420 新米皇帝発展記その六 ファミリー増える
「なんてもの食わせるんだぁーッ!?」
一同を代表して叫ぶ。
おれの名はアードヘッグ。
姉ヴィールが振舞ってくれた料理の製法がとんでもなかった。
同じドラゴンを鍋の中で長時間煮て、お湯に染み出したドラゴン成分がスープの決め手だったのだ!!
ふざけんな!
「ゲホゲホゲホゲホ……! うえ、うぇえ……ッ!?」
マリー姉上は咽ながらえずいてるし。
さすがの父上も表情を青くして……。
「……まさか娘の残り湯を飲まされるとは……!?」
先代ガイザードラゴンである父上すらたじろがせるとはヴィール姉上恐るべし……!?
いや、今回しでかしたのはヴィール姉上だけでなく……。
「わたしの味が気に入っていただけたようで嬉しいですわー」
……鍋の中から手を振っているもう一人のグリンツェルドラゴンもだが。
名前はシードゥルといったか。
聞き覚えがないということは、それほど実力もない下位ドラゴンということだろう。
それこそ父上やマリー姉上から見たら取るに足らない小物だが、その小物でも思わぬ方法で強豪ドラゴンを圧倒する……!?
「これが弱者の戦い方ということか、恐るべし……!」
「違うと思うけど!?」
こうしてラーメンの隠し味となっていた女ドラゴン。鍋からよいしょっと飛び出してくる。
鍋に煮られていたので素っ裸のずぶ濡れであったが、そこはドラゴン。
竜魔法ですぐさま体の表面が乾き、マナを具現化させた衣服が体を覆う。
彼女の人間に変身した姿は、色気溢れる美女だった。
気品さといい妖艶さといい、マリー姉上の人間形態に勝るとも劣らない。
「アナタ様がアードヘッグ様ですのね? 新たなガイザードラゴン、お初にお目にかかりますわ」
「う? うん?」
非常識極まる登場の仕方だった割に挨拶はビックリするほど礼儀正しい。
ドラゴンの辞書に礼儀はあった。
「このグリンツェルドラゴンのシードゥルは、アナタ様のガイザードラゴン即位に心よりの祝賀を申し上げますわ。そしてアナタ様への絶対の忠誠と、永遠の賛同を誓いますわ」
そう言って片膝をつき平伏する様は、人類が行う臣下の礼そのものだった。
こんなことされたの初めてだ。
他の竜は、おれがガイザードラゴンになったことへ不満たらたら喧嘩売りに来るばかり。
全員タメ口でケンカ腰だった。
それに比べてシードゥルさんのなんという物腰の柔らかさ。
おれ、敬われている?
ガイザードラゴンとして初めて敬われている!?
「ありがとう。キミに祝福を述べてもらったおかげで、初めてガイザードラゴンとなった実感が得られた」
なんていいドラゴンだ。
これで登場の仕方が常識的だったら言うことなかったのに!!
「恐れ多いお言葉ですわ。わたしはアードヘッグ様の味方、そう考えてよろしいのですわね?」
「無論だ! キミがそう望む限り……!」
「では、私の力や知恵を奪ったりしないのですわね?」
「えッ?」
「レッサードラゴンにしたりしないのですわね!? 確証を! わたしの生命を無事安堵していただけるという確証を!!」
と言いつつおれに縋ってくる!?
ナニコレ!?
「シードゥルのヤツは、父上が子どもたちの力を奪っていると聞いてマジビビッてたからな。それで事が収まるまで酒瓶の中に隠れてたくらいだぞ?」
「はっはっは、そんなこともあったなー」
「お前のやらかしたことだぞ?」
ヴィール姉上と父上が和やかに見守ってくる。
そんなに落ち着いてないで助けて! 彼女を止めて!
シードゥルさん、おれにぐいぐい体を押し付けてくるんですが!?
「代替わりしたアナタ様は、父上のような暴虐を繰り返したりしませんわよね!? わたし生きててもいいんですわよね!?」
どうやら先代の父上同様おれが他の竜を脅かしはしないかと不安らしい。
ガイザードラゴンに魔力と知恵を奪われた竜はレッサードラゴンとなり、獣同然となり果ててしまう。
自分がそうなってしまうのが何より嫌らしい彼女。
だから全力でおれに媚びてくるのか。
「わたしの安全を保障してくださるなら終生お仕えいたしますわ! 新生ガイザードラゴン様! わたしを第一の下僕としてくださいまし! アナタに命じられれば何でもしますわ!!」
全面的な服従を申し出るのもすべては保身のためだろう。
自分の安全第一な精神が物凄い。逆に感心するぐらいだが……。
「アードヘッグ様こそ我が主! アードヘッグ様のことを終生お慕いしますわ! アナタがわたしの一番大切なお方です! ……ん?」
そんなシードゥルの肩に置かれる手。
それに気づいてシードゥルが振り返った瞬間、突き刺さるボディブロー!?
