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351 ゴブリン鎧袖一触

 俺です。

 今日は遠出して農場の外へ来ております。


 エルフの森。

 ここがエルフたちの本拠地か……。


「でも本当に荒れ果ててるなあ……!?」


 俺たちはちょうど森の入り口というべき地点。

 木々が生い茂るエリアと、そうでないエリアの境界線というべき場所に立っていた。


 厳密には、森の外側へ一歩下がった位置。

 おそらくこれ以上森側へ入ろうものなら、マンハンターと化したエルフたちの矢が容赦なく飛んでくることだろうが……。


 ただ、それよりも気にかかるのがエルフの森内外の荒れ果てようだった。


 草一本生えない荒野。

 土は乾いてサラサラ、岩肌剥き出し。

 地面を線引くように真っ直ぐ伸びる帯状窪地は、かつて川が流れていたのだろう。

 今は干上がって見る影もないが。


 そんな荒れ果てた風景が見渡す限り拡がっていた。

 これが法術魔法によって自然マナが抽出された結果……。


「人間国が滅びて自然を荒らす法術魔法が停止した今、大地にも少しずつマナが戻ってきているはずだ。この大地は甦ろうとしている」


 だから植林作業を行って、復活の手伝いをしようという話だからな。

 それを当地に住んでいる地元エルフ自身に承認してもらうためにも戦いは避けられない。


「このまま植林作業を進めても、ジモエルによる妨害があれば深刻な遅れが出るだろう。作業の本格発進の前に、ジモエルへの対処をすることは不可欠」


 エルザリエルさんが深刻そうに言う。

 彼女もいつの間にか植林作業に真剣になったものだ。


 その一方で……。


「嫌だーッ!! 帰る! 我が心の故郷、農場へ帰るーッ!?」


 半ば無理やり連れてこられたエルロンはまだ泣き叫んでいた。

 連れ出されたら最後、エルザリエルさんの強権で二度と農場には戻れないと信じていたからだ。


「大丈夫、俺が責任もって一緒に帰ってあげるから……!」

「ううッ、片時も聖者から離れない……!」


 そう言って俺にしがみつくばかりであった。


「二人とも、それ以上森に近づくなよ」


 エルザリエルさんが戦士の緊張感で言った。


「既に森の入り口付近に、ジモエルどもが布陣している」

「地元エルフね……!」


 だが俺には何も感じられなかった。

 目前に広がる森は静謐さを湛え、何処までもひそやかな印象しかない。


 木々の間から小鳥の囀りまで漏れ聞こえた。


 こんな平和な空間にエルフが潜んで、殺気を込めて狙っているというのか?


「エルフの隠形術をもってすれば小鳥にすら気づかせない。しかしエルフ同士ならば察せられる。少なくとも五人。こちらへ向けて矢を向けている」

「六人だ」


 エルロンの語りに、エルザリエルさんが訂正を被せてくる。


「やはりお前も勘が鈍っているな。前衛の中でも飛び切り気配遮断の上手いヤツが一人いる。お前単独なら今頃死んでたぞ」

「だから『少なくとも』って言ったじゃないですかッ!?」


 言い争う初代頭目と二代目頭目。


 いや俺には何も感じないから二人の論争には加われないが。


 しかしやはり凄いなエルフは。

 森に潜ったエルフは誰も見つけられないし、従って攻撃もできない。

 しかしエルフの方からは森をさまよう獲物は丸見え。

 森を味方にしたエルフは無敵。


 かつてウチに潜入したエルロンを容易く捕まえられたのも、森の外で遭遇したからではないだろうか?


「通常、森に潜むエルフを他種族が倒す手段は唯一無二。潜んだ森ごと焼き払うことだ」

「そんな乱暴な……!?」


 唐突なエルロンの説明に俺引く。

 しかし森という絶対地形支援を受けたエルフを倒すにはそれこそ、守護者たる森ごと倒さなければならなかったんだろう。


「エルフの森がここまで縮小した原因も、マナ枯渇だけでなく人間国との争いで森を焼き払われたからだという……」

「今回も聞き分けのない地元エルフを押さえつけるには、そうするのが唯一にしてもっとも確実な方法だ。でも今回に限って、それは使えない」


 だよなあ。

 そもそもの発端はエルフの森を復活させようというのに、僅かに残った元々の森を焼き払ってしまっては本末転倒。


「だからこそ私たちは森を傷つけることなく、その中に溶け込んだエルフたちを正確に見つけ出して捕えなければならない」


 そんなことは現実的に可能なのか?

