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350 ハイエルフ

 わらわの名はエルエルエルエルシー。


 エルフ族にて神聖な響きを持つ『エル』の語を四つも名に刻むことを許された。

 いわば偉い人じゃ。


 それもそのはず、わらわは一握りのエルフだけが進化するエルフの上位種。

 ハイエルフなのじゃから。


 エルフは元来、森と共に生き、森と共に繁栄する種族。

 ハイエルフはその究極系と言っていい存在じゃ。


 森から湧きだす清浄なる空気とマナを取り込むことで、身体に変化をもたらす。

 そうしてエルフはハイエルフへと進化する。


 ハイエルフは、元となったエルフを遥かに超える清浄マナと森への順応性をもって、森の中で無敵となれる。


 森の中でなら魔王とだって互角に戦えるのじゃ。


 そして森の清浄マナに満たされたハイエルフの肉体は老いることがないのじゃ。

 わらわ自身、そろそろ二百歳に達しようかという時候だが、この肌は赤子のようにきめ細かく、髪もサラサラ。

 四十そこそこの小娘の方がわらわより老けて見えるくらいじゃ。


 まあ、その代わりハイエルフにも重大な弱点というか欠陥があるがの。


 清浄な空気とマナを取り込み、それが普通となりすぎてしまったための弊害。

 森の外の通常の空気やマナが、我らハイエルフにとっては濁り汚い。

 毒と言っていいレベルじゃ。


 だから我らハイエルフが森の外に出ると毒の空気を吸い込むことになり、体内は荒れ果て、程なく衰弱して死んでしまうじゃろう。


 森の中でしか生きられないハイエルフ。

 森に愛されたがゆえの運命じゃのう。


 そんな我々じゃから、森が生き続けるかどうかは死活問題じゃった。

 時代の経過と共に段々痩せ枯れていく森。


 豊かに木々が生い茂っていた地区も十年二十年とかけて萎れていき、草一本生えぬハゲ地となってしまった。


 見えない力が、わらわたちの森を蝕んでいくのがわかった。

 わかったところで止めようがなかったが。


 豊かで広かったはずの森は、青虫に食い破られる葉のように段々と小さくなっていき……。

 そこに住む我らエルフも息苦しくなってきた。


 狭くなった生活圏を奪い合って争いが起き、多くの命が無益な争いで散っていった。


 そのうちエルフ族は考えの違ういくつかの派閥に分れ……。

 ある派閥は、新たな生活圏を求めて別の森を探して旅立ったり……。

 また『森が枯れた原因は他の種族たちのせいだ』と断じ、復讐と称して魔国や人間国で盗みを働くエルフも出だした。


 わらわはどちらにも属さなかった。

 何せハイエルフだからのう。


 森の清浄な空気でしか生きられないわらわは、森から出ること叶わぬ。

 新天地を求めて旅立つこともできぬ道理。


 この森と共に生きて、この森と共に死ぬのが、森と一心同体にまでなったハイエルフの運命なのじゃ。

 そして誇りじゃ。


 今は、わらわと同じ運命を背負ったハイエルフの馴染み数人と、そんなわらわたちに同調して残ってくれた通常エルフ十数人と共に静かに暮らし……。

 そう遠くないうちに訪れる滅びを迎え入れるであろう。


 そう思っていた今日この頃。

 なんか予想とは別の方向から変化が訪れた。


 森を自由に出入りできる通常エルフたちから報告があった。


「人間国が滅亡しました!」


 と。

 ……。

 んー?


 国って滅ぶものじゃったか。一応わらわの生まれる前から存続しておったんじゃがのう。

 しかしその報告を聞いた時、わらわは正直『だから何?』としか思えなかった。


 我らエルフ族は世俗に一切関わらぬ。化外にてどんな大事件が起きたとしても、わらわたちの与り知るところではない。


 が、どうやら若者に言わせれば違うらしい。

 我らの森が枯渇し、段々と範囲を狭めていたのは人族が使う法術魔法とやらのせいなんだとな?


 人族のマナが、大地から強制的にマナを奪い、そのために自然の力が衰えている。

 人間国が滅びたのならば、彼の国が防衛のために張り巡らせていた魔法の数々も停止し、奪われたマナも戻ってくるだろうと。


 やったあ。


 ならばわらわたちも滅びずに済むんじゃな?

 我らが森も衰亡を止め、少なくとも滅びることはない。

 上手くすれば戻って来たマナによって森が活性化し、元の豊かな大樹海へと戻ることであろう!

 それは素晴らしいことじゃとウキウキしていたら……。


 さらなる方向から別変化があった。

 魔王軍なる輩が森を訪ねてきおったのじゃ。


 聞けば人間国を滅ぼした当人だという。


 支配者の交代を告げにきたとでも言うか?

