412 猫は不滅を持っている
……猫がいた。
あ、いや申し遅れました俺です。
……でも猫がいるよ?
農作業を終えて帰宅の途中、道端でぺろぺろ足を舐めている様を見かける。
「あれ猫だよな?」
「猫ですねえ?」
随伴するゴブ吉にも確認するが間違いない。
猫だ。
可愛い。
「ちっちっちっちっちっちっちっち……」
猫を発見するととりあえず唇を鳴らす。
音に反応して必ずこっちを見る。猫はすべてに対して鋭敏な感覚を持っているのだ。
ここで不用意に近づいてはいけない。
野良猫はとても用心深い。まずは人差し指をピンと伸ばして猫へ突き出す。
するとヤツらは、必ず歩み寄ってきて指先をフンフン匂うのだ。
「可愛い」
「可愛いですねえ」
ゴブ吉も猫の可愛さを理解する。
やがて匂い慣れてくると今度はヒゲが生えている部分を指先に擦りつける。
匂いを擦りつけているのだ。
自分の匂いをつけることで『これは安全』というマーキングをしているのだろう。
そんな理屈を差し置いても、猫の方から体を擦りつけてくる行為は……。
「可愛いなああああ……!!」
「可愛いですねええええ……!!」
正気を奪い去るのに充分だった!
俺たちの世界では紀元前よりこうやって人は猫に魅了されてきたのだ!
「初めて見ますが、どうしたんですかねえ?」
「本当にどうしたんだろうな?」
農場で猫を見かけたのはこれが初めてである。
これはけっこう不可解なことだった。
もしこの猫が元から住んでいる地元猫だとしたら、もっと早めに出会っていなければおかしい。
別の土地からやってきたとしても、ちょっと考え難い事態だ。
農場は、一番近い人里からも歩いて数ヶ月はかかる。
「まったくありえない話ではないが……?」
俺自身が、その数ヶ月を踏破してここまでたどり着いた男だからして。
道すがら草を食んだり魚を釣ったりして食料を確保し、到達できた。
貧弱現代っ子であった俺にできたのだから猫にできないことはないと思う。
「でもその割にはコイツ毛並みいいよなあ?」
猫の脇をもって抱き上げてみる。
野良とは思えないほど従順で無抵抗。
毛並みは艶々して、痩せ細っている感じはない。むしろ程よく肉がついてしなやかな美猫という印象だった。
……あとメスか。
「誰かが持ち込んだということは考えられませんでしょうか?」
ゴブ吉の推理に俺も賛同した。
ここ最近博覧会やらオークボ城やらで往来が多かったからな。
移動は基本転移魔法だが、それに紛れてやってきたという可能性がないでもない。
「留学生の誰かが密かに持ち込んだということも考えられます。あの年頃です。ペットも飼いたいと思うでしょう」
「ポチたちで我慢してほしかったところだな」
ゴブ吉の推理が的中していたのなら、今頃ペットがいなくなって大騒ぎじゃないのか?
ペットはいわば家族も同然で、行方不明になる辛さはよくわかる。
「この人懐っこさから飼い猫であることは大いにあり得るし、連れて帰っておくか」
「それで誰かが密かに飼ってないか調べてみましょう」
俺たちは猫を連れて帰ることにした。
「我が君、農具を持ったまま猫まで抱き上げるのはしんどいでしょう。私がお預かりしましょう」
「気が利くな、じゃあ農具は頼むよ」
「いえ猫の方です」
ゴブ吉と猫持ち役の座を奪い合いつつ、ちょっとした拍子でスルリと猫が落ちた。
「うわッ! 猫特有の軟体が……!」
本当に猫は時折液体みたいになる。
いやそれどころじゃない。
このまま猫がどこかへ逃げ去ってしまったら再び見つけ出すのに一苦労!