 森と暮らすエルフを、森の中から暴き出すのは砂と混じった砂金を道具もなしに選り分けるのに等しい。


 先生やヴィールですら困難な作業に思えた。

 特にヴィールなんか、速攻で飽きて森ごと吹き飛ばしそう。


「だからそのために、打ってつけの助っ人を連れてきたんだろう?」


 俺に視線を受け、堂々と進み出る者がいた。


 我が農場のモンスターチームを率いる二大リーダー格の一人。

 ゴブリンのゴブ吉だ。


 今日は彼の晴れ舞台。


「我が君のご命令とあれば、何なりと実行してみせましょう」


 頼り甲斐がありそうに宣言するゴブ吉。

 日頃オークボの陰に隠れて目立たない彼だが、その実力はオークボと比べても遜色ない。


 むしろ、こうした細やかさ正確さが求められるミッションではオークボよりも実力を発揮する。


「オークボ殿であれば、まず確実に勢い余って木の四、五本は薙ぎ倒すでしょうからな……」


 ゴブ吉は苦笑気味に言った。


「エルフチームを貸し出す代わりに、ゴブ吉に働いてもらおうというわけだ! 頼むぞゴブ吉!」

「本当に大丈夫なのか? コイツ一体だけを連れてきたってことは、私の元部下エルフたちを総動員するより、コイツ一体ですべてを解決できるっていう……!?」


 エルザリエルは、いまだ知らないゴブ吉の実力に半信半疑であるらしい。


「目利きが浅いな姐さん、ゴブ吉の実力は私が保証しよう!」


 自信たっぷりでふんぞり返るエルロン。

 何故お前が威張り散らす?


 そんなギャラリーのガヤガヤも捨て置き、ゴブ吉は無造作に歩み出す。

 今や、怪物が大口空けているかのようにも見える、エルフの森へ向かって。


「待て! そんな無造作に侵入したらすぐさま狙い撃ちに……!?」

「まーまー」


 慌てるエルザリエルさんを押しとどめて、その間もゴブ吉は進むよ何処までも。

 そして本格的に森の中へ入った。

 俺たちからも木々が重なって邪魔になり、ゴブ吉の姿をハッキリ視認できない。


 そして相手からの反応はすぐに来た。

 己が領域への侵入者へ、即座に八本の矢が射かけられる。


「え? 八本?」


 潜んでいるエルフは六人じゃなかったのかエルザリエルの見立てでは!?


 それら八本の矢が正確にゴブ吉へ向けて飛ぶ。

 このままだと間違いなく彼はたくさんの矢が刺さってハリネズミみたいになってしまうだろう。


 しかし、そうはならず……。

 すべての矢は、ゴブ吉の鎌によって叩き落とされた!


「ええーッ!?」


 その様に観戦のエルザリエルさん、困惑。


「完全な死角から入ってきた矢もあるというのに! それらも含めて叩き落とされた!?」


 しかもエルフの矢には魔法が付与されていて、防護魔法を無効化するだけでなく多少の防具なら突破する貫通力を強化されているという。


 そのすべてがゴブ吉には通じない。


「……このゴブ吉は、以前神からの祝福を与えられましてな」


 ああ。

 以前神集団からご馳走をたかられたことがあってその報酬にね。

 農場の住人のたくさんが祝福持ちになってゴブ吉もその一人だったはずだ。


「狩猟の神オリオンから、たくさんの獲物を狩るための祝福を頂いた。その祝福によって得たのは予知能力」

「予知能力ッ!?」


 何か見えるらしいよ?

 ゴブ吉には二、三秒程度先の未来が?


 その能力によってゴブ吉は敵の動きの先を読むことができる。

 それで対処は完璧ということだった。


「神から授かった予知能力、そして我が君から授かったマナメタル製の草刈り鎌で打ち落とせぬ矢などない。そして……」


 おっ?

 俺たちの視点から見てゴブ吉が消えた。

 超スピードで移動したか。


「矢の入射角から、射手のいる位置は割り出せる。キミたちは射るたび場所を変えればいいと思っているのだろうが。それより私が到達する方が速い」

「ひぃッ!?」「へぎゃッ!?」「ごへえッ!?」


 一度に三つ、森に潜むエルフたちの悲鳴が聞こえた。

 恐らくゴブ吉にやられたのだろうが……。

 彼女らも固まって配置についていたわけじゃないだろうに、それなのにほぼ同時に悲鳴!?


「ゴブ吉のスピードをもってすれば容易いか……!?」


 タケハヤ・スサノオ・ゴブリンに三段変異したゴブ吉のスピードは、音より速い。

 それはこないだの農場留学生たちとの模擬戦で実証済みだった。


 変異ゴブリンとして獲得した『速さ』と。

 予知能力による『早さ』。


 この二つを併せ持つゴブ吉の先を行ける者は、多分いない……!?

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