359 スリーピングビューティ
「劇をやるぞ!」
いきなりヴィールが言ってきた。
「劇?」
「そうだ劇だ! ジュニアに劇を見せて喜ばせてやるのだー!」
と言う。
なるほど。
大変いいのではないでしょうか?
演劇などいかにも子どもが喜びそうだし、情操教育にもいいだろう。
ジュニアのことを考えてそんな催しまで企画してくるとは、ヴィールは本当にジュニア思いなんだなと言うことが伝わってきた。
「うむ、では観賞させてもらおう」
「そうねー」
俺とプラティとジュニアと三人で観賞することにした。
ただ問題として、まだ赤ん坊のジュニアに演劇を理解できるかどうかわからないというのがあるが。
代わりに親の俺&プラティが理解していればよかろう。
ジュニアは母たるプラティの膝の上で『何が始まるの?』とばかりに周囲を見回している。
「それでは開演だ! 演目は『眠れる森の美女』!」
おお。
俺がヴィールに話して聞かせたことのある昔話じゃないか。
原作あっちの世界で、大まかな話の流れとしては呪いで眠りに落ちたお姫様が王子様のキスで目覚めるオーソドックスな話。
ヴィールも意外とロマンチックな演目をチョイスしたものだな。
まず冒頭。
生まれたばかりのお姫様に妖精たちが贈り物をするシーンだが……。
何かが大挙して押し寄せてきた。
小さな可愛い集団。
「よーせーですー!」
「あたしたちは、よーせーなのですー!」
「しゅくふくを与えるのですー!!」
大地の精霊たちだった。
自然の運行を司る霊的存在が、実体化して可愛い女の子の姿をしている存在。
しかも一人ならずいて、今も複数が雲霞のごとく集まってくる。
「なるほど、キミたちが妖精役か」
妖精を演じる精霊といわれるとなんともモヤッとするが……。
妖精と精霊の違いって何?
「あたしたち、よーせー役なのですー!」
「ヴィール様のよーせーで、よーせーを演じているのですー!」
「よーせーされて、よーせー役になったのですー!」
わかったから畳みかけるな。
妖精を演じる精霊たち。その作中での役割は、お姫様の誕生祝いに様々な贈り物をすること。
プレゼントは美貌とか美徳とか、おとぎ話らしく曖昧なものばかりだが……。
「ジュニア様にしゅくふくですー!」
「たんじょうの贈り物ですー!」
「びぼーと、うたごえをプレゼントするのですー!」
ってなんでウチのジュニアに群がっておる?
違うだろう。キミたちが群がるべきは『眠れる森の美女』の主人公のお姫様だろう?
っていうかその肝心のお姫様役がいない?
「がっはっはっはー、見たかご主人様!?」
ヴィールが高笑い。
「これがこの劇の目玉! 主役はジュニアなのだー!」
「なにいッ!?」
「ジュニアを主役に見立てるように、わざわざ赤ちゃんが出てくるお話を演目にしたのだぞ! これによってジュニアは物語の主役という非日常感を味わえるのだー!」
ヴィールめ、演劇にかこつけてそんな心にくい演出を用意していやがったとは!?
たしかに子どもにとっては滅茶苦茶楽しそうな企画であるが、ちょっと待ってほしい。
『眠れる森の美女』の主役はお姫様だよね?
ウチのジュニアは男の子なんだけども!?
当人と配役の性別違うって致命的ミスじゃないでしょうか!?
「ふっふっふっふっふっふ……!」
何処からともなく聞こえてくる不気味な笑い声?
今度はなんだ!?
演者の精霊たちも、脚本に従うように反応する。
「むむッ、これはー!」
「次のセリフなんですー?」
「まじょです!」
「まじょが来たですー!!」
魔女?
セリフ忘れてる精霊が若干名いたけれど。
場面転換のノリに合わせて登場した、黒マントを羽織るキャラクターは……。
「……ガラ・ルファじゃないか?」
我が農場に務める人魚の一人で『疫病の魔女』と呼ばれている。
彼女まで出演?
