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332 留学生vs農場五番勝負その五

 ゴブ吉さんは一言でいえばスピードのバケモノだった。

 特殊な機能を持った騎馬を乗りこなし、目にも留まらぬスピードで空間内を飛び回る。


 彼の持つ大鎌はマナメタルを研ぎ上げた特別製で、僕らの首などそれこそ枯草のごとく刈り取るだろう。


 遮蔽物の多い森林は、彼らが飛び回るには格好の足場となり、木の幹の反動を得ては縦横無尽に飛び回った。


「うおおおおッ!? 何処だ何処だ!?」

「固まれ皆! 互いの背中を合わせて死角をなくすんだ! その程度で対処できるスピードでもないけれども!」

「ちょっと待って……、なんか崩れた輪郭の軌道だけしか見えなくて何とも言えないけど、滅茶苦茶飛び回ってるのが二つない!?」

「ゴブ吉さんが馬から降りたんだ! あの人、自分の足でもあの馬並みに速く動けるんだ!?」

「じゃあなんで馬に乗る必要が!? うわああああッ!? 高速で動く物体が二つになって余計わけわからないいいいいいいッ!?」


 しかも今の速度は、僕たちが何とか捉えられる程度にまで加減されたもので、本気になれば、それこそ何が起きているかわからないほどにまで速くなれる。

 僕たちは遊ばれているんだ。


「強い……!?」


 やっぱりゴブ吉さんの強さは本物だった。

 これまでの三試合でぶつかった相手、ベレナさんの魔法も、レタスレート姫の怪力も、プラティ奥さまの堅実さも、ゴブ吉さんのスピードの前では何の意味もなさない。


 何かしようとするより早く先手を打たれて終わりになるからだ。


 これが真の農場最強の一角……。

 タケハヤ・スサノオ・ゴブリンのゴブ吉の力。


「そして農場最強の一角は……」


 ゴブ吉さんはストップし、超加速の世界から戻ってきて姿を現した。

 そして言う。


「もう一人いるぞ。今さら勿体ぶる必要もないから紹介しよう、五人目の対戦者を」


 森の奥に、誰かいた。

 今までまったく気付かないのに、その瞬間いきなり気づけたのは、相手が息を潜めるように断っていた気配を解放したからだった。

 まるで爆発するような勢いだった。


「まさか……ッ!? そこに…ッ!?」


 いた。

 もう一人の最強。


 オークのオークボさんが。


 彼もまた愛馬ギガントロック号にまたがり、愛用の斧(伐採用)を携える。

 その佇まいはもはや王者の風格。


「って言うか!?」


 ゴブ吉さん一人にも翻弄されててんてこ舞いなのに、ここでオークボさんを投入してくるとか本気ですか!?

 思いやりがなさすぎる!?


「私が最後の対戦相手だ。キミらはもうゴブ吉の速さに手も足も出ないようなので敗北確定と判断して出張らせてもらう。……戦うからには、ゴブ吉とはまた違った形の強さの形を示してやろう。キミらの後学のためにな」


 お気遣いなく!!

 あまりに衝撃的な出来事が立て続けで理解力が追い付きませんので!

 もうお腹いっぱいいっぱいです!


「キミたちに、また違う色合いの敗北をプレゼントしよう。『エンペライズ・プレッシャー』」


 その瞬間、オークボさんの体から凄まじき気迫のようなものが発せられた。

 ゴオオオオオオオッ、と。


 ……いや、待って……?


 気迫って、目に見えるものなのかな?

 オークボさんの体から発せられる気は、目に見えるほど濃厚で、まるで空気が光り輝いているかのようだった。


 しかも目に見えるだけではない。

 この森の中に生い茂る木々が、気迫に押されてベキベキと折れ倒れていく!?


 質量と攻撃力を持った気迫!?


「オークボ殿、あまり無闇に木は倒さないようになー?」

「わかっている。被害を最小限に収めるように、速攻で勝負を付けよう」


 そう言って迫ってくる大量気迫の覇者!?

 あの気迫に飲み込まれるだけで僕らなんか押し潰されて死んでしまう!?


