32 偽りの人
こうして我が家に新たな住人(?)が加わることになった。
先生のダンジョンから連れてきた擬人モンスターは、オーク五体とゴブリンが五体の計十体。
擬人モンスターといえば他はオーガやトロルといった種が一般的らしいが、先生のダンジョンには発生していなかった。
ただ、俺がさせたい作業を進めるにあたっては、この二種の擬人モンスターがいるだけで充分だった。
オーク、ゴブリン。
いずれも擬人モンスターの中ではもっとも一般的な種族というか、モンスター全般においても一般的なヤツらしい。
この世界で、モンスターと言われて真っ先に浮かぶのがコイツら。
スライムとかドラゴンを差し置いて。
ただドラゴンに関しては、この世界ではモンスターとも人類とも違う、別個の種族らしい。
ダンジョンから生まれるんじゃなくて他の場所で生まれるそうだしね。
まあそれは余談だ。
オークは、体格が大きくて力強い。
大雑把な力仕事向きだ。
対してゴブリンは、オークより小柄で指先が長く、器用。
俺は、それぞれの特徴に合った仕事を与え、運用することにした。
オークは、山ダンジョンに入って家を建てるための材木を切り出すこと。
ダンジョン主であるヴィールの許可があるため、作業はスムーズに進む。
ゴブリンには畑の世話をお願いした。
アイツらは見た目通りに起用で、雑草をむしったり実った作物を収穫したりすることも安心して任せられる。
最初は先生を介した跨ぎ指示で『本当に上手くいくのか?』と不安だったが、実際に任せてみるとヤツらは俺の想像を超えてよく働いてくれた。
難しい指示に失敗することもあるが、その時には懇切丁寧に教えたら、少しずつ覚えて、自分だけで仕上げられるようになっていく。
ヤツらが成長して、出来ないことを一つずつ出来るようになっていくのは、俺も見守っていて嬉しかった。
人を育てる楽しみとは、こういうものだろうか?
ただ、普通に人を指導して教育していくのと比べて物足りない部分がある、というのもたしかだ。
何しろコイツらには自分の意思というか、心がない。
それはすべてのモンスターに共通して言えることで、所詮コイツらはマナ溜まりで濃縮されたマナが物質化した、疑似生物に過ぎないのだから。
命令すれば、それに従って実行するが、それはあくまでプログラムに従って動くロボットみたいなものだ。
感情的に心が一つになって作業する感覚もないし、阿吽の呼吸も生まれない。
そうした手応えのなさに、俺は想像するよりも大きな心のダメージを受けた。
元来擬人モンスターとはそういうもの。
それこそ人の形を真似ただけの、心無いロボットに過ぎない。
擬人モンスターのもっとも大々的に利用する魔族は、勇者に全滅させられるのを前提でオークやゴブリンの一軍を投入したりするんだという。
使い捨ててもまったく惜しくない。
死んでもすぐダンジョンから補充できるので。
それがオークやゴブリンなのだそうだ。
プラティやヴィールからそう教えられても、俺の胸中には釈然としないものが残り続けた。
アイツらがなまじ人の形をしているから、情が移ってしまったのか。
もっと本当にロボットロボットしい外見をしていたら、俺も最初から道具としてコイツらを扱えただろうに。
手すがらコイツらに農業の仕方や、木の切り出し方。鎌や斧の持ち方を手を取りながら教えて、ちゃんとコイツらが身に付けていくのは、本当に嬉しいことだ。
しかし、コイツらとの交流はここまでが限界。
コイツらは心無いロボットなのだ。
そう割り切ろうと思った矢先のことだった。
* * *
「……ワ、ワガキミ」
オークの一体が、いきなり喋り出した。
いや、オークの一人が。
「え? ええええええ……!?」
オークが喋った。
今まで一言も発さなかったのに!?
精々頷くか首を振るだけで、コミュニケーションもまったく取れなかったのに。
「ワガキミ、オレ、もっとアナタのために働きたい。次、どうすればいい?」
「オレも」
「オレも」
「ワガキミ、オレもっと野菜育てたい。トマト育てたい。あれ美味しい」
ゴブリンまで!?
畑担当はゴブリンだからな!!
どういうことだ?
助言を求めると、プラティもヴィールも、そしてちょくちょく様子を見に来る先生も大いに驚いていた。
『信じ難いことながら、モンスターに自我が芽生えたとしか思えません』
「そんな簡単に芽生えるもんなの自我!?」
と聞いてみたが、有史以来初めてのことらしい。
つまり前例のない事態。
俺は感極まってオークとゴブリンたちを抱きしめながら泣いた。
ドラマの教師役みたいな気分だった。
思いはいつか通じると。
あれから思うに、オークとゴブリンたちに自我が芽生えたのは、やはり『至高の担い手』の効果ではないだろうか?
俺は、彼らにものを教える時、よく彼らの体に触れた。
農具や斧の持ち方を、彼らの手をもってその形にしたし、それらを振るうフォームも体に触れつつ指導した。
神からのギフト『至高の担い手』が宿った両手で。
『至高の担い手』の核心的な効力とは、手にした道具に即した達人になるのではなく、手にしたものの性能というかポテンシャルを最大限以上に引き出すことではないのだろうか。
そのために、我が『至高の担い手』に接したモンスターは、自我を持った。
先の段階へと進化したのだ。
『至高の担い手』にそんな効果があるとは。
土に触れただけで思い通りの作物を芽吹かせる時点で、薄々感づくべきだったけど、やはり恐ろしい力だ。
素晴らしくはあるけど、乱用しないよう努々注意すべきだろう。
* * *
こうした自我の芽生えによってオーク、ゴブリンたちはもはや先生のを経由した跨ぎ指示ではなく、俺自身を主と仰いで、心を一つにし家作りに向かうことができた。
さあいよいよ、家完成だ!






