377 博覧会の提案
俺です。
ゴブ吉オークボたちが帰ってきた。
「我が君ー、ただ今戻りましたぞー」
「ご指示の通り、紙の製法をしっかり伝授してきましたぞー」
そうか!
よかった!!
羊毛を得ようと魔国の牧場へ見学にいって、偶然にも知った事実。
それは魔国の製紙業が壊滅の危機に瀕しているということだった。
しかもその原因は我が農場から流出した木質紙。
農場を出入りする商人のシャクスさんに、特に考えもなく提供していたら、いつの間にか市場を席巻して既存業者を圧迫していたらしかった。
知らなかったとはいえ、俺の所業が無辜の人々の暮らしを脅かしたと知って罪悪感に苛まれる。
それまで主流だった羊皮紙の材料提供する牧場の方たちには、羊毛の利用法を伝授することで新たな利益獲得の道を示すことができた。
しかし俺の心はまだ晴れない。
羊皮紙の原料提供者だけでなく、製造に携わる人々の俺のせいで路頭に迷おうとしているだろう。
そこで俺はゴブ吉オークボたちにお願いし、彼らの習熟した製紙の技を伝授させるため出張ってきてもらった。
目論見は上手く行った。
一日だけだったが魔都の製紙職人さんたちは必死に新たな技を学んで、木質紙の製法をマスターしたようだ。
「とはいえ、まだまだ問題もあるでしょうが……」
「農場で作られた紙ほど高品質を得るには、農場で育てた最高の材木が必要でしょうし、彼らは原料の手配を一から始めなければなりません」
「プラティ奥様謹製の製紙用薬品各種も、それに代わるものを彼ら自身で開発しなければいけませんし。製法を伝授したからといっても決して簡単に軌道に乗ることはできないでしょう」
そこからは彼らのプロとしての情熱と技術に懸けてみようじゃないか。
とにかくこれで俺は、知らないうちに蓄積していたカルマを消化するに成功した!
もう罪悪感に苛まれて毎夜うなされることもない!
毎日のごはんも再び美味しくなるはず!
そう思って清々しい気分で過ごしていたら後日、また何やら問題が派生した。
よかれと思って俺のすることが回り回って、知らないところでトラブルとなっている。
これがバタフライエフェクトってヤツか!?
* * *
その日、パンデモニウム商会のシャクスさんが訪ねて来られた。
随分やつれた表情だった。
「困ったことになっておりまして……!!」
表情でも困っているようだし、口から出た言葉もズバリ『困る』だった。
一体何が起こったのか。
「……先日、アレいたしましたでしょう? 製紙ギルドの……」
「ああ」
農場で行われている製紙法を魔都の製紙ギルドに伝授したことは、シャクスさんには無断でしたことだった。
別に許可を取る義理もないだろう。
我が農場で培われた技をどこの誰に伝授したとしても、それは農場の主たる俺の勝手。
一応社会に混乱が起きないようセーブも意識しているし……。
「因果応報でも起きましたか?」
「何ですか因果応報って!?」
「そりゃあ、ウチの産物を独占的に使って利益を上げ、あまつさえ既存の業種を圧迫しようとするからでしょう?」
思い返せばシャクスさんとの取引は、魔王さん一家を介して始まった。
自分の作品を売り出したいというバティやエルフたちの希望に沿って、売り買いを仲介する人材が必要になった。
そこで紹介されたのがシャクスさんだった。
魔族一の通商ルートを牛耳るシャクスさんの商会ならバティやエルフたちの作品を適切に売り捌いてくれるだろうという期待からだが、その後もたびたび農場を出入りして目ぼしいものを見つけては商人の目敏さで売りに出していた。
「俺たちもアナタとは持ちつ持たれつの関係でここまで来ましたが、あこぎなことの片棒を担がされるようなら関係の見直しを検討しないといけませんねえ……」
「とんでもない! あこぎなことなどしておりませんよ!! 本当ですよ!!」
シャクスさんは心底泣きそうな表情で言った。
俺ごときが海千山千の大商人をどこまで見透かせるかわからないが、少なくとも演技には見えなかった。
「我々は、世のため国のために貢献できる商売を常に目指しています! 綺麗言ではなく、世間様と共存共栄する商売でなければ長続きしない! 余所様から恨みを買うことは商人にとってとても恐ろしいのです!!」
これも本気の主張ぽかった。
「ソーセージ製造機の件でもそうだったでしょう! 大々的に売り出しを掛けたあと、その影響をモロに受けた露天商に販売を委託し利益を分け合えるようにしました! 彼らの恨みを買うことだけは避けたかったからです!」
大商人でも買いたくないものがあったってか。
「じゃあ、製紙ギルドに対しても?」
「この場合、我々の方では聖者様の至高の紙の製造法がわかりませんので。限られた贅沢品として販売させていただくつもりでした」
至高の紙。
そんな呼ばれ方しているのか……!?