 一歩、一歩……。

 ゆっくりだが着実にオークボさんは接近してくる。


 その巨大な気迫と一緒に。

 まるで壁がそのまま迫ってくるかのようだった。


 ゴブ吉さんとはまた別の質の、強大すぎる力。

 ゴブ吉さんが『動』の最強ならば、オークボさんは最強の『静』。


 何者にも捉えられないスピードのゴブ吉さんなら、オークボさんは誰も抗しきれないパワー。


 その二種類の、紛れもない最強に挟まれて、僕たちは泣くことしかできなかった。


    *    *    *


「はい、終了ー」


 迫りくる気の壁が、目と鼻の先に迫ったところで止まった。

 それまで僕らはまったく生きた心地がしなかった。


 オークボさんから裂帛の気迫が消え、姿なきゴブ吉さんも超加速の世界から帰還。


「ちょっと脅かし過ぎたかな? これで農場の、一般的な強さの水準をわかって貰えただろう実感として」

「キミたちの疑問も解消できて、よりよい体験になったと思う」


 いや……。

 衝撃的な体験すぎて頭が付いてきません……。


 聖者様の農場は、どんだけ強固な戦闘能力によって固められているんですか!?


「まあでも、強さなんて農場では特に意味はないけどな」

「えー?」

「農場は、農作業して自給自足するための場所だからね。自衛以上の兵力などいらんのだよ」


 多分、地上最強級の力を持ったオークボさんがこともなげに言うのだった。


「今回の模擬戦で我が君がキミらに伝えたかったことはまずそれだ。私たちは、自分が強いということを特に誇ってもいないし、必要だとも思ってない」

「もっと大事なものがあるのだ。そのことをしっかり覚えておかないといけないよ」


 オークボさんとゴブ吉さんの話を聞いて、何かズッシリ重いものを腹に入れられたような気分だった。


 農場に来て様々なことを教えてもらい、飛躍的に強くなったと思う。

 実際そうなのだろう。


 しかしどれだけ強くなっても虚しさが付きまとうのは、この農場では、強くなった上にさらなる強者がいるからだ。

 常に、何人も。


 こんな状況では、どれだけ強くなっても驕ることなんてできない。

 でも、それこそが強くなる上でもっとも大切なことと思う。


「キミたちはいずれ、この農場で学び終えて、それぞれの祖国へ帰るだろう」

「その時、ここで学んだことを正しく使えるように、今日の体験が生きてくる。弱者を虐げるためではなく守るために、ここで培った力を使うのだ」


 オークとゴブリンから教え諭されてるなんて……。

 このお二人はただ強いだけじゃない。

 人格も一級だ。


 こんなオークとゴブリン見たことない!


「これで五番勝負は終了だが、ボコボコにして済まなかったな。しかしそれもキミたちののちの財産になると思って!」

「じゃあ、オークボ殿が気迫で薙ぎ倒した木を片付けるか」

「細かく割って薪にしたらエルロン殿が喜ぶかなー?」

「切り株に接ぎ木したら早めに復活するんじゃないか? ハイパー魚肥も追肥して……」


 細やかな気配り……!?


 あれだけの強大パワーを持ちながら自然への配慮を怠らないなんて、やっぱりお二方は根っからの農夫なんですな!?

 戦士ではなく。


 それが聖者の農場の、農場たるゆえん……!?


    *    *    *


「……そうだ、リテセウスくん」


 ゴブ吉さんが、僕の名を呼んだ!?


「戦闘中、キミの動きはなかなかよかったな。動き回る私を常に目で追えていた」

「おお、ゴブ吉殿もそう思うか。私の『エンペライズ・プレッシャー』にも、最後まで対抗しようとする意志を見せたし、いよいよとなったら斬りかかろうとしてきたからな。それで慌てて止めたんだ」


 いやいやいやいや……。


 そんなの、できたって意味ないことですよ。


 ゴブ吉さんのスピードを目で追えても実際動きが追い付かなきゃ対処できませんし。

 オークボさんの気迫に対抗しようとしたのは完全に破れかぶれで、ただのクソ度胸です。


 本当に、虚しいばかりですよ……!!


 そうして畏まっていると……。


「そうして謙遜できているのが才ある証拠だ。リテセウスくんはきっとよい次世代の担い手となることだろう」

「新しい時代を背負って立つような男にな……」


 二人の剛勇モンスターから貰ったお墨付きを、僕はまだ実感ないまま受け止めた。


 未来のことよりも、今は今の大変さの方が身に染みるのだった。

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