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339 ピュグマリオン計画

 ボクの名はエクザダ。


 聖者様の農場へ留学に来ている魔王軍若手士官の一人だ。


 才能があるわけでもなく態度も控えめ。

 目立ったことをした覚えもなく、なんでボクなんかが聖者様の農場へ連れてきてもらえたか今もってしても謎だった。


 聖者様の下で勉強できるなんて完全無欠のエリートコースだろう。


 講師にノーライフキングの先生がいる時点で古今無双の大魔法使いになれることは確約。

 人族、人魚族の同じエリート層とも面識ができて、将来はここの卒業組で世界が回されることは確実だ。


 そんなとんでもない空間にボクなんかが放り込まれたこと自体おかしいと思うし、場違いは充分承知している。


 実際日々の授業では僕が一番遅れているし、農作業の手伝いでも最後に完了するのはボクだ。


 ああ、なんでボクはこんなところにいるんだろう。

 

 いっそ誰かにお願いして、農場から出て元の職場に戻った方がいいのではないかと思ったりするほどだ。


 そんな僕は授業後に夕日を眺めるのが日課になってしまった。

 そうやってボンヤリして心を空白にしないと耐えきれない。


 そんな風に日々夕暮れに佇んでいると……。

 ある時変化が訪れた。


 夕日をバックにすべてが赤く染まる風景。

 その一部として新たに加わったものに、自動人形とかいうものがあった。


 聖者様がどこからか持ち込んできたらしい。

 そんな世にも聞いたことがないものを軽々と何処からか拾ってこれるなんて、さすが聖者様。


 自動人形は、与えられた仕事を黙々とこなし、外で鍬を振るっていた。

 そして仕事が終わると収納倉庫に帰るのだそうな。


 言われたことをただ黙々と、コツコツと。


 その姿に、何か感じ入るもののあるボクだった。


 ある時、自動人形の一体と擦れ違った。

 一日の作業を終えて、倉庫へ帰る途中だったのだろう。


 その子の顔に泥が跳ねたのか、汚れていたのでハンカチで拭き取ってあげた。


 当然礼を言われることもなかった。

 だって相手は人形なのだから。

 感謝を覚える心もないのだろう。


 でも何故か、ボクには彼女が喜んでくれたような気がした。


 その日からボクは授業に、仕事に頑張れるようになった。


 あの子も頑張って働いているから、僕だって頑張れる。

 一日が終わったあと夕日に赤く照らされる彼女の横顔が、ボクの心に活力を吹き込んだ。


 何故彼女を彼女と呼ぶのか。

 ただの人形に性別も何もないだろう。

 でも少なくともボクにとって彼女は素敵な女性だった。


 同じ形のものが百体もいるが、その中からも間違えず彼女を見つけ出すことができた。


 毎日彼女と会うたびに胸が高鳴り、毎日彼女と会うごとに胸の高鳴りは大きくなっていく。


 そしてボクはある時ついに自覚した。


 ボクは恋をしている。

 彼女に。


 毎日黙々と働く彼女の直向きさに、ボクは励まされ救われた。

 そして心惹かれたのだ。


 誰かが聞けば失笑するだろうことはわかっている。


 何せ恋の相手は人類じゃない。

 それどころか生物ですらない。


 しかし恋する気持ちは、燃え上がって止められない。

 彼女が好きだ!


 今まで成績ビリッケツだったのが一念発起して首席にまで駆け登れたのも彼女のお陰。

 彼女への恋の情熱ゆえ!!


