411 春の留学生たち
こんにちは、人族のリテセウスです。
修行と勉強のため、聖者様の農場に移り住んでからけっこうな時が経ちました。
冬が明け、新たな年を迎えても僕たちのすることは変わりません。
冬の間も博覧会を手伝ったりオークボ城を手伝ったり参加したりもしていました。
反乱鎮圧にも参加してたんですよ。
人間カタパルトで城塞都市メルカイデ内部に放り込まれた一人が僕です。
人質救出のための囮になれって言って真っ先に。
バディ役のエリンギアさんと一緒に奮戦していたら別動隊が人質救出していつの間にか勝利していました。
そんなこんながあって、春になると外でのお祭りも終了し、再び農場へ戻ってきました。
今では農場の方が実家に戻ってきたような安心感がありますが、だからと言って安心はできません。
あらゆる常識を超える聖者様の農場では安心できる場所など一つもないのです。
とりわけ僕ら留学生は、冬明けをひどく恐れていました。
春になればヤツらが目覚めるのです。
僕ら留学生からもっとも恐れられているヤツらが。
そして実際目覚めました。
今日僕たちはヤツらの蹂躙に晒されるのです。
* * *
「おひさしぶりでしー!」
「われわれはかえってきたのですー!」
「あいるびーばっく、ですー!」
大地の精霊たち。
本来自然と一体化して形ないはずの精霊が、何故か農場では実体化しているのです。
それだけでは飽き足らず、何故か掃除してきます。
それが聖者様から授かった使命だとかなんだとか。
そしてあの子らの清掃範囲は、僕たちが生活している寮も含まれているらしく……!
「てめーら、ちらかしてねーですー!?」
「あたしたちが戻ってきたからには、まいにちせーけつなのですー!」
「ちりひとつのこさねーのですー!」
と頼んでもないのに僕たちの部屋を清掃しまくる!?
え? それの何が悪いのか? だって?
整理整頓してくれるならむしろいいことではないか、と。
それは甘い、甘い考えだ。
「さっそくそうじですー!」
「ぬぎたてのパンツをせんたくするですー!」
「べっどの下をしらべるですー!」
と遠慮もなしに我らがプライベートを侵略していく。
聖域などない! すべてを赤裸々に暴き立てていく。
「ちょっと待って! そこには触れないで! 自分で掃除する! しますからあああッ!?」
と生徒の一人が懇願しても。
「ききいれられぬですー!」
「れーがいはみとめられぬですー!」
「じひもないですー!」
「べっどの下を、ねん入りにしらべるのですー!」
という感じ。
周囲が思うよりずっと多感で繊細な十代男子の秘密の領域を蹂躙してくる。
「べっどの下を、しつよーにしらべるのですうううーッ!!」
実はこの大地の精霊さんたち、冬の間は活動できないということでしばらくご無沙汰だった。
そのせいで僕らも大いに油断し、お祭り手伝いで魔国や人間国へ行く機会もあったから、その際に持ち帰ってきたお宝もたくさん。
そのタイミングに攻めてこられたのだから堪ったものではない!
地獄絵図!
大地の精霊さんたちは僕たちのインベーダーだ!?
「もー、煩いわね男子ー?」
「精霊ちゃんたちが遊びに来てくれたのに泣き叫んでー」
というのは女子留学生たち!
一応農場の学生寮は男女で分れているけれど出入りは自由!
「こんなに可愛い精霊ちゃんたちと会えるのに何が悲しいのよー?」
「やーん可愛いー! 冬の間会えなくて寂しかったよー」
と精霊さんたちを抱き上げる女子たち。
大地の精霊さんたちは、実体化すると可愛い幼女のような見た目で、小さくコロコロしている。
そしてリアクションが素直。
なので可愛いもの好きの女生徒たちには大人気で、見かけるたびに可愛がられる始末だ。
「やーん可愛いいー!!」
「かーわーいーいぃー!!」
「かわわわわわわわわッッ!!」
「きゃわわぁーッ!?」
女子特有の奇声。
何故女の子は可愛いものに理性を失うのか?
一方可愛がられの精霊さんたちは、女子たちからの拘束と紙一重的な抱擁からモゾモゾ身をよじって脱出。
彼女らの胸元より『とうっ』と跳躍して空中で二回転決めてから着地。
「おきづかいむよーです!」
「われわれにはしめーがあるのです! はたすまではわきめもふらぬですー!」
「あとでいっしょにあそぶですうぅー!」
精霊さんたちは仕事を中断して遊んだりはしない。
その仕事って、清掃という名の僕らの聖域を踏み荒らすことなんですけど。
「きゃああー、真面目ええーッ!?」
「かわいー!」
「じゃあまたあとでね! アタシたちの寮も掃除しに来るのよね!?」
「お菓子用意して待ってるからー!」
こうして女子たちは、精霊さんたち歓迎準備を整えるために自室へ帰っていった。
……。
どうしてまあ女の子たちは、あんなに可愛いものに目がないんだろう。
精霊さんたちに蹂躙されていく様子から目を逸らして現実逃避するためにも、僕はそのことに考えを馳せることにした。
大地の精霊さんにも目がないが、女の子たちはポチにもメロメロだしなあ。
ポチたちとは、農場に住んでいる犬たちのことで実際には何とかいう狼型モンスターらしいのだが、詳しいことは知らない。
犬=可愛い。
女の子たちにとってはそれがすべてなので。
授業が始まる前とか授業終わり、女の子たちがよくポチらを取り囲んで撫でまわしているのを見かける。
当のポチたちは困惑の雰囲気を醸しつつも、どこか諦めた表情でそれを受け入れるのだ。
ちなみにポチは男子にも人気で、僕たちが呼ぶとむしろ向こうから喜んで掛け寄ってくる。
撫でる部位の的確さとか節度を知っているからだろうか?
「みつけたです! やらしーものをみつけたですー!」
あとヨッシャモたちとか。
鳥型モンスターで、卵を得るために農場内で飼われているヨッシャモにもニッチなファンがついていて事あるごとに抱き上げようとしている。
女性ファンが。
しかしヨッシャモというのは元来好戦的な性格で、近づけば攻撃してくるのは必至。
抱き上げようとして蹴り返される場面もよく見かけていたのだが、最近になってついに抱き上げることに成功している場面を、さらに見かけたのであった。
「女の子の可愛いものへの執念、凄いなあ……」
僕は窓から青空を見上げて思うのだった。
「こすぷれいしょうをみつけたのですー!」
「かのじょにきせるきですー!」
絶対他人には見られたくないものを暴き出された男たちの慟哭を背に、僕はそろそろ聖者様に報告して場を治めてもらうべきかなということを考え始めていた。
わかっているんだ。
精霊さんたちは悪くない。
あの子たちに指示して男の宝物を根こそぎしようとしているのは人魚のカープ先生だ。
より高い地位にある聖者様は男たちのやるせない感情に理解を示してくれるから取り成してくれるに違いない。
きっとそうだ。
そうは思うがやけに心が乾いてくるぜ。
……ん?
猫ちゃんか。
気づいたら猫が足元にすり寄ってきていた。
ああ、可愛いと言えば幼女も可愛いし犬も可愛い。
でも猫も相当可愛いよなあ。
猫のしなやかな体を撫でると、どうにも心が癒された。
やはり可愛いものには人の心を癒す効果があるのだろう。
あー可愛い可愛い。
猫ちゃん可愛い。
……ん?
そういえば農場に猫っていたっけ?
いやいいか、猫ぐらいどこにでもいるだろう。
あー猫ちゃん可愛い。






