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326 乳山羊の悩み(前編)

 サテュロスのパヌが訪ねてきた。


 彼女はウチに住む獣人の一種で、人と山羊が合わさった種族をサテュロスというらしい。

 パヌは、農場在住サテュロスの代表格だが……。


「ピンチです」


 なんかいきなり危急を訴えられた。


「どうしたんだい? 太りたくて草を食いにいったらトロールに道でも塞がれたか?」

「いいえ、私たちの前に立ちはだかるのは、トロールなんかよりもっと巨大で、邪悪な相手です」


 俺の高度な異世界ジョークは完全にスルーされた。


「あと、太りたくないですからね! 太ってませんから!!」


 少しは引っかかった。


「それで、トロールよりも邪悪で手強く不倶戴天だという相手は何者?」

「レタスレート様です!」

「なんで?」


 この農場でアイツほどチョロいヤツはなかなかおらんだろうに?


「聖者様はご存知でしょうか? レタスレートさまが最近、新しい飲み物を開発されたと」

「ああ……」


 正確には作ったの俺だけど。


「豆乳」


 最近農場に住み込み始めた留学生向けに、豆をもっとアピールしたいという望みに応えて俺が開発したのだ。

 豆を材料にして。

 本当は豆腐を主目的として作ったんだけど、副産物として生まれた豆乳の方がブレイクした。


『豆乳を飲むとおっぱいが大きくなる』。


 そうした風説の流布によって、豆乳は悩みを抱える女子から大人気。

 壮絶な豆キチと化したレタスレートも高笑いが止まらない状況になっていた。


「レタスレート様は今、ホルコスフォンさんと協力して毎日大量の豆乳を生産しています! そして配っています!」

「無償で?」


 我が農場に貨幣制度がないとはいえ気前のいい……。

 こういう時、レタスレートが王族だってことを不意に思い出すな。

 きっと煽てられたり持ち上げられたりするだけで有頂天になって採算とか思考の外なんだろう。


「おかげで、私たちサテュロスは大ダメージを受けております!」

「なんで?」


 本当に『なんで?』と思ったが、俺はすぐに思い当たった。

 彼女らサテュロスが我が農場で専従的に生産しているもの。


 ミルク。


 彼女らサテュロスは種族的に乳を出すことに長けているらしく。それが理由で農場に来てもらったほどなのだ。

 それ以降、パヌを始めとするサテュロスさんたちはせっせと乳を出して、我が農場に貢献してくれていたのだが……。


「その私たちの立場が! 脅かされる!」

「ないよ」


 パヌの言いたいことが段々わかってきた。

 要するに、レタスレートが生産する豆乳が、パヌたちの作るミルクにとって代わって農場の主要飲料になるかも、って恐れているのか。


「ミルクも豆乳もどっちも美味しいけど、ミルクの立ち位置は一種不動のものじゃないの?」


 美味しくて料理にも使えて栄養がある。

 ミルクの食品界における位置づけは一種神聖で動かしようがない。


「そりゃ豆乳も大人気だけど。お求めなのは主に独特なお悩みを持つお嬢様方でしょう? そういうの関係ない、特に男性陣はほぼ皆、以前と変わらず牛乳を飲んでいるんだし……」


 慌てることもないんじゃないかな?


「いいえ! そうした油断から没落が始まっていくのです!!」


 意識高いなあ。

 常にトップを歩き続ける敏腕経営者か何かか?


「豆乳に人気を奪われて……、ミルクなんかもういらないとなったら……、私たちは農場にいられなくなってしまいます! 農場の美味しいごはん、フカフカのベッド! もう味わえないなんて耐えきれません!」


 危機感の理由そっちか。


 そして、なんかここからの流れが読めてきた。


 勃興する新規参入者(豆乳レート)へ対抗するために、パヌ側も何かミルクに関する新製品が欲しいから……。

 ……俺に開発しろというんだな!?


 俺、開発してばっかりだな!