「あの子何やってるのよ?」
隣で観劇するプラティも呆れた表情をするのだった。
「ふふふ……、よ、よくも私をハブってくれたわねー」
ガラ・ルファ、いかにも覚えたセリフを暗唱するような棒読み口調。
「っていうか、ガラ・ルファが魔女役なのか? 元から魔女と呼ばれているのに?」
「それだけにハマり役ということも言えそうだけど。あまりにもセリフが棒ね?」
ガラ・ルファの棒読みっぷりは、見ている俺とプラティがハラハラするほどだった。
「私をのけ者にした仕返しに、その子に呪いをかけてやろう。私をのけ者にした仕返しにー……」
この役どころはアレだ。
『眠れる森の美女』の中で、姫の誕生祝いに呼ばれずハブられたのを怒って姫に呪いをかける魔女だ。
そのキャスティングにガラ・ルファ。
何やらハマりすぎて怖いものがある。
「姫には死ぬ呪いを……。ヒッ!? いくらお芝居とはいえ聖者様とプラティ様のお子様にそんな恐ろしいことできません! ここは……、そう、もっとソフトな呪いにしましょう!」
勝手に話を変えてきた。
「そうですね……、ではこうしましょう! ジュニア様にはありとあらゆる細菌から好かれて群がられる呪いをかけます! むしろ細菌たちの人気者になって嬉しいです! これはもはや呪いではなく祝いです!」
ガラ・ルファの細菌好きが出てきた。
異世界ファンタジーで唯一細菌の存在を知るガラ・ルファゆえに、彼女の細菌愛は留まるところを知らない。
「ぎゃー! なんつー呪いをかけるのよ!?」
プラティが母として悲鳴を上げる。
「細菌が、病気の原因になったり危険なものだってのはアタシも勉強して知ってるのよ!! まだ赤ん坊で強くないジュニアに細菌群がってきたら死ぬわあああッ!」
「落ち着いてプラティ。あくまでお話の中の設定だから……!」
マイルドにするつもりで超ド級の呪いを生み出すガラ・ルファ。
さすが六魔女最狂の称号は伊達ではない。
とりあえず自分の役目を終えて魔女役ガラ・ルファは退場していった。
充分すぎるほどの怪演だった。
「そしておれがついに登場なのだー!」
ヴィールが出てきた。
このタイミングはまさか。『眠れる森の美女』の展開と照らし合わせるに、魔女の呪いに対抗する最後の妖精役がお前なのか?
一番いい役を持っていきやがって。
「しかし魔女役め、おれの完璧な脚本を無視してアドリブを入れやがるとは度胸なのだ。ならばおれもそれ以上のアドリブを繰り出さねば主演の面目が立たん!」
お前が主演なのかよ。
「なのでおれから魔女の呪いを遥かに凌駕する祝福を与えるのだー。竜の腕力、竜の魔力、竜の寿命をジュニアに与えてやるのだー」
ヴィールの体が輝き出し、お芝居ではなくガチで竜魔法を発動させる直前……。
「演劇で本気になるなッ!!」
プラティに蹴り飛ばされた。
「だからジュニアに無茶な強化施さないって普段から言ってるでしょう!? 神々たちの二の舞コースじゃない!?」
「ぐえええ……! そうだったのだ……!」
以前も地と海の神々がジュニアにとんでもない祝福与えようとして騒動になったことがある。
* * *
それで結局、ヴィールによる『眠れる森の美女』の劇はそこで中止となった。
何よりヒロインのお姫様をウチのジュニアに見立ててしまったから、それ以上進みようがない。
何年も経って姫が成長してからの展開をどう演じていけばいいのか?
何度でも言うが、ジュニアは男の子だから姫じゃない。
「ううむ……! ジュニアを劇の一部に取り入れれば面白いと思ったのに……! こんな落とし穴があったとは!!」
ヴィールは、自分の脚本の作り込みの甘さに打ち震えていた。
まあコイツもジュニアを面白がらせようと思って劇なんかを企画したんだし、親として感謝しておこう。
「おしばい面白かったですー!」
「またやるですー!」
「あいとかんどーのスペクタクルを繰り広げるですー!」
役者として大地の精霊たちも楽しんだようだ。
劇という企画自体はよかったので、ジュニアがもう少し大きくなって判断がつくようになったらまた挑戦してもいい。
「ジュニアを出演させられるように赤ん坊の出てくる劇をと思って眠れるアレをチョイスしたが、もっとシビアに選別すべきだった。……少なくとも、主人公がジュニアと同じ性別じゃないとダメなのだ!」
ヴィールはまだ反省していた。
そして次に繋げようとしていた。
「ならば、男の子の赤ん坊が登場する劇を次にやるのだ! それはつまり桃太郎! ご主人様! ジュニアをコイツの中に入れてくれ!」
『どうも、桃の樹霊モモチタンバです』
ヴィールがなんか巨大で喋る桃を差し出してきた。
「コイツからパッカーンと割れて出てくる爽快感をジュニアに体験させるのだ! 桃太郎としてヒーロー気分も味わえるぞ!」
「やめなさい」
ジュニアはまだ幼いんだから、そんなハードな演技を求めるな。