327 乳山羊の悩み(後編)
「うまああああああああいッ!?」
前回までのあらすじ。
ブルーチーズを出されたから食ってみた。
美味し!!
「なんだ!? なんだこれ!?」
俺が前の世界で味わったチーズとはまったく別物だ!?
柔らかくてもっちりしていて、独特の歯ごたえ!?
まるでレア肉か、魚の刺身でも噛んでいるかのようだ。
生の食感!? まさしくこれは生チーズ!?
「はッ!?」
そういえば、前の世界で小耳に挟んだことを思い出す。
チーズにはプロセスチーズとナチュラルチーズの二種類があるという。
スーパーとかコンビニで並んでいるチーズは、まずほとんどプロセスチーズ。
……これがナチュラルチーズというものなのか!?
「チーズがこんなにも美味しいものだとは、知らなかった……!?」
「なんという褒め言葉! 頑張って作った甲斐がありました!!」
パヌが感涙していた。
元々生魚生卵生牡蠣大好きな日本人にとって、ナチュラルチーズこそ趣向に合うものではないか?
異世界にやって来て、こんな素晴らしい出会いを味わえるとは!!
「聖者よ、感動中水を差して悪いが……、驚くのはこれからっす!」
そう言って酒の神バッカスが差し出したのは……。
一杯のワインだった。
赤々とルビー色に煌めいている
「なんだ? 差したのは水じゃなくて酒じゃないか? それでこそ酒の神だが……?」
「いいから飲んでみるといい。そのチーズと一緒にな」
えー?
昼間っから酒臭い息吐いてるとプラティがジュニア抱かせてくれなくなるんだが?
コイツも何か意図あってのことだし一杯だけなら大丈夫か?
指示された通り、まずナチュラルチーズを一齧りして、ワインを一口……。
!?
「うまあああああああああッ!?」
これまた美味しい!!
ワイン単独で飲むのとも、チーズ単独で齧るとも違う!
双方の味が互いを引き立て合い、何倍もの効果をもたらしているうううううああああッ!?
「バッカス! お前がワインに合う食べ物を探し求めてチーズを開発したって信憑性が湧いたぞ!!」
「はっはっは、そうであろうそうであろう。葡萄酒とチーズの取り合わせは最高っす!」
はー。
なんか蒙を啓かれた気分だ。
柔らかい生のチーズがこんなにも美味しいなんて。
でもよく思い出してみたら、ピザとかにのっけて焼いて柔らかく溶けたチーズもクッソ美味しいものな。
チーズは柔らかいほどに美味しいということ!?
「では我らも味見を……!」
この生チーズの開発功労者であるバッカスやガラ・ルファも試食。
「……おう、普通のチーズよりピリッと塩味が効いているなあ」
「熟成中に塩水たくさん掛けましたからねえ。中のカビが繁殖しすぎないように」
ガラ・ルファが言う。
チーズにカビを植え付けた張本人である。
「ガラ・ルファの合成したカビのおかげで風味もしっかり出ているからな」
「はい! 薬学魔法で特別に作成したスーパー青カビです! 熟成を十倍速く進めます!!」
速すぎじゃね?
ウチの農場ではいつものことか。
細菌大好き人魚であるガラ・ルファは、農場に来た当初こそ発酵食品製造に意欲を燃やしていたが、必要とされて農場の医務室勤務に甘んじていた。
最近は、留学の人魚学生たちが実習という形で医務室に務め、ガラ・ルファにも余裕ができてきた。
心から大好きな細菌研究に没頭するのだろう。
「発酵熟成は、私の酒造りにも絶対必要な工程。私もガラ・ルファの協力を求めることばっかっす!」
「望むところです! 私とバッカス様で最高のお酒造りをしましょう!!」
「酒に合うつまみも!!」
ガッシリ握手しあう神と魔女。
この二人の協力が、のちに驚天動地の大事件に繋がっていくとは今の俺は想像だにしていなかったのだった。
……ってならなきゃいいがなあ?
