなうわ言ばかり漏らしている。
「何がいけなかったんだ……? 私の酒は、悪酔いなどしないはずなのに……? 酒の神が作った酒は、あとに残らぬいい酒なのだ!!」
とは言ってもなあ。
農場製の飲食物はどうも外より格段に美味しいらしい。
お酒だって例に漏れず、いつも飲んでる酒より数倍美味しいとのことでお客さんもついつい杯が進み、行き着く先が泥酔。
そんなパターンが溢れかえってしまった。
特にバッカス、博覧会にかなり気合入っていたのか、農場にある酒を全種類持ち出してきたからなあ。
こっちの世界では一番ポピュラーなワインはもちろんのこと。
ビールに日本酒、アルコール度数の高い蒸留酒まで。
果実酒もできうる限り持ち出して、竜酒までメニューに入れようとしたので慌てて止めたほどだ。
それだけ気合が入っていたということだろう。
なのに中止。
ショックを受けるのも仕方がないか。
「せめて度数の低い酒だけに限定してくれれば、酔っぱらいトラブルもなかったろうになあ……」
「ウイスキーも焼酎も水割りで出す手はずだったんだ! なのにいつの間にかストレートで……!」
そりゃ泥酔するわ。
「まあ俺もな。博覧会全体を成功させたかったんでトラブルを許すわけにはいかなかったんだよ」
実際開催期間中、『酒館』再開の要望は何度となく受けたが結局最後まで受け入れなかった。
二度と酔っぱらいは出しません、酔ってトラブルを起こしませんという確証が得られなかったから。
「酔っぱらいの言葉ほど信じられないものはないからな」
「酷い……! 酒は世界を平和にできるのに……! 世界中すべての人が酒で友だちになれるのに……!!」
すべての過ちも酒から発生すると言えるがな。
しかしまあ、バッカスがこのまま落胆しているのも見ていて心が痛む。
博覧会フィナーレから今日まで、オークボ城やら、ノーライフキング博士の襲来やら、アロワナ王子とパッファの結婚騒動やら、やることがのべつ幕なしにあってなかなか手をつけられずにいたが。
そろそろ本格的にバッカスを励ましてやらねばならんか。
「頼む聖者! 博覧会では失敗したが、私は世界に酒の素晴らしさを広めたいのだ! もう一度チャンスを! 何かないか!?」
と言われても、また公の場で農場製のお酒を振舞えとでもいうのだろうか?
どうせまた酒が進みまくって泥酔し、トラブルになるのが目に見えているから許可できないなあ。
美味しすぎて酔い潰れるまで飲んでしまうという。
なんと皮肉なことよ。
「酔っぱらいトラブルを防止するのが絶対条件だよなあ。博覧会ではゲロ吐かれるのが最大の被害だったけど。それ越えて刃傷沙汰にまでなったら本当シャレにならん」
かといって飲んで酔っ払わなかったら酒じゃないし。
程度が問題なのだよ。
酔っぱらってもいい。ただ周囲に迷惑がかかるほど酩酊するな。
……と言って皆守ってくれるなら苦労はない。
最初から酔い潰れるつもりで予定通りに酔い潰れる人などいない。
そこが酒の恐ろしさなのだ。
「だから酔い過ぎをなくす……せめて減らす手段が欲しいところなんだよな」
どうして酔っぱらう?
それは酒を飲むからだ。
限度を超えて酔うのは、酒を飲み過ぎるからだ。
ではどうすれば酒を飲む量を減らせる? 酒ばかり飲まないようにできる?
「あ」
そうだ。
酒しか飲まないから悪いんだ。
「酒じゃなくて他のものも食ったり飲ませたりすればいいんだよ。簡単なことだった」
思えば博覧会ではそれこそ酒しか出さなかった。
酒の神ゆえに酒以外に興味がないからだろうか。
「酒しか飲ませないなら酔うに決まってるじゃないか!」
「えッ? 何? 何かいけなかった!?」
この半神!
問題解決の糸口が見つかりました。
酒以外にも出せ!
酒を飲み、間に何か口に入れてまた酒を飲む。
このサイクルによって体内のアルコールを薄め酩酊を防ぐんだ。
つまり……。
「おつまみ!」
酒のつまみは必要です!
こうして方針が決まった。酒リベンジイベントの開催のために第一歩として、異世界酒のつまみを作製するぞ!