 生憎とこのエルフの森は、誰の支配も受けぬ。

 エルフが傅くは、エルフを生かす森へのみ。

 支配者ごっこがしたくば森の外でするがいいわ。わらわたちには一切関わりのないこと。


 え? 何違う?


 てっきり我らエルフに臣従の誓いを立てよと迫りに来たのかと思ったが。

 人間国の連中がそんなことをしに来たからのう何度か。


 そのたびにギッタギタにして追い返してやったが。

 貴様ら魔族どもは違うというのか。


「我らが望むのは、エルフの森の再生だ」


 魔族どもの群れの中から進み出てくる一人を見て驚いた。

 なんと我らの同族エルフではないか。


「私は屈強のエルフ族戦士、勇猛なるエルトエルモエルスの孫娘エルザリエル」


 ほう、いつだったか森を捨てて出ていった狂戦士の孫とな?

 そんな輩が、何故魔族と行動を共にしておる?


「外では目まぐるしく情勢が代わっていてな。私が魔王軍と共にここに来たのもその一環だ」


 何を望むという?


「植林作業だ」


 しょくりん?

 しょくりんしょくりんしょくりん……、食林!?

 森を食べるというのか!? 不敬な!?

 ただでさえ滅びかけている我らの森にとどめを刺すつもりか食いしん坊め!


「違うわ! 植えるの! 林を植えると書いて植林!!」


 この外エルフの話をよくよく聞くことに、何となくどういうことかわかって来た。


 つまり、今は枯れて更地となっている場所に、若い木々を植え成長させ、森を復活させようということだろうのう。


「この方法ならば、自然に任せるよりも遥かに早く効率的に森を回復させられる」

「ふーん?」

「魔王軍のこの事業は意義あるものと思う、この苦難の時期にあっても森を捨てずに住み続けたアナタにも協力を仰ぎたいと思って、今日お訪ねした次第」


 ふん。

 久々に集落外のエルフを見たことは喜ぶべきか。

 だが用件はくだらぬのう。


 わらわは言ってやったわ。


「おぬしらの言いたいことはよくわかった。とっとと消え失せるがいい」

「それは……」

「おぬしら外の世界の連中が、外の世界で何をしようと勝手じゃ。戦争しようとも殺し合おうとも。だからこそ外の連中が、我らに干渉することは許さん」

「しかしこれは、アナタたちの森を再生するための……」


 有益ならば従う義務があるとでも?

 虫唾の走る親切ごかしよ。


 いいかよく聞け。この森は、この森を崇め敬うエルフだけのものよ。


 外から来た何人にも好き勝手はさせん。

 まして我らにとって神にも等しい森に手を加えるなど。


 森は、自然の中で育まれてこそ森なのじゃ。

 人の手を加えて、効率的に育てる? 冒涜もいい加減にせよ!


「そのような行為は、森を人が支配しようとする不遜の行い。森の娘であるエルフたちは、そんな悪行断じて許さぬ。強行するなら相応の罰を心得よ」

「協力するどころか妨害すると……!?」


 エルトエルモエルスの孫娘とやらは、途端に野獣のような目つきになりおった。

 なるほど戦士の血脈らしいの。


「しかし所詮外に出たエルフなど、エルフの誇りを失った野良猫じゃな。森の在り方も理解できず、外の阿呆どもに同調するとは。おぬしのようなエルフはもうエルフとは言えぬ!」

「衰えた森にしがみつく頑固者に話が通じるとは思えなかったが……、やはり案の定だな。しかしこれは既に決まったことだ。貴様らごとき老害に覆すことはできないぞ!」

「力づくで来るとでも? よかろう森でエルフに勝てる者などいないということを教えてやろう。いやおぬしもエルフであったか? しかし都会で衰えた勘が我らに通じるかのう?」


 こうして交渉は決裂に終わった。


 早晩、新たな支配者どもが我らを制圧しにやってくるであろう。


 別に大したことではない。

 森の外を人族どもが支配しておった頃から繰り返されてきたことじゃ。


 欲深い人族の王族どもは、幾度となく我らエルフ族に臣従を迫り、見目麗しいエルフ数人を王宮へ奉公に上がらせろと迫ってきた。


 そのたびボッコボコにしてやったものじゃ。


 外の支配者が人族だろうが魔族だろうが変わりない。

 我らエルフは独立不羈を貫くのみ!

 それに納得できないというのなら、いつでもかかってくるがいい!!


    *    *    *


 数日後。

 やっぱり魔族どもは攻めかけてきおった。


 愚か者ども。どんなに小さく狭まろうと、森に抱かれたエルフは無敵よ。

 木立に紛れながら完璧に気配を消し、防御魔法を無効化する百発百中の矢を当てる。

 狩られる獲物の恐怖を思い知るがいい。


 ……と思っていたら。

 なんか敵が送り込んできたらしいゴブリン一体に、我ら全滅させられた。

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