361 真っ赤なトマトの誓い
農場にパスタが伝来した。
そのパスタをもっとも活用したのがホルコスフォンだった。
「納豆スパゲティ一丁上がりました」
またパスタに納豆を絡めて納豆スパゲティを作っていた。
納豆の侵食率が高すぎる。
パスタという存在が農場で新設されて以来、ホルコスフォンは積極的に納豆を絡め、納豆スパゲティを調理しては住民たちに振る舞っている。
おかげで農場の住人たちは『パスタ=納豆と混ぜて食べるもの』という概念が固定化されつつあった。
初めて見た瞬間から納豆と一緒に出されたらそう思ってしまうのも仕方ないが……。
「……これはいけない」
俺は傍から見守っていて、そう思った。
別に納豆スパゲティがいかんと言うわけじゃないけどさ。
しかしパスタは納豆だけではない。もっと色んなものと合わさり無限の味を奏でることができるのだと皆に伝えたい。
このままではパスタの可能性が納豆に閉ざされてしまいかねない。
それはパスタにとっても納豆にとっても不幸なことだ。
だからそうなってしまう前に俺がパスタの新たな可能性を切り開いてみせる!
ホルコスフォンが、納豆スパゲティにめんつゆを加え始めた!
ヤツが完全究極の納豆スパゲティを完成させ、住人からの評価が最高になれば、どんな正統派スパゲティを拵えてもインパクトで劣ってしまう!
急がねば!
* * *
というわけで、ミートソーススパゲティを作ることにするよ。
やっぱり正統派スパゲティといえばミートソース。
トマトで真っ赤に染まったパスタこそパスタの真骨頂。
農場の仲間たちに、あの真っ赤なパスタを見せてあげずして納豆パスタがプライマリだと認識するようになるのは避けたいっちゅうか何ちゅうか。
とにかくスパゲティミートソースを作るのだ!
そのためにも必要なのがミートソース。
ミートソースは挽肉とトマトソースを合わせて作るのだ。
トマト。
それは我が農場でも一二を争うほど真っ先に栽培されたもの。
開墾されたばかりの農地で初めて実を結んだトマトに齧りつく。口の中に広がった瑞々しさを俺は今でも忘れられない。
そんなトマトだが、本格的に調理に使われることは今までなかった気がする。
今日までずっと、もっぱらそのまま齧りつくか精々切り分けてサラダに乗っけるぐらいしかしてなかったもんな。
ウチは味噌汁にトマト入れたりもしない家庭なので。
トマトを本格的に調理加工するというのもなんかワクワクしてくる。
では、ミートソースの元となるトマトを煮込みピューレを作ろう。
原形がなくなるまで煮込んだり破砕したり裏ごしして、ドロドロにするのだ。
そしてヴィールが来た。
「来たぞ」
なんでコイツ俺が新しい料理に挑戦するたび真っ先に現れるの?
専用のセンサーでもついてるの?
いつもだったらプラティもセットで現れるのが常だったが、ジュニアが生まれてからは出現したりしなかったりで揺らぎが生じている。
今日はジュニアの世話を優先して来なかったのだろう。あとで完成品を持って行ってあげよう。
「おおー? これはトマトだな!? お湯の中にぶち込んでどうするんだー?」
そしてマイペースのヴィールが早速製作途中のミートソースに注目。
「トマトはそのまま食っても美味いだろ? なんでお湯に入れるんだ? ゆで卵みたいになるのか?」
「ならねーよ」
そうこうしているうちにトマトは煮崩れてドロドロになっていく。
ヴィールが鍋を覗きこんでピンと来ていた。
「わかったぞ、これは……!」
なんかわかったらしい。
「トマトケチャップだな!?」
何故トマトケチャップの存在を知っている!?
……ああ、そうか。
そう言えば以前トマトケチャップを作ったことがあったな、こっちの世界で。
あれは異世界ソーセージ作りに挑戦した時のこと。
味付けのためにやはりケチャップが必要不可欠だったので作った。
何だ俺、既にトマトを調理加工していたじゃないか。
「近いけど別のものだよケチャップとはまた一味違う」
「なにぃー? ケチャップも美味しいから楽しみだぞー?」
ヴィールも興味津々となっている。
とにかくピューレができたので一旦置いておき、ミートソースに必要なもう一つの要素、ひき肉を炒める。
「おお! 肉だ肉だ!」
肉の投入でテンション上がるのは、どの世界でも同じ。
さらに並行してパスタも茹で始める。
こないだ生パスタを完成させてから乾燥パスタも作っておいた。
これで必要な時手打ちから始めなくても済むぜ。
パスタを茹でている間にミートソースを完成させておく。
よく炒めた挽肉に、件のドロドロトマトを混ぜたらいよいよミートソースっぽくなってきた。
正確にアルデンテになる頃を読み切ってパスタをザル上げし、皿に盛って上からミートソースをだばぁ!!
