38 災厄を従える者
「旦那様ッ!」
ドラゴン形態ヴィールの肩から、一つの人影が飛び降りてきた。
プラティだ。
「よかった! 無事だったのね……!」
一直線に俺へ駆け寄り、抱きつく。
「ごめんなさい! この魔族たち、アタシのせいでやって来たんでしょう? アタシのせいで、ごめんなさい……!!」
いつになくしおらしいプラティ。
それだけ、この事態に責任を感じているということか?
「大丈夫だ。俺が出るまでもなくオークボたちが何とかしてくれたし。アロワナ王子もいたし……!」
「え? 兄さん来てたの?」
ここでやっと、隣で立ち尽くす実兄の存在に気づいたプラティ。
「こんなタイミングに何用で来たのよ? どうせいたって大した意味はないのに」
「酷いな我が妹よ!!」
本当にね。
で。
問題のアスタレスさんどもは、ヴィールの一喝が効きすぎたのか、泡を吹いて失神していた。
副官二名も同様。
彼女らを連れてきた船もヴィールにビビって逃げちゃった。
指揮官を置き去りにするとは酷いなあ。
「気絶した魔族さんたちをどうしたものか……?」
『殺して埋めちゃえば?』
「さすがにそれは……!」
ヴィールの明快な意見にはちょっと従えなかった。
* * *
『ヤツらは変異しておりますのう』
先生が、ウチのオークボたちを一目見て教えてくれた。
モンスターは極稀に突発変化を起こし、種族が変わることがあるという。そういうのを変異体と言って、大抵の場合元の種より格段に強くなるどうだ。
『オークはウィリアーオークに。ゴブリンはスパルタンゴブリンに変異しております。非常に強力なモンスターで、一人いるだけで戦局が変わると言われておりますな』
「へ、へえええ……!?」
ウチの子たちが、そんな大層なものに。
これも『至高の担い手』のせい? 俺が触れただけで超進化しちゃったの?
そんな彼らは今、自分たちが倒したスケルトンの残骸の始末をお願いしている。
畑に撒いたらいい肥料になるだろうか?
事態は既に沈静化して、残る問題は後始末だ。
「本当にどうしようか、この人ら?」
魔族のアスタレスさんと、その副官二名である。
「だから殺してあっちの骨どもと一緒に埋めちゃえば……?」
「いやいやいやいや……!」
ヴィールは徹底する派であったが、俺はそこまで冷徹非情にはなれない。
意思、魂のない通常モンスターならまだしも、ちゃんと言葉が通じて、ほとんど人と同じ身なりをした者を殺すのは、ちょっと罪悪感が。
まして争いの最中ならともかく、勝敗も完全に決しているし。
「甘いなあ、ご主人様は」
「命までは取らないけれど、何らかの責任は取らせるよ」
そのアスタレスさん当人は現在、生きた心地がしないようだ。
何しろ、目覚めてからも世界二大災厄。ノーライフキングとドラゴンに左右を挟まれているのだから。
「ひ、ひいいいいい……!?」
全身の震えが止まらない魔王四天王。
……という肩書きであるからには、魔族の中でも指折りの実力者だと思うんだけど、そんな彼女でも先生やヴィールは怖いのか?
『強いと言っても所詮は魔族の中の話ですからのう』
「虫けらがどれだけ飛び抜けようと、ドラゴンの域に届くことは絶対にない! ご主人様は別だがな!」
なるほど。
埒が明かないので、俺が直接、彼女と交渉する。
「アスタレスさん。どうでしょう? アナタたちがこれ以降、俺たちに敵対しないと約束してくれるなら、このままお帰りいただいてもいいですが?」
「ぶぶぶぶぶぶ、侮辱するな! 私は魔王四天王の一人、『妄』のアスタレスすすすすすす……!!」
そんなガクガク震えながら凄まれても。
「クソッ! しっかりしろ私! こんなことでは魔王様の威光を辱めてしまう!!」
気合いを入れ直して、大勢を整える。
「よし、ならば私から提案がある!」
「はい?」
「お前が聖者と呼ばれるものだろう? お前、私と一騎打ちをしろ! お前が勝ったら何でも言うことを聞いてやる。さっきの条件を飲んでもいい!」
「えー?」
『やっぱり消し炭にしてしまおうか?』と視線で訴えるヴィールをアイコンタクトで制する。
「わかったよ。それで気が済むなら付き合ってやろう」
「やった!」
即座に元気を取り戻すアスタレスさん。
「早まったな! いかに強力な眷族を従えようと! お前自身はただの人と見た! お前さえ押さえてしまえば、この状況だって乗り切れる!!」
「アスタレスさん。アスタレスさん」
あまりに哀れと思ったのか、この中で一番やんわりと告げられるプラティが話しかける。
元々は彼女を連れ去ろうと来た相手だというのに、数奇だ。
「わかってないようだから教えてあげますけどね、ノーライフキング、ドラゴン、変異化したオークとゴブリン。皆が彼に従ってるんですよ。何故だかわかります?」
「え?」
「魔族だってそうでしょう? 自分より強い者に従うでしょう?」
「ということは……」
もう試合開始ってことでいいよね?
俺は腰から、聖剣をシャンと抜き放った。
「……あ、あれは聖剣? もしや千年所在不明とされ、失われた聖剣とまで言われた邪聖剣ドライシュバルツ……!?」
打ち合うまでもなく、アスタレスさんがダイビング土下座して俺の不戦勝となった。
* * *
こうしてアスタレスさんには無事お帰りいただくことになったが、困ったことに帰還の交通手段がなかった。
彼女が行きの際に使った船は、ヴィールにビビった船員諸共逃げ去って今はない。
仕方ないのでドラゴン化したヴィールが適当なところまで、彼女たちを送ってあげることになった。
「くれぐれも乱暴な扱いはしないでね」と念押ししたが、帰還した時に聞くところによると、魔王軍と人族軍が激突する戦場のど真ん中に下ろしてきたという。
ついでに炎のブレスを吐いて「次ふざけたマネをしたら、これをお前らの首都に叩きつけるぞ」と戦場全土に渡って言ってきたんだそうな。
……。
…………。
……まあ。
ご苦労様でした。






