425 発酵の後継者
こうしてついにアロワナ王子とパッファの結婚が決定しました。
万歳めでたい!
多くの者どもも祝福の拍手を浴びせかける。
「おめでとう!」
「おめでとー」
「お幸せにねー」
「ちッ」
今、舌打ちしたの誰だ?
まあどうせ自分も結婚したいけどまだできないって人が嫉妬したのだろう。
それよりも今は二人だ。
「よーし! 今すぐ人魚国に帰るぞ! 実は式の準備は各所に手配してスタンバイしてあるのだ! あとは花嫁を迎えるのみですぐに決行可能!」
「やった! さすが旦那様!!」
人目もはばからず抱き合う二人。
テンションがおかしくなっておるが、それだけ我慢が長かったということだよなあ。
まあお幸せに。
それでも即座に挙式は性急すぎない?
「さすがにその日のうちは無理よ」
「「えーッ!?」」
シーラ王妃が代表して指摘くださる。
「当たり前でしょう。式の準備はできていても招待客の手配なんかは手付かずでしょうに。呼んでその日のうちに来る人なんてそうそういないし」
「誓いをたてるだけなら二人で充分!!」
「そういうわけにもいかないでしょう。アナタたちは未来の人魚王、人魚王妃なのですから関係各所から重要人物を招待して盛大にやらないと。それが王者の務めというものよ」
「むう……ッ!?」
ついさっき『王族とは何か?』っぽい自問自答を壊れるまで繰り返してきたカップルなので聞き分けないわけにはいかない。
「それにパッファさん。アナタだってやることが残っているのではなくて? 結婚する前にやるべきことが?」
「いえ、ないです」
「力強くハッキリ即答しないで」
結婚に目が眩んだパッファには他に何も見えない。
「アナタにはこの農場で重要なお仕事を任されているのでしょう? それを唐突に放り出して、嫁入りのために去ってしまわれるつもり?」
言われてみればそうである。
人魚族の持つ魔法薬の技術は農場に欠かせない。
作物が恐ろしく速く育つ肥料を作ったり、室内を急速に冷やして冷蔵庫にするための冷却剤を作ったり、他普通に怪我や病気を治す薬も人魚たちの秘術に頼っている。
中でもパッファは発酵食品作りを一手に引き受ける責任者だ。
昔はプラティが担当していたが、農場が大きくなっていく過程で引き継がれた。
パッファがアロワナ王子と結婚するのなら、農場に住み続けることもできない。
何度も言われているように、王の妻となることには相応の責任が伴うのだ。
「……パッファは農場を出て行ってしまうんだな……」
今まで結婚自体に目標が集中して意識が回らなかったが、一緒になればパッファは当然人魚国でアロワナ王子と一緒に暮らすことになるだろう。
ここ……農場にはいられない。
「……そうだな、農場はさぞかし困るだろうな。アタイが有能な分いなくなれば空く穴はデカい」
「やな言い方ー」
しかし本人の言い分は正しく、パッファがいなくなれば農場の発酵食品部門は立ち行かなくなるだろう。
昔のようにプラティが担当することは無理。
彼女の手が回らなくなったから交代したんだし。
「大丈夫だもう手は打ってある」
パッファがどこからか引っ張ってくる少女。
急に登場した少女に見覚えがあった。
「キミはたしかエンゼルの友だちの……」
「ディスカスです! パッファ姐さんの跡目を引き継ぐことになりました!!」
跡目?
そんな大仰な。
この子はいつぞや農場にやってきた人魚国の第二王女エンゼルの取り巻きの一人だったはず。
姉プラティを含めた六魔女に挑みながらも返り討ちにあって、以降人手不足の農場でこき使われていた。
六魔女の弟子みたいな扱いで。
ディスカスはその一人。
「コイツには、アタイの漬け物技術のすべてを叩き込んでおいた。アタイに代わって発酵部門の責任者を任せる器量は充分にある」
「マジで?」
ここに来たときは素人同然でしかなかったのに。
「アタイが出て行ったあとはコイツに全部任すといい。漬け物づくりに関してはもうアタイと同等の腕があるよ。『凍寒の魔女』の名もコイツに譲ってやっていいくらいさ」
「姐さん……!」
妹分感涙してるけど、でも姉貴分に追いついたのは発酵食品作りの分野だけなんですよね?
