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376 後始末のケア

 私はセブローズという。


 製紙業ギルドのギルドマスターを務めている。

 魔都中の羊皮紙を作る職人たちで作る組合のまとめ役といったところだな。


 個人ではどうしても弱い職人が集団となることで、取引を効率化したり主張を通しやすくしたりするのだ。


 我らがギルド加入者の手で作られる羊皮紙はとても品質がいい。


 ギルド内にて厳重に秘匿された一子相伝の製法を用い、専属契約の牧場で大切に育てられた羊の皮を原料にして生産する。


 主な取引先は、魔王城。

 政務や軍務には絶対書類が必要不可欠なので、紙の注文は常にある。


 ウチで納入する羊皮紙は、丈夫だしインクも乗りやすいということで評判だった。


 この世から書類仕事が絶えない限り紙の需要もなくならない。

 一生食いっぱぐれることもないということで羊皮紙製造者は人気の職業だった。


 だがしかし。

 しかし今。

 我ら製紙ギルドは窮地に立っていた。


 羊皮紙がまったく売れなくなってしまったのだ。


 ある種の職務に絶対必要。

 需要が途切れることなど絶対ないと思われていた紙が。


 売り手がつかない……。

 だぶついた在庫が倉庫を圧迫している!?


 なんでこんなことになったのか?

 理由はわかっている。


 強力な商売敵が現れたためだ。

 パンデモニウム商会が、これまでとはまったく違う品質の紙を売り出し、それが飛ぶように売れている。

 それで我ら製紙ギルドが生産する羊皮紙の売り上げが落ちまくっているのだ。


 おのれ! 大商会が零細の上前をはねて楽しいか!?


 パンデモニウム商会は、魔王様御本人とも直接取引のある大商業組織。

 ちなみにギルドと商会の違いを明らかにしていくと、職人同士の組合がギルド。商人同士の組合が商会という風に考えてもらえばよい。


 とにかく大商会がコネとカネを最大限に発揮して攻めてくれば、集団としてまとまっているとしても職人風情が抗しきれるものではない。


 どんなに技術を磨いて品質を向上させても、マーケティングでいくらでも引っくり返されるなんて職人としてはこれほど寂しい話もない。


 そう思って試しに一つ、パンデモニウム商会が売り出しているという新製品を一枚取り寄せてみた。

 商人ごときがどこからわからんところから取り寄せた紙の品質の悪さを笑ってやろうと思って。


 しかし届いた紙を一目見た途端、そんな屈折した嫌味たらしい余裕は消し飛んだ。

 ウチのギルドで製造している羊皮紙より段違いに品質がよかったからだ。


「何の皮で作られた紙なんだこれは……!?」


 ギルドに所属する紙作り名人の全員に見せてもわからなかった。

 どんな動物の皮を材質にしているのか?


 羊の皮でないことはたしかだ。

 製紙ギルドに所属する者として、何十年と羊の皮を剥ぎ、伸ばして鞣し、乾かし、僅かに残る産毛を抜いて最高の紙に仕上げてきた我々だからわかること。


 そもそも、この大商会から掠め取ってきた新製品の紙は、とても皮とは思えない質感で、軽いし柔らかい。

 試しに何か書いてみたらペンの走る感覚が凄く気持ちいいし、インクも適度に染みてよく馴染んだ。


 結論。

 ウチで作ってる紙より段違いによい。


「マーケティング力で売ってるんじゃなかったのか……!?」


 まさか商品の質まで圧倒的に上だったとは……!

 ギルド会議でもお通夜状態。


 勝てる要素がまったくない。

 このままでは廃業という最悪の予測に皆慌てたが、かといって状況打破のために何かできるかと言って、できることは特にない。


 遠い先祖の時代から、ただ昔ながらの羊皮紙製法を守り続けてきた我々なのだから。

 これまでの方法が通じないからと言って、いきなり新しい方法を思いつけるとか、そんな都合よくなるわけがない……!


 ああ、私たちは終わりなのか……!?

 数百年続いてきた製紙ギルドも私の代で終わり……!


 皆もう絶望で仕事も手につかない感じになっていると……。


    *    *    *


 ある日、オークがやってきた。

 あとゴブリンも。


「なんだああああああッ!?」


 魔都の一角にある製紙ギルド集会場に、オークゴブリンがゾロゾロ押しかけてきた!?

