36 魔族大歓迎
私の名はアスタレス。
魔王軍の中で燦然と輝く四人の大将軍の一人。俗に四天王とも言う。
魔王様直属の大幹部、四天王筆頭『妄』のアスタレスといえば戦場ならば味方まで震えあがる威名。
戦場ではついつい血の気が多くなってしまう。
魔王様の仰られる通り加減を覚えようとしているのだが、いつも大体やりすぎてしまう。
そんな私が今回賜った指令は、戦場で果たすものとは別だった。
曰く、魔族の威厳に泥を塗った愚かな人魚を捕えてこいと。
私は政略など興味がなく、前線でただひたすら暴れたいタイプだが、それとは逆に姑息な権謀術策に血道を上げるの姑息者もいる。
そうした連中が企んだのが、人魚族を味方に引き入れるという策だった。
地上に住む我々とは別の世界――、海中に住むヤツらは長いこと中立をとってきたが、ソイツらを抱き込み陸海両面から人族を包囲すれば、長く続くこの戦争にも終止符が打てるだろう、とのこと。
そのために我ら魔族の外交部が、人魚族の何とかいう姫を魔族に嫁入りさせようという話をぶち上げたらしい。
さすれば敵も黙ってはいない。
人族どももどこからか嗅ぎつけて、なんとかいう人魚姫を人族の王族の妻に、と申し込んできた。
我ら魔族と、憎き人族は、一人の女人魚を挟んでまたしても争い合う結果となったわけだ。
しかしその外交戦。
勝者の栄冠はどちらの上にも輝かなかった。
その人魚がまったく別の者に嫁いだのだという。
魔族も人族も完全に面子を潰された形だ。交渉役は大人しく引き下がったと言うが、この人魚どもの生意気な所業に堪忍袋の緒が切れた者たちもいる。
そんな派閥を代表し、この私が動いたというわけだ。
人魚の姫が誰に嫁ぎ、何処に隠れているかはすぐさま判明した。
平和ボケの人魚ども、魔族の諜報網を甘く見過ぎだ。
まあ、間抜けな人族どもは一生かけても暴き出せないだろうがな。だからこそ出し抜ける。
私の役目は、我ら魔族から人魚姫を掻っ攫っていった『聖者』なる者を見せしめに惨殺。
問題の人魚姫を確保して来いというものだった。
人魚姫以外は全部殺していいという。なるほど私向けの仕事だ。
四天王筆頭を動かすにはやや使いっ走りな趣の仕事だが、好きにやっていいというなら我慢しよう。
* * *
で。
ここが人魚姫の隠れ住むという場所か。
海沿いというので船でやって来たが、何ともうら寂しい場所ではないか。
人らしいものの気配がまったく感じられない。
「人魚姫は、俗世から隔絶した聖者に嫁いだという話ですので、こういう場所柄なのは情報に合致するかと」
私と共に上陸した副官が助言する。
なるほど。
それではあまり派手な惨劇にはならなそうだな。せっかく一人も逃さぬようスケルトン兵を百体も連れてきたのに、無駄な投入だったか。
まあいい。
ではその聖者とやらをさっさと見つけて、殺してしまおう。
と思った矢先、内陸の方から何者かが姿を現した。
オークとゴブリン?
土着の野良モンスターか? 身なりや雰囲気から、魔王軍所属のモンスター兵でないことは察せられた。
だがたかだか十体程度とは?
そのオークやゴブリンどもが、怪訝な表情でこちらを睨んでくる。
「何者だアイツらは?」
「海から船で上陸してきたぞ?」
「気配からして好ましくない来客のようだな。ゴブ吉。我が君へ報せに行ってくれ」
「承知!」
……あれ?
今オークとゴブリンが喋った?
聞き間違いかな?
「誰だアンタたちは?」
オークが声を上げた。
やはり聞き間違いではない!?
「ここは聖者キダン様が営む開拓地だ。私たちはその下僕。我が君より来客は歓迎し、敵襲は排除しろと命じられている。アンタが敵か客か判断するゆえ、まずは名乗られよ」
「喋るオークとは珍しい。しかし図に乗るなよ。擬人モンスター風情が、この魔王四天王の一人『妄』のアスタレスの名を拝そうなど無礼千万」
傍らで副官が「アスタレス様! 結局名乗っちゃってます!」とツッコミを入れるが、まあ大目に見よ。
「要件を告げてやろう。その聖者様とやらを殺しに来たのだ。そしてそいつが娶ったという人魚姫を貰っていく」
「何だと……!?」
「そのついでにお前たちも皆殺しにしてやろう」
私が合図すると、率いてきたスケルトン兵百体が武器を取る。
よかったな。
活躍の場があったぞ。
あの野良モンスターどもを袋叩きにするがいい!
「皆の衆、聞いたな? ヤツらは聖者様に仇なす者だそうだ。ならば排除するのみ。……行けッ!!」
「「「「「「「「応!!」」」」」」」」
その瞬間だった。
相対する野良モンスター集団の中からゴブリン数体が、凄まじい速さで飛び出した。
「何だあの速さは!?」
あんな俊敏な動きをするゴブリンなど聞いたことがないぞ!?
魔族の上級兵すら凌駕する速さではないか!?
俊足ゴブリンどもは、その速さのままスケルトン兵の隊列に飛び込む。
それと同時に乾いたものが断ち割られる甲高い音が鳴る。
カンッ! ザンッ! と。
スケルトン兵の白骨が一瞬にして切断されていく。
「何だ!? 何が起こっている!?」
「隊列に飛び込んだゴブリンが、こちら側のモンスター兵たちを次々と斬り裂いているようです! こちらは多勢ゆえに隊列の隙間に入られると混乱し、対処が遅れています!」
副官が説明してくれるが、説明する暇があるなら対処しろ!
我ら側のスケルトン兵は次々と斬り伏せられ、その場に崩れ落ちていく。
アンデッド系で唯一、我ら魔族の指示を受け付けるモンスター、スケルトン。
骨ゆえに軽く、船に乗せて運ぶには好都合だとチョイスしたが……!
ゴブリン風情に後れを取るとは、選択を誤ったか!?
そこへ……。
今度はオークがやって来た。
ヤツらは実に分厚い斧を装備して、それを真っ下しに振り下ろしてくる。
ザガンッ!!
スケルトン兵は、あらかじめ我ら魔王軍から支給された盾で防御する。
しかしヤツらの斧はそんなものないと同じとばかりに、盾諸共にスケルトンの体躯まで両断した。
ゴブリンが速さで混乱させ、オークが圧倒的パワーで押し潰していく。
そんな感じで我らのスケルトン兵は、ドンドン数を減らしていく。
「アスタレス様……! ご覧ください!」
「今度はなんだ!?」
「あのオークたちが持っている斧……。マナメタル製ではないですか!?」
マナメタル!?
ダンジョンのみで採れる地上最強の鉱物!?
「ゴブリンたちが使っている鎌も。あれでは我々のモンスター兵では歯が立ちません!!」
そんな大層なものが何故、斧や鎌ごときに使われている!?
普通剣や槍じゃないのか!?
我ら四天王が携えるに相応しい名剣名槍になること間違いなしですが!?
そんな現実逃避している間に、全部終わった。
「残るはアンタらだけだぜ」
引き連れてきたスケルトン兵百体が、瞬く間に骨破片の山に。
「アンタたちの処分は、我が君の判断に委ねる。それが不承知だって言うなら暴れるがいい。アンタが死ぬまでの暇潰しにつき合ってやる」