363 武泳大会・観戦席の模様
「うわああ……! 戦ってるうう……!?」
会場についた途端、プラティが表情を輝かせた。
ちなみに今、俺たちがいるのは海中。
プラティも今は人魚の姿に戻って、俺たちの入っているシャボンを引っ張っていた。
俺やジュニアのような地上人は、シャボン玉の中にいるがゆえに海中でも呼吸できるし濡れない。
それよりも武泳大会だ。
俺の想像を遥かに超える規模だった。
大会は既に始まっているようで、会場のそこかしこで男たちの肉体がぶつかり合っている。
「うぬぁああッ!!」
「ぬがぁ!!」
あんまり耳穴に入れたくない男の絶叫が響き渡る。
海中でも聞こえるから不思議なもんだ。
大会出場者らしい二人の男人魚が海中狭しと泳ぎ回って尾びれを揺らしている。
それぞれ手には矛と盾を持ち、完全武装の装いだった。
「……あれが男人魚の基本戦闘スタイルよ」
俺たちの乗るシャボン玉を引っ張りながらプラティが言った。
「女人魚が魔法薬で戦うのに対し、男人魚の武器はそれこそ鍛え抜かれた己の肉体。二本の腕と分厚い尾びれ。それらが生み出す力と力のぶつかり合い!」
汗臭い。
なんと汗臭い大会に来てしまったんだ俺は。
ジュニアの教育に大丈夫? 見せても平気?
そんな中、最初に見かけた試合の勝負が早速ついていた。
二人の男人魚が、定められた試合場一杯の距離から泳ぎ、加速をつけて互いにぶつかり合う。
矛と盾、盾と矛がぶつかり合った。
「ぐはあッ!?」
そして一方が吹き飛ばされた。
勝負の決め手は純粋な加速度の差であろう。
「勝負あり! 勝者、ワイルド!」
審判っぽい人の宣言で観衆が沸き上がった。
試合が行われているのはそこだけじゃなく、見渡せばいくらでも試合場があって、男と男がぶつかり合っていた。
「凄い……、賑やかだな」
「今の時間帯だと予選でしょうからね。いちいち一試合ずつやってたらキリがないわよ」
プラティが解説してくれる。
「なるほど予選だから同時並行でやってるんだ……! いったい何人ぐらい出場しているんだろう?」
「少なくとも千人はいるんじゃない?」
「千人!?」
予想より桁が越えていた。
そんなに大規模な大会だったとは……!?
「人魚国を挙げての大会だから、それでも少ないとは思うけどさあ。年によって増減はあるけれど平均それぐらいだったはずよ。何せこれで国内最強の男人魚を決めるわけだからね」
「人魚って……、もっと優雅な種族だと思ってたんだけど……」
なんかこう、おとぎ話で恋とか愛とかあったりするような……。
この大会に踏み込んでからの男の濃度が凄いんだけど。
まさに海の男って感じなんだけど!?
会場内を進むごとに男の熱気と共に男臭いセリフが飛び交ってくる。
「おおおおッ!! お前との戦いは、まさに運命!」
「オレたちは赤い糸で結ばれている!! 戦うために!!」
「これまでの人生は! 練習は、努力は! まさに今日のためにあった!」
「さあ! ファイトを楽しもう!!」
「もっと! お前のことを教えてくれ! どんな訓練をしてきたか! 何のために戦うのか!!」
「戦いこそがセックスを超える至上のコミュニケーションだ!」
男臭い。
この胸焼けするほど男臭い会場を通り抜けていってVIP用の観覧席に辿り着くころにはお腹いっぱいになっていた。
「ご主人様ぁ……、なんかおれ胸焼けしてきたぞ……!!」
同行のヴィールですら空気に当てられ変になってしまう恐るべし男人魚の祭り。
で、VIP席で待っていたのは……!!