もっと他の分野も極めてからの方がよくない魔女襲名させるの?
「っていうか後継者をちゃんと育ててたのね、抜かりないじゃない」
「たりめーよ! 結婚が決まったらすぐにでも出ていけるように、あらゆる準備はしてきたわ!!」
パッファの結婚にかける執念が物凄かった。
……じゃあ、パッファ結婚に関する農場側の懸念も払しょくされたということで、いよいよパッファとの別れか。
「……キミはいいの? 頼りにさせてもらうけど……?」
一応、後任に指名された人魚少女ディスカスに尋ねる。
パッファの代わりを務めるなら、とりあえず無期限で農場に住んでもらうことになるから、さすがにな。
「はい! 姐さんと約束したんで! 姐さんのシマはアタイが代わってしめていきます!」
「そうすか」
じゃあ万事問題ないということで。
パッファとアロワナ王子の結婚はつつがなく決行されるかと思いきや……。
「ちょっと待ちなさい!!」
なんか止められた。
誰だ?
せっかくすべて丸く収まるところだったのに?
「その決定に異存があるわ! パッファお義姉さまのあとを継ぐのは、アタシこそふさわしいんじゃなくて!?」
「な、なにぃ!?」
お前は……!?
「エンゼル!?」
人魚国第二王女エンゼルではないか!
アロワナ王子やプラティの妹!
「漬け物作りの責任者に、このエンゼル王女が立候補するわ! 速やかにアタシをその座に就けなさい!」
「嫌だよ」
「なんでッ!?」
逆に聞こう、なんでキミをパッファの後釜に据えなければならんのか?
既に本人が手塩にかけて後継者を育て上げ、指名しているというのに?
「だってー! プラティお姉ちゃん立ち上げて、パッファお義姉さまが発展させた部署でしょう!? ならばアタシが引き継げば、人魚王家の姉妹が代々受け継いでいくという伝統ができるじゃない!!」
「勝手な伝統作らないで」
そんな拘りないし。
別にうちの農場は血統主義なんて敷いていないから。
実力、人格、あとモチベーションを兼ね備えて前任者から指名を受けたディスカスで決めるよ。
「えーやだやだ! アタシもお姉ちゃんたちと同じポストを任されればお姉ちゃんたちと同格って気がするじゃない! アタシも責任者やりたいー!」
「そういう動機か!?」
フツーに不純な!
「ねえいいでしょうママ! ママからもお願いしてよー!」
とシーラ王妃に縋るエンゼル。
エンゼルが、アロワナ王子やプラティの妹とするならば当然彼女もシーラ王妃の娘。
シーラ王妃は娘の我がままをどう受け止めるか。
「あら仕方ないわねえ。婿殿、エンゼルちゃんのお願い聞いてくださらない?」
「丸呑みした!?」
王妃、娘に大甘だ!?
アロワナ王子やプラティがしっかりしてるから、てっきり厳しく躾けるものと思っていたのに!?
「ママはねえ……、基本子どもに大甘なのよ」
長女プラティが苦々しい顔つきで言った。
「アタシや兄さんがしっかりしてる分、すぐ下のエンゼルに甘やかしが集中しちゃって……、見事なアホ妹に……!?」
「その分プラティが鬼のように厳しく躾けてくれて何とか人前に出せる水準を保てているがな。……まああれでも一応いい子なんだが……」
アロワナ王子まで呆れ顔。
「よし、こうなったら勝負するしかないわね!」
エンゼルが勝手に言い出した。
「どちらがパッファお義姉さまの後継者にふさわしいか! 漬け物づくりで勝負よ!」