 しかし人形の彼女は、ボクがどんなに思いをぶつけても応えてはくれない。

 どんなに詩才を振るって愛の言葉を謡っても、返事をくれない。


 わかっている。

 わかってはいるが、心のどこかでは寂しかった。


 でもいいんだ。

 物言わぬ彼女が隣にいてくれるだけでボクは満足さ。


 たとえ人形でも愛する人が隣にいてくれるだけで、ボクの心は春のように暖かく華やぐのだから。


 そんな風に、ボクが倉庫から無断で持ち出した彼女と並んで座り、二人だけの時間を満喫していると……。


『うむ……、いんじゃね?』


 なんか唐突に、邪魔者が現れた。


 豊かな髭を蓄えた荘厳なる御方。


 ハデス神。


 ボクら魔族を創造したという主神。

 地海天のうち大地の世界を支配する御方。


 今日も聖者様のところにご飯をタカリに来ていたのか。

 その手にはお茶碗山盛りのチャーハンがあった。


『何やらエモい波動を察知したので辿ってみれば。これまた拗らせたヤツじゃのう』

「放っといてください」

『神に対する敬意のなさも剛毅』


 そりゃあ定期的に聖者様へメシをタカリにくる様を見ていれば信仰心も尽きてしまいますが……。


『汝のその一途な想いに免じて、この冥神ハデスが恵みをもたらしてしんぜよう。魂あれども、それを発露することのできぬ命なきものに、足りぬものを補ってしんぜよう』


 ハデス神の箸を持った手から、何やらキラキラ光る星屑のようなものを放った。


 星屑は尾を引きながら無数に伸び、やがて辿り着いたのはボクの大切な自動人形のところ。

 ボクの大事なハニーが、光に包まれる!?


「ハニーッ!?」

『人形をハニー呼びとか、拗らせてるなあ』


 うっさいです神。

 とにかくボクの大事な恋人が光に包まれ、姿がまったく見えなくなって……。


 ……そして、ある瞬間に一気に星屑の光が散り、中のハニーも姿を現した。

 しかし、再び目にした彼女は、それ以前とはまったく変わっていた。


「……ご主人様」


 喋った!?


 まずそこから驚いた。

 神の星屑を浴びたボクのイデアは、人形とはまったく違う。

 それこそ生きた人類そのものだった。


 肌柔らかく温もりもあり、表情豊か。

 人形の球体関節も消えて、その体つきはまさに生物そのもの……。

 しかも生唾飲み込むほどの美しい女性の……。

 ……おっぱい大きい!?


『ふむ……、さすがに乙女を素っ裸のまま放り出すわけにもいかんの。セットということでこれを身に着けるがいい』


 ハデス神がさらに端から星屑を放ち、彼女の体に宿って衣服に変わった!?


「神!? これは!?」

『汝の想い人を、共に過ごすに相応しい程度に創り直しただけだ。神の気紛れの慈悲よ。たまに優しいところを見せてやってデメテルセポネも惚れ直してくれるわ』


 この神も充分下心あるっぽい!

 でも嬉しい!

 ボクのハニーが、言葉も喋れて体温の温もりもある生命に。


 これからはたくさんお喋りして、一緒に過ごして、さらにそれ以上のことも……。


 ……できる!


「ご主人様。私はアナタのお陰で人間になれました。アナタが愛してくれたおかげです。私も愛しています。どうか末永く傍に置いてください」

「よっしゃー!」


 ボク、この子と結婚する!

 魔王軍の正規軍人なら妻と子どもを養うぐらいの経済力は充分あるし!

 魔都に戻ったら正式に神前で誓いを立てて夫婦になる!


 あ、まさに今こそ神が目の前にいた!?


『ううむ……。だが、この一体だけ命を与えるのは不公平な気もするのう』


 などといってハデス様はまたも箸を振って、星屑を空中に飛ばした。


 星屑は周囲に散らばっていき、ボクたちからは見えなくなったけどなんか農場の周囲で驚きの声が上がったような……?


『日頃ごはんを貰っておる礼に、この地におる人形全部に命を吹き込んでやったわ。賑やかになって聖者もさぞや喜ぶことであろう』


 ハデス様は、心から『いいことをした』的な表情になって消え去られた。

 神の世界に帰られたのかな?


 とにかく、ボクは最高の恋人を得て幸せの絶頂になることができた。

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