完成!
異世界ミートソーススパゲティ!
「おおッ! 納豆が入ってないスパゲティだと!? 斬新だな!?」
やっぱり我が農場で納豆スパゲティが基本となっている!?
「でも美味い! 美味しいぞ! この挽肉ソースがジューシーだな! トマトの赤色も残ってていいぞ!」
しかしミートソースも好評だった。
ヴィール、口の周りが真っ赤になるのもかまわずスパゲティを吸い込む。
「赤色は好きだぞー! おれたちドラゴンが吐く炎のブレスの色だからなー!!」
気に入ってくれたようで何よりだ。
さて、せっかくだからプラティにも味見してもらおう。残ったスパゲティを小皿に移して彼女を探しにいく。
恐らくジュニアと一緒だろうと思って寝室に向かったら案の定いた。
なんか鬼気迫る表情をしていた。
「確実にいい匂いが漂ってきているのに。寝ているジュニアを放っていけないから……!!」
我慢させていたらしい。
差し出したミートソーススパゲティをそれはもう美味しそうにすするプラティであった。
「美味しい!!」
「重畳です」
たくさん食べてジュニアに飲ませてあげるおっぱいを生産してください。
* * *
さて、試作品の手応えも得たところで早速ミートソーススパゲティの量産に入ろうかな。
そして農場の皆にたくさん食わせてスパゲティは納豆だけじゃないと周知するのだ。
頑張るぞーと気合を入れて台所に戻ると、既にそこには一定の人員が集まっていた。
どうした?
彼らもミートソースの匂いに釣られてきたか?
と思ったら違うらしい。
ヴィールが集めたらしい。
「お前らー! 今日はこのおれが一味違ったスパゲティを食わせてやるのだー!」
何とヴィールがみずからスパゲティを作って振る舞おうとしている。
さっき俺が実演したミートソースの製法を、そのまま再現してみせようというのか!?
今までヴィールがそんなことした試しがなかったが、今日になっていきなりどうしたんだろう?
納豆スパゲティを拵えまくるホルコスフォンに対抗意識でも湧いたのか?
「まずは麺を茹でるのだー」
お湯のグツグツ煮立った鍋に乾燥パスタを放り込む。
ちゃんとお湯には塩を入れてあるし、麺の茹で方も様になっているし案外器用なんだよなアイツ。
「そしてちょうどいい茹で具合になった麺を引き上げて……」
皿に移す。
あれ? ミートソースはどこに用意してる?
「そしてケチャップをぶっかけるのだあああああッ!!」
「あれええーーーーーーーッ!?」
ヴィールの野郎!
冷蔵庫に保管しておいたケチャップを思い切りパスタに!?
「違うだろうヴィール! 違うだろう!? パスタにかけるのはケチャップじゃなくてミートソースだろう!?」
「あれ作るの面倒くさそうなのだ! どうせ同じものなんだからケチャップかけた方がいいだろ? って、ご主人様が作ってるの見てる時から思ってたんだぞ!」
「同じじゃねえよおおおおおおおおッ!?」
パスタにミートソースかけたらミートソーススパゲティ!
そしてパスタにケチャップかけたら……!
ナポリタンじゃねえかあああッ!?
それは似て非なるもの!
本場イタリア人が絶対認めないスパゲティナポリタンが早くも異世界に上陸した!?
しかも俺以外の手によって!
「お、案外美味い」
「でも茹でたてパスタがケチャップに冷やされて半端な感じですなあ」
そうだろうねえ! 本来はフライパンで炒めつつケチャップや他の具材と絡めていくのがナポリタンの作り方なんだから!
それでもなかなか好評!?
「ううむ、まだまだな反応だな。ご主人様! もっと完璧なケチャップ入りスパゲティを一緒に研究するのだ!」
「いや完璧な作り方知ってるよケチャップ入りスパゲティの!」
ナポリタンって言うんだい!!
なんでそんな研究心旺盛なんだヴィール!?
結局新たに作り直したナポリタンは、ヴィール含め農場の皆に大好評だった。
……ミートソースもな!!






