324 豆腐作り
若者たちに豆の美味しさを伝える。
レタスレートの目的が、なんかそんな感じにシフトしました。
そして元あった『人間国復興』の目的は廃棄されます一件落着。
これで豆の方に集中しようということね。
「協力してセージャ!」
「協力してくださいマスター」
はいはい。
俺もまた農場に豆ムーブメントを巻き起こす片棒を担がされることになった。
そもそも農場に来ている留学生たちは、留学という目的に即してほぼ十代。ピッチピチの若者たち。
豆よりもずっとわかりやすい美味しさの肉やら砂糖たっぷりスィーツやら酒やらに興味を引かれるのは当然だ。
……ん? 酒?
まあいいや。
そうした手強い競争相手を向こうに回して、豆が若者たちのスターダムに伸し上がることができるのか?
「これは余程の工夫が必要だぞ……!?」
まず案として浮かんだのは、豆を何らかに加工すること。
肉もスィーツも、元々の食材を原型留めぬぐらいに加工して、味も見た目も整えているんだから、豆も同じだけ加工してやっと同じ土俵に立てる、と言えるのではないか?
「豆を加工してできるもの……!?」
豆腐ハンバーグ?
これこそ肉と完全に同じ土俵に立つようなものだが、あくまでハンバーグと言えば肉。
豆腐ハンバーグと言えばヘルシー志向で、ただひたすらカロリーのみを追い求める十代とは趣向が合わなそうだ。
「じゃあ他に……!?」
あ。
待て、今さっき答えが出たじゃないか。
「豆腐」
豆腐ハンバーグからハンバーグを取って豆腐。
豆腐こそ大豆加工食品の代表作の一つ。
味噌、醤油などは既に生産済みだが、意外とまだ作ってなかった豆腐。
前二つが調味料に属して、豆腐は食品そのものであることもポイント。
正直豆腐が若者にウケるか? って聞かれると強気にはなれないんだが……。
よかろう。
ここはいよいよ異世界農場、豆腐作りに着手しようではないか。
「マスター、納豆はどうでしょう?」
これ以上結論が出ないままだとホルコスフォンの納豆案に押し切られそうなので。
企画スタート!!
* * *
「ではこれより豆腐を作りまーす」
「「わー」」
長い長い前置きを経て豆腐を作り出すことになった。
豆腐の材料は大豆だ。
作り方は、前いた世界でテレビや漫画から仕入れてた気がするから多分大丈夫。
レタスレートが愛情注いで育て上げた大豆を使って、最高の豆腐を作り上げてみようではないか。
まず、大豆を水の中にぶっ込んで放置。
豆が水を吸ってから煮る。
煮立ったら水と一緒のまま大豆を潰す。
そして布にくるんで搾り、搾り汁と搾りかすに分ける。
……で、よかったかな?
ここまでは順調なはず。
「おおお……! セージャの深遠な知恵がまた炸裂してるわ!?」
「どんなものが出来上がるか