と思ったが……。
猫はどこにも逃げず、俺たちの足にまとわりつくように並走するだけだった。
可愛い。
しかも『にゃ~ん』という鳴き声が歩行するごとに揺れて『にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……』となるのが……。
「「可愛い……!?」」
結局俺とゴブ吉は、いえに辿り着くまでほっこりした気分になった。
* * *
そして家に到着。
農場の中心部分にある母屋が俺の寝泊まりするスペースだ。
「ただいまー」
「おかえりなさーい。ごはんにする? お風呂にする?」
出迎えるのは我が妻プラティ。
ジュニアが生まれてからは醸造蔵の仕事を他の人魚に任せて家事に専念。家で俺の帰りを待ってくれている。
今日もジュニアを抱きかかえて玄関までお出迎えに来てくれた。
「ねえねえ聞いて聞いて? ……ん? 何それ?」
プラティも俺の隣で『なー』と鳴く不思議物体に気づかずにはいられない。
「ポチたちみたいに毛むくじゃらだけど小さいわねえ? あら、どうしたの? アタシのところに来て……!?」
プラティのことを一目見るなり、奇襲速度で飛び寄る猫。
そして凄まじい勢いでプラティのことを匂いまくる。『フンフンフンフン』という音が聞こえてきそうだ。
「やだなにこれ? そんなにアタシにすり寄って? アタシのことが気に入ったの!?」
猫に懐かれて気を悪くする人間などいない、いうことで。猫からめっちゃ匂われるプラティもまんざらではない様子だった。
プラティは人魚だから、地上の生き物には少々疎いところがある。
だから猫のこともひょっとして見るのは初めてなのかと思ったが……。
しかし人魚だからこそ、猫にあそこまで懐かれている?
猫が魚咥えて追いかけられると歌われるくらいに猫の魚好きは有名だ。
そんな猫が、あそこまで熱心に人魚のプラティをフンフン匂っているのは……!?
「磯臭さが……!?」
「魚臭さが……!?」
俺とゴブ吉が並んで戦慄した。
「やーん、この子可愛い! 旦那様何なの? この子飼うの?」
プラティも即効で猫の虜となりメロメロだった。
「いや、これだけ人懐っこいってことは既に誰かに飼われている猫だろう。これから飼い主探しをするよ」
とりあえず一番クロそうな留学生たちから質していこう。
そう思って猫を連れ学生たちの寮に行くと……。
* * *
「きゃあああああ猫おおおおおおおおッ!!」
「猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫ッ!!」
「ん、猫ちゃん猫ちゃん!」
「あばばばばばばばばぼおおおおおおおッ!!」
猫相手に学生たちのテンションが一気に最高潮に達した。
これはアレだ。
学校に野良犬が迷い込んできた時のアレだ。
特に女子を中心に猫を取り囲んでいた。
「これは猫の方がクタクタになるパターン……!?」
しかし肝心の、この猫を飼っているという生徒は名乗り出てこなかった。
叱られるのが嫌で沈黙しているという風も感じられない。
この猫は留学生が隠れて飼っているわけではなさそうだ。
しかも……。
「この猫だったら前にも見かけましたよ?」
「何回か寮にも現れたよな?」
「てっきり地元の野良猫かと……」
という証言まで得られた。
どうやらこの猫はけっこう前から農場にいるようだ。
「本当に一体どこから来たんだ?」
いよいよ、この猫の存在が不気味になりかけていた時。
『ここにおられたか』
「あッ、先生?」
ノーライフキングの先生が訪問してこられた。
しかし先生の視線は俺に向けられていない。
……猫に?
『気配がしたので来ているのはわかっていたが、ならば挨拶ぐらいはしてほしいものですな。アナタはただでさえ小さくて見つけにくいというのに……』
「……どういうことです先生? っていうかそれは誰へ向けての言葉?」
『そこの猫ですが』
「え?」
先生ついに!?
……いや、不死の王である先生がまさかボケるということはあるまい。
もしやこの猫、先生が飼い主だとか!?
猫の前では皆がボケボケになってしまう!
『いや、飼い主ではなく、……顔見知りと言いますかな』
「?」
『そんな形態をとっているから勘違いされるのです。ノーライフキングの中でも最高の長寿と知識と魔力を誇る、……ノーライフキングの博士』
先生は猫に向かって言った。
猫は肯定するように『にゃん』と鳴いた。