 なんか凄い数!?


 一体何事だ!? 擬人モンスターってことは、誰かが差し向けてきた!?


「ここの代表者は誰だ?」


 押しかけオークの一体が尋ねてくる。

 オークが喋る!? ということも意外で衝撃だが、それ以上にこのオークの放つ威厳が凄すぎて震えた。

 どっかの将軍か? と思ってしまうぐらい畏怖堂々としたオークだった。


「貴様らは償いを受け入れねばならぬ」


 とオークが言い出した。

 どういうこと!?

 償いって、私たち何かしましたっけ!? 日々を真面目に生きてきただけなのに。

 それで今、廃業の危機に追い込まれているのに、これ以上まだ受け入れることがあるというのか!?


 ……あ、いや受け入れる!?

 償いを受ける方なの私たち!?


「我が主君の意向である。貴様らはこれより我々の言う通りにして、我が君の心の負担を減らさなければならぬ」


 一体どういうことですか?

 今まさに失業して路頭に迷おうとしている私たちの方が心の負担MAXなのですが!?


「では早速始めようゴブ吉殿!」

「承知」


 今度はゴブリンが出てきた!?

 しかも何か小脇に抱えて!?


「これは山ダンジョンにて我が君が育て上げた最高級の木材」

「木材!?」


 ああ、よく見れば。

 持ち運びしやすいサイズに伐り出した丸太だった。


 その丸太を、ゴブリンは取り出した鎌で……。


「はああああああッ!?」


 ひぇええええええッ!?


 なんか丸太を斬り刻んだ!?

 物凄い速さで鎌を振り回し、それこそ微塵切り余地細かく木片にしていく。

 木っ端微塵とはこのことだ!


「こうして細かいチップにした木片を……、鍋に入れて煮込む」

「はいぃッ!?」


 斬り刻まれた木片をそのまま鍋に投入し、水と一緒に火にかける。

 というかその鍋もそっちで用意したの!?

 ウチの屋内で勝手に火を使わないでくれませんか危険だし!


「よく煮立たせて木の繊維分だけを取り出したら、型に入れて漉く」


 いや、本当に何をしようとしているんだ、このオークとゴブリンたちは?


 なんか木で作った四角い額縁みたいなのの中に、これまた木くずを煮込んでグズグズにしたものを入れて。

 ……何をしようとしているの!?

 本当に意味不明。


「適度に漉き終えたら乾かして……!」

「獄炎霊破斬!」


 ぎゃああああッ!?

 ゴブリンがなんか凄い炎熱魔法で水気を一気に吹き飛ばしたあああ!?


「完成! 手漉き紙!!」

「何いいッ!?」


 これはまさか、パンデモニウム商会が販売している最新の上質紙!?

 我々が購入したサンプルと形も質もまったく同じではないか!?


「まさか……!? 今オークやゴブリンたちが見せてくれたのは、上質紙の作り方……!?」


 最初から最後まで通して見せてくれたというのか!?


 しかし、紙が木から作り出されるなんて……!

『紙といえば獣の皮から作るもの』という規定概念を持った我々から見れば目から鱗が斉射される。


「見届けたかな? 我々の紙作りの製法を……?」

「しかし見ただけでは足りん。貴様らは今日一日で製法をマスターしなければならんのだ」


 なんですって!?

 何故そんなことを!?


「だから我が君の心の負担を軽くするためだ」

「羊牧場からご帰還依頼。ご自身の所業が無辜の人々から仕事を奪っているのではないかと罪悪感に苦しめられる我が君の、心の負担を取り除いて差し上げねばならんのだ」

「そのためにも貴様らは、我らが農場での紙製法をマスターして独立独歩で生きていけるようにならねば」

「さあ、訓練を始めるぞ! 集められるだけの職人を集めよ! これから農場所属のオークゴブリン軍団の総力を挙げて、マンツーマンで指導していくのだからな!」


 押しかけオークゴブリン集団が雄叫びを上げた。


 まったくもってよくわからない流れだが、製紙ギルドの職人たちはその日オークゴブリンからスパルタ教育を受けて、未知の製紙法を身に付けることができた。


 これで我々製紙ギルドからも、パンデモニウム商会に負けない上質紙を供給できる?

 死にかけていた我々の商売も復活できるか!?

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