382 開幕
オレの名はパズスシー。
革職人ギルドのギルドマスターを務めている。
ここ最近の景気がよろしくない。
強力な商売敵が現れたからだ。
ソイツらはファームというブランドで、パンデモニウム商会を通じて売り出してきた。
その商品がとんでもなくいい出来だということで、お得意様の上級魔族はこぞってそちらの方を買う。
こっちの製品には目も向けない。
そもそも魔都で物売りをするときは、必ず売り物に対応する職人ギルドに所属して出自を明らかにしないといけないのに。ファームと名乗るブランドはそれをまったくせずにすべてを謎にしている。
製法も、工房の所在地も、職人の顔すらわからない。
我々のシマで仁義も通さず勝手さらしとんじゃと抗議したいが、所在がわからないので抗議もしようがない。
仕方ないので、ヤツらの商品を扱っているパンデモニウム商会へ抗議したところ……。
「ファームの工房は魔都の中にはありません。各職人ギルドに加入する条件は魔都に工房をかまえていることのはずでは?」
と言ってはぐらかされた。
「我々は、魔都から遠く離れたある場所にあるファームの工房と契約を交わし、その商品を輸入しているのです。したがってアナタ方ギルドの仁義を冒すものではない」
と言い逃れされてしまった。
こちらでも八方手を尽くして調べたがファームの作品が魔都内で製造されている形跡はなく、外部から輸入しているというのは事実らしい。
そんなことは前代未聞だ。
技術の高い職人は例外なく魔都で工房を開く。それが名を売り一流となる筋道であるからだ。
魔都の外にいる職人は、皆すべて魔都の職人より劣っていて、わざわざ輸入してくるなどありえない。それゆえにギルド側も何の対策も用意できていなかった。
しかもファームブランドは革製品だけではない。
食器、ガラス細工、木工品なども売り出してくるので被害を受ける職種はウチ以外にも多岐に渡った。
元々はファッションブランドとして立ち上がったぐらいだからな、あそこ。
商会側は『商品数を絞ってあるので同業者への影響はないはずだ』というが……。
充分影響がある。
品質で向こう側が圧倒しすぎて、お得意様だったお金持ちも『ファームの商品が手に入るまで何年でも待つ!!』といってウチの商品にそっぽを向くのだ。
このままではいけない。
何とかしてファーム以上……、せめてそれに迫る品質を実現できなければギルドに所属する職人たちは並んで首を吊らねばならない。
かと言って、これまで必死に守ってきた匠の技を急に変えることなどできず、一体どうしようかと頭を抱えていた時だった。
問題のパンデモニウム商会から知らせが届いた。
『博覧会やりますよ』と。
博覧会……。
懐かしい響きだ。
先代バアル様が魔王であらせられた時にはしょっちゅう開かれていたよな。
そういえばゼダン様の治世に移られてから一回もやってない気がする。
よし我々も参加しようじゃないか。
博覧会で、我ら最高の自信作を展示して客足を取り戻そうというわけだろう!?
え!? 違う!?
参加じゃなくて招待のお誘い!?
なんだと!? ファームの職人たちだけで行われる博覧会!?
今まで謎に包まれていたあやつらの!?
そこに行けば製造過程も、高品質の秘密もわかるということなのか!?
くそう、そんなものの誘いに乗ってノコノコ出向くのも負けている気がして悔しいが……。
しかし現状、ファームに迫る製品を生み出せない我々にとって敵を知る千載一遇のチャンス。
ここはあえて誘いに乗るとしよう。
職人にとって技術は秘匿しなければいけないものなのに、迂闊に公開して盗まれてなきを見るがいいわ!
* * *
そして当日。
今日から博覧会が開催されるらしい。
見学に向かうのはオレだけではなかった。
縫物ギルドや石工ギルド、陶工ギルドなど様々なギルドマスターが集結して錚々たる顔ぶれになっていた。
皆、ファームブランドに頭悩まされる者たちなのだろう。
節操なく色んな商品出しやがるからなアイツらは。
博覧会の会場はどこにあるんだ? と訝っていたが、なんと街の外であった。
わざわざ郊外の更地に会場を設営したらしい。
なんと非効率な……、市内の空き地か、空き家を貸し切って開催するのじゃいかんのか?