「あぁん、お久しぶり、よくいらっしゃったわね!!」
人魚国の王妃シーラ様。
ウチの息子のお祖母さんに当たる御方。
「ママ久しぶりー。なんか前より若返ってない?」
「わかるー? ママだって女なんだから日々綺麗になるべきなのよー?」
再会を喜び合う母娘。
王族専用の観覧席は特別な造りになっていて、仮設された(それでも充分豪華な)建物の中に、座って観戦するための椅子が用意されている。
もっとも不思議なのは、どういう理屈か中に空気が満たされていて、これなら地上人の俺やジュニアもシャボンなしで寛ぐことができる。
恐らくは人魚特有の薬学魔法によるものなんだろうが。
中も充分な広さがあって、なおさら王侯の空間という感じだった。
「聖者さんも、深いところまでよくおいでくださったわねえ。ジュニアちゃんもまた大きくなって……!!」
「ご、ご無沙汰しております……!?」
『遠いところ』ではなく『深いところ』と言うのが何とも……!?
しかもそのVIP席で待っていたのはシーラ王妃だけではなかった。
予想だにしなかったバラエティに富んだ顔ぶれが……。
「ヴィール姉上、ここにいればまた会えると思いましたぞ」
「アードヘッグじゃないかー」
彼はドラゴン一族の一人。
しかもその頂点に立つガイザードラゴンになったばかりの竜で、本来ならば人魚の催しごとに間違っても出席する存在じゃない。
そんな彼が武泳大会にお呼ばれしたのは、何より交友関係ゆえだろう。
アードヘッグさんとアロワナ王子は親友の仲。
かつては共に地上を旅し、力を合わせて先代のガイザードラゴンまで打倒した盟友だった。
そんな友だち同士だから遊びに行ったり来たりしても何ら問題ではあるまい。
「フン、究極生命体たるドラゴンが下等種族の催しに参列なんて……。ガイザードラゴンの威厳が下がりますわ」
「マリーさんまでいる!?」
さらに驚いたのはアードヘッグさんの隣。
女の竜の中でも最強クラスと呼び声高いグラウグリンツェルドラゴンのブラッディマリーさんがいたことだ。
「何故ご一緒に!?」
「何? わたしがアードヘッグと一緒にいてはおかしいかしら?」
「おかしいです!!」
アードヘッグさんと二人並んで座られる様、すっかりファーストレディ気取り。
俺の知らないところで一体何が引き起こされた!?
「アードヘッグはまだまだ未熟なガイザードラゴン。下等種族に侮られないよう、わたしが常に傍にいて指導してあげるのですわ」
「ふぇー……!?」
絵に描いたようなツンデレぶりに、溜め息が出た。
「おー、マリー姉上も久しぶりだなあ。あれからまた強くなったかー?」
「ひぃッ!?」
マリーさんとも姉妹の再会を喜び合うヴィール。
しかし肝心のマリーさんはビビりまくっていた。
先日の敗北による後遺症だろうか?
「アロワナちゃんのために本当にたくさん来てくださって! ウチの子って本当に幸せ者だわ!!」
我が子の交友関係の広さに浮かれるシーラ王妃だが、改めて見ると竜の皇帝……。
……凄まじいコネだなあと思った。
「一応言っとくけど旦那様が一頭群を抜いて酷いコネだからね?」
プラティからなんか冷静に指摘された。
「……そう言えば魔王さんは今日は来てないんですか?」
魔王さんもアロワナ王子の重要な友人だし、国家間の友好のためにも招待するのはありだと思うが……。
それに答えてシーラ王妃。
「もちろんそういう話も出たわ。でもねえ、この大会、いまだに余所の国の人をお迎えしたことがなくて。歓迎とか警護とかのノウハウがまったく積まれていないのよ……!」
研究して態勢を整えるにしても、思いついた時には準備の時間も足りず、今年は見送りになったそうな。
「魔王さんともなれば国賓として迎えなきゃならないし、失礼が起きたら却って国際問題でしょう? その点アナタたちは『王族の関係者』としてむしろ簡単なのよ。王族と同じように扱えばいいんだから」
「それ簡単なんでしょうか……!?」
改めて俺たちへの扱いの厳重さにビビりが入りながら、俺たちはここに来た目的を果たすことにした。
つまり武泳大会の観戦である。
既に会場は予選で大盛り上がり。
この中から勝ち抜いてきた幾人かが決勝へ駒を進める。