「日常使いの紙より、ちょっと高級感のある贅沢品。そういう位置づけで既存品を脅かさないようにしていたのですが、やはり品質がいいので想像を超えて注文が殺到しまして……! 在庫があるので応えないわけにもいかず……!」
そう言えば、ゴブ吉たちが調子に乗って漉きまくった紙を使い道がないのでシャクスさんに渡しまくっていた。
相当な量になっていたことだろう。
シャクスさんも商人として、売れるものを売らずにいることなどできない。
……あれ?
やっぱこれ最終的に俺が悪いことに?
「我々も問題を収めたいと手を尽くしていましたが、どうにも止められる勢いではなく……! 聖者様にお縋りすることも考えてはいましたが最後の手段だったので……!」
シャクスさんも裏で手を回しつつ、困り果てていたらしい。
「まあ、それも聖者様の骨折りで解決していただき、何もできなかった吾輩どもは不甲斐ないばかりなのですが……!」
「いえいえいえ!?」
「ですが、その件でまた飛び火が起こってしまってですな」
飛び火!?
さらにまた何か!?
「製紙ギルドに聖者様の指導が入ったこと、様々な方面に聞きつけられて我が商会に抗議が殺到しているのです……!」
「抗議って何です?」
「『製紙ギルドだけ秘密の製法を開示されて不公平だ』『我々にも情報を開示しろ』と。縫物ギルドや石工ギルド、陶工ギルドに皮なめし職人ギルドまで様々な方面から」
「ええ~?」
「聖者様の農場から卸していただける商品はそれだけ素晴らしいですから、その製法の秘密は、同業者から見れば喉から手が出るほど欲しいのです」
とはいえ技術は職人にとって命。何があっても外に漏らしてはいけない。
各職人たちにとってもそういう意識があったので、まさか正面切って『お前の秘密を教えろ』なんて言えない。
しかし先日の製紙ギルドで一方的に超技術が伝授された。
その事実にこれまで耐えてきたものが一挙に噴出し……!
「でもなんでそれでシャクスさんのところへ?」
「聖者様からの品物を取り扱っているのは吾輩どもだけですので……。聖者様と……、彼らにとっては『ファーム』ブランドとの繋がりを追えるのは当商会のみ、ということで連日の押しかけにあって……!」
……。
また俺軽はずみなことしたのだろうか?
製紙ギルドや羊牧場産の件だってシャクスさんや魔王さんと相談した上で実行すればもっとスマートに解決できたかもしれんのに。
これでは事件の解決が次の事件を呼ぶエンドレスではないか!!
「いえいえ、聖者様が気になさることではないのです! 超越者たる聖者様ならば常に思うままに振る舞うのが正道。吾輩ら下々のことなど気にかける必要もございません」
「そうは言いますが……!」
「職人たちからの抗議も、知らぬ存ぜぬで通しておけばいずれ沙汰やみとなりましょう。我々も聖者様との取引で儲けさせてもらっているのですから、こういう時こそ義理立てしなくては……!」
しかし、そうやって俺を原因としたトラブルが起こるとまた俺の罪悪感がうずくんだよ!
何かそういうことの繰り返しだけど、俺に関わるイザコザを放置したままでは食べるごはんも美味しくないし枕を叩くして眠れない。
「やはり俺の手で解決を……!」
「あの、聖者様のお手を煩わせるのは……!」
シャクスさんはやんわり俺を押しとどめようとしていた。
まあ、製紙ギルドの件でさらに騒ぎが大きくなったという前科があるからなおれには。
ならば策は全面的にシャクスさんにお任せするということでどうだろうか。
商人として思慮深いシャクスさんなら八方丸く収まるいい手を考えてくれるだろうし、俺たち農場サイドはパワーを提供するということで。
「どうでしょう?」
「では……、お言葉に甘えまして一つ提案がございます」
シャクスさんが思案の末に打ち明けてきた。
「聖者様のご協力がいただけるなら、いっそ相手の要求に応えて農場の超技術を開示する。という手もございます。……いえいえ! もちろん無制限にではありません!!」
誤解しないでとばかりに過剰なフォロー。
「限定的な開示です。それならば職人側からも一定の理解が得られるでしょうし。聖者様のご身辺を騒がせることもありますまい。妥協点を得るということですな」
「それはわかりますが、そんな都合のいい匙加減をどうやって決めるんです?」
「私にいい考えがございます」
シャクスさんが言った。
「博覧会を開くのです」