往復に時間取られるなあ……、とグチグチいいながら、それでも商会の方で用意してくれた馬車に揺られること、そこそこ。
博覧会場が見えてきた。
そして驚いた。
「これが博覧会場!?」
街ではないか!?
こんなところに街があるなんて聞いていないぞ!?
魔都から中途半端に離れた、街道沿いでもない平原に。
オレも含めて招かれたギルドマスターの面々が呆然とするばかりであったけど、そんな我々に、商会の案内役がさらに驚くことを教えてくれた。
「この街みたいな会場は、ファームの関係者が三日間で仕上げたものです」
「何いッ!?」
そんなわけないだろうッ!?
職種は違えどオレも職人、見ればわかる!!
こんな市街地、大工ギルドと石工ギルドが総がかりでやって一年はかかる出来栄えだろう。
「そう言われても事実ですので……。皆さんも、つい数日前までここがただの野原だったことはご存知でしょう?」
そ、そうかもしれんが……!?
いや、拘っている場合じゃない、我々はもっと別のところで驚かなければならんのだ!
今我々がもっとも知りたい、ファームの連中の持つ技術を!
ここに来ればそれが見られるんだろう!?
「はい、博覧会場はテーマごとにパビリオンに分けられておりますので。ここからは皆さま好きな順番に回ってご観覧ください」
案内役から告げられると共に、我々は咄嗟に駆け出した。
目指すはそれぞれの職種に対応したパビリオンだ。
館の入り口に『○○館』と書かれた看板があるのであれを参考に探せばいいのだ。
「ここかぁー!? あれ違う!? ここは何を見せるパビリオンなの? え!? なんだそのネバネバした豆は!? 間違えました!? 今出ます!? いや待って! ホントに間違いだから! 間違い……! いやああああああああッ!?」
バカめ。石工ギルドのギルドマスターが見事に間違ったパビリオンに突入して誤爆しおったわ。
しかし……、『納豆館』というのは何を展示するパビリオンなんだ?
非常に気になるが、あとで行ってみようという気にもなれない。
オレが目指すべきは、常に一つだけなのだから。
* * *
そして着いた。
ここで間違いないな?
館の入り口には『革館』と書きこまれていて間違いようがない。
ここに、ファームが作る革製品の秘密があるのだな。
我らがギルドの未来を掴むため、いざ突入するぞ!
「いらっしゃいませ!」
建物に入った途端出迎えが来た。
随分可愛いお嬢さんだな、案内役か?
「『革館』にご来場いただきありがとうございます! 私はコンパニオンを務めます人化オートマータ三七号です!」
「お、おう……!?」
変わった名前だな……!?
しかし案内してもらえるのは助かる。
利用できるものはすべて利用して、ここで盗める限りの知識を盗んでいかないとなッ!
どんな小さなことも見逃さず……、ん?
早速見逃すところだった。
真っ先に出迎えに来たコンパニオンの……!?
「キミ、その衣服は……!?」
「はい?」
彼女の着ているものは総革製ではないか?
しかも超一級の?
「さすがおわかりになりましたかー。当博覧会では、各パビリオンを案内するコンパニオンにそれぞれ独自の制服が支給されております」
制服!?
それが!?
「当館のコンパニオン制服は、無論『革館』のテーマを意識して総革製です! 農場の革作り班が提供したなめし革を素材に服作り担当バティ様がデザインしたものです。会場の制服はすべてバティ様がデザインしております」
たった一人ですべての制服のデザインを!?
この会場たった三日で設営したって言ってたけどよく間に合ったな!?
……いや、私が驚くべきはそこではない。
オレは革職人ギルドのマスターだ。だから革に関して驚かねば……!?
このコンパニオンの制服に使われている革は……!?
「ハイドロレックス……! キリサキシカ……! オッパイソン……! ディノゲーター……! サンバイソン……! いずれも危険度三ツ星以上モンスターの超高級革素材! それをパッチワークのように繋げて……!」
「よくおわかりに! さすが魔都のギルドマスター様ですね!?」
オレにはそんな高級品で制服を作ること自体考え難かった。
この博覧会は、オレの想像を遥かに超えるシロモノなのかも……!?