「ぐぶぼえッ!?」
シードゥルが乙女とは思えない呻き声をあげてのたうち回る。
そしてマリー姉上が、シードゥルに触れた拳を汚らわしいとばかりに振り払った。
「ドラゴンでありながら泥棒猫の真似をする恥知らずがいると聞いたけど、コイツかしら?」
聞いたって、アナタずっと目前にいたじゃないですか?
どうしてマリー姉上はシードゥルを殴った?
「よく覚えておきなさい? ドラゴンは誇り高き生物、媚を売るなどもっての外よ。誇りを失えば生きる価値なんてないわよね?」
「あれええええッ!? 生き延びるために必死でしたのに却って身の危険に繋がっているわ!?」
本当にね。
ドラゴン実力ナンバー2だったマリー姉上にかかれば下っ端のシードゥルくらい確実に殺せるだろう。
っていうかなんでそんなに殺意満々なんですか?
「知ってるぞこれ。ご主人様が言ってた昼ドラというヤツなのだ」
「マリーが嫉妬の炎をメラメラと……。シードゥルも言葉のチョイスが絶妙にアウトだったけど天然なんだろうなあ……」
ヴィール姉上と父上が訳知り顔で傍観している!?
「アードヘッグッ!!」
「はひッ!?」
何なんですかマリー姉上!?
怖いですマリー姉上!?
「こんな雑魚娘竜にチヤホヤされたぐらいで調子に乗らないことね! 所詮アナタは半人前! おべっかに浮かれるなんて百年早くてよ!」
「そ、そうですね! 気を引き締めないとですね!」
「そうよ! 本当によくやったと判断した時だけわたくしが褒めてあげるから、その時だけ喜ぶがいいわ! 他のどんな女のおべっかにも揺らいじゃダメよ!!」
「わかりました! 以後誰から褒められようと喜んだりしません!」
「だからわたくしだけはいいのよ!?」
マリー姉上。
外からの雑音にいちいち揺らされてはいけない王者の心得を教えていただけるのですね……!
なんとありがたい!
「あのー……、やっぱり私もラーメン食べてみたいんですが……?」
「仕方ないなー。なら普通の豚骨スープで作ってあげるのだ」
ヴィール姉上とアロワナ王子も、完全にこっちの様子を無視して思い思いにしている!?
「付き合いきれないって皆悟ったんだろうなあ……」
一方、問題のこっちではマリー姉上とシードゥルが何故か張り合っている!?
「ズルいですわ! マリーお姉様は元から最強なんですからアードヘッグ様に媚びる必要ないじゃありませんか!? わたしのサバイバルを邪魔しないでくださいませ!」
「ばッ、バカをお言いでないわよ! わたくしがいつアードヘッグに媚びました!? わたくしは最強竜の一角として、この半人前に指導を……」
「だったら引っ込んでいてください! わたしの媚び媚び生存戦略を邪魔しないで!」
「だからその態度がドラゴンにあるまじきと……! 大体媚びるならなんでわたくしにも媚びないのよ!? わたくしも相当強いわよ!?」
「わかっておりませんわね……! こういう時は、一番強いお方に集中して媚びるのがいいんですわ!」
なんかわけわからん言い合いになっておる。
「おおおおッ!? これがラーメン!? さすが聖者殿考案の料理だけあって美味い!」
「おいヴィールよ。おれにもラーメンのお替りくれ。普通のスープの方な」
「えー? シードゥルスープまだまだ残っているから消費できるヤツが消費してほしいのだ。父上はそっち食え」
* * *
そうして。
「わたしもここに住むことにしました」
なんか決まった。
「アードヘッグ様がお優しい方だとわかりましたので、お傍にいた方が断然安全ですわ。残虐非道のお父様とは大違いです!」
「はっはっは。聞いてるぞ本人がー?」
シードゥルは、そこの子どもの姿をしたのが先代ガイザードラゴンであると気づいてない。
「シードゥルが農場にいても処理できない竜酒やゴン骨ラーメンが増えるばかりだから助かるのだ。アードヘッグあとは頼むなー?」
厄介者を押し付けんばかりに!?
こうしておれの龍帝城にまた一人の同居人(同居竜?)が増えることとあいなった。
「やだーッ! わたくしがまだまだ媚びきれないのにこんな直球で媚びるヤツが同居するのはやだーッ!!」
そしてマリー姉上は、まだ自分のダンジョンに戻らないのかな?