「新規参入者に対抗するために新製品を作りましたので、聖者様に見てもらいたくて」


 新製品、既に用意してあった。

 手際がいいなあ。


   *   *   *


 豆乳に対抗するために作りだされた新製品。


 まあ、パヌが提供するものなんだから乳製品であることは間違いないんだろうが。

 パヌたちは、ただ乳を搾るだけではなく絞り出した乳を加工して色んなものを作るからな。

 バターとかクリームとか。


 彼女らの故郷の村では、そうした製品を売り出しブランドにまでなっているのだとか。


「私たちがこの度イチオシするのは……、チーズです!」

「あー……」

「えッ? なんかリアクション薄い?」


 チーズかあ。


 たしかにそれも代表的な乳製品だよね。

 わかるよ。

 俺の前いた世界でもチーズは売り場に溢れかえっていた。


 ただなあ……。

 俺自身チーズを食した経験は何度もあるけど……、なんていうの?

 あの石鹸を噛んでるような食感が何とも……。


「でもパヌたち、農場に来てからもチーズ作ってたよね?」


 俺は……、前の世界での経験もあってチーズには手を出さず、もっぱらバターやクリームばかりを消費してたけど。


「はい! なので今回ご紹介するのは、今まで作ってきたチーズとは違う、新型チーズです!!」

「新型チーズ?」


 パヌの力の込め具合が凄い。


「新型チーズの開発にご協力いただいた方々を紹介します!」

「ど、どうも……!」「ばっかっす!」


 登場したのは二人。

 まず人魚チームの一人で『疫病の魔女』と呼ばれるガラ・ルファ。

 そして酒を司る人と神のハーフ、バッカスではないか!?


「なんだこのカオスな取り合わせ!?」


 パヌとガラ・ルファとバッカス。

 こんな悪魔合体みたいな組み合わせでどんな合体事故が起きるというんだ!?


「大体なんでバッカスが来るんだよ?」


 紹介された二人のうち一人に着目。


「お前が酒以外で役に立つとも思えんのだが?」

「それは酒の奥深さを知らぬ者のセリフだぞ聖者。何を隠そう。サテュロス族にチーズの作り方を教えたのは私なのだから」

「えッ!? そうなのッ!?」

「もう何百年も前のことだがな」


 バッカスによれば、彼がメインで生産していた葡萄酒に合う御摘みを求めていた際、サテュロス族と出会い、共同研究の結果生み出されたのがチーズだという。


「そういうわけでバッカス様は、チーズの創造主! 新しいチーズを開発するためにお知恵を拝借したのです!」


 とパヌ。


「そしてバッカス様から授かったアイデアを元にして、今度はガラ・ルファさんの協力を得ることにしました」


 これまた唐突な組み合わせだよなあ。


『疫病の魔女』ガラ・ルファ。


 彼女の協力で、一体チーズがどう改造されるというのだ?


「チーズにカビをぶっかけました」

「うわぁ……!」


 そうだった。ガラ・ルファはファンタジー世界で珍しい、というか唯一と言っていい細菌の研究者。


 たしかに聞いたことがある。

 前の世界でもチーズの熟成にカビを利用するのだと。


「パヌさんの要請を受けまして。チーズの味をまろやかにするカビを薬学魔法で生み出しました! カビと細菌は、親戚のようなものなので!」


 ガラ・ルファが楽しそうに語る。

 自分の研究が求められるのが相当に嬉しいのだろう。


「バッカス様のアイデアと、ガラ・ルファさんのカビで作り出された、新しいチーズがこれ!」


 ガスンと、皿に乗せてテーブルに置かれたチーズがこれ。

 たしかに見てくれは俺の知るチーズそのものだが……。


「中に何か……、青いものが……」


 これってあれじゃね?

 青カビじゃね?


 カビが混入しているチーズ!?


 聞いたことがあるブルーチーズって言うんでしょ!?

 まさか前の世界ですら食したことのないブルーチーズに異世界でお目にかかることになろうとは!?


「私たちの総力を挙げて、最高の味に仕上げてみました! 第一号の試食を是非、聖者様に!!」


 と言われても……!?

 そういう食品がある、と前もって聞かされていても、カビをそのまま口に入れるのはさすがに勇気の伴う行為……!?


 しかしパヌの期待の眼差しを浴びながら「やっぱ無理」というわけにもいかず……!?


「ええい、ままよ!!」


 食べやすく一口大に切り分けられたブルーチーズを口の中に放り込んだ。

 勢いのままに。


 そして……!?

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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― 新着の感想 ―
[一言] がらがらどん…三匹以上いたんじゃ?
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