「どうでしょう聖者様!? このチーズ、皆さんに受け入れられるでしょうか?」
ことの発端であるパヌが不安げに覗き込んでくる。
「チーズの味自体は、素晴らしく美味しいし、文句のつけようがないよ?」
ただ……。
本当にそこまでして立場の安泰を図らなきゃいけないのか?
農場の皆は相変わらず、サテュロスのミルクを必要とするだろうし、それはこれからも変わらないと思う。
パヌにも安心してのびのびミルクを出してほしいのだが、上手い説得の仕方はないかなあ……?
そこへ……。
「あー、いたいた。パヌおーい」
我が妻プラティが小走りにやって来た。胸にジュニアを抱いて。
「……ん? なにこの異様な面子の集まり? ……当然のように酒臭い!? 旦那様! 酔っぱらった状態でジュニアには触らせないわよ!!」
予想通りジュニア接触禁止令が!
「待って! 飲んでない! 一杯しか飲んでない!!」
「そこはあとでじっくり問い質すとして……、今はそれよりパヌ、またお願いしたいんだけど……!」
プラティがパヌへお願い?
それもまた珍しいな、一体何があるんだ。
「あれですね。かしこまりました……!」
そう言ってパヌは上着をまくり上げて、その内にある豊かな乳房をボロンと露出……!?
「旦那様は見るな!」
「うぎゃーッ!?」
プラティによって、目を塞がれる俺だった。
……。
視界を封じられて気配のみで察するが、どうやらパヌは、ウチのジュニアにおっぱいを与えているらしい。
「え? なんで?」
赤ん坊におっぱいを与えるのは、主に母親の役目でしょう?
つまりプラティの?
「自分のが出る限りはジュニアに飲ませてあげたいんだけど、調子が悪い時もあるのよね……、まあそういう時はパヌちゃんにお願いを……!」
俺は目を塞がれて見えないが、今まさにウチのジュニアがパヌのおっぱいに口をつけ、食欲の赴くままに乳を吸っていることなのだろう。
「サテュロスは、種族の特性上いついかなる時でもミルクを出せるからなあ。母乳の出が悪くなった時の代行としては最適だろう」
バッカスが解説。
「しかもサテュロスの乳は、味がいいだけでなく飲む者に大いなる力を与えるという。赤子に与えるには最上級の飲みものであろう。我が父ゼウスも赤子の時分、何とかいう神山羊の乳で育ったと言うしな」
邪神の育ちに倣うのは、なんか嫌だけど……!
しかし……!
「それだッ!!」
俺は目隠しされながら、いいことを思いついた。
「ウチの大事なジュニアのためにお乳を与える。それこそサテュロスたちだけに務まる役目じゃないか!」
つまり彼女らの存在価値!
この役目がある限り、サテュロスたちには農場にいてもらわなければ困る!
「そうか……! 大切な聖者様の御子息に飲んでいただく……! それこそ豆乳には務まらない、私たちのミルクだけの役目!!」
「そうだよ! だからキミたちは農場にいていいんだよ!!」
という感じで、上手く話をまとめられた。
パヌたちは存在意義を認められて満足し、加えて農場にはブルーチーズという新たな美味が誕生した。
いいことづくめじゃないか!
「……あッ、でも……!」
パヌが新たに気づいた。
「ジュニア様が成長して、ミルク以外もお飲みになられるようになったら、また私たちの存在意義がなくなってしまうのでは!? ……お願いしますプラティ様! その前に二人目をお生みください!!」
「ええええッ!? 何なの!?」
泣き付かれてプラティもわけがわからないようだった。
* * *
ちなみに。
豆乳台頭によってシェア低下の危惧されたミルクだが。
その後特に生産量が落ちるとかはなかった。
結局、豆乳の効能を期待して飲みまくる女性陣は、巨乳揃いのサテュロスたちが搾り出すミルクにも効能を期待して、同じぐらいがぶ飲みしまくるのだった。
……類感呪術的な?
ほら、やっぱり心配しなくてもミルクは誰からも必要にされて、安泰じゃないか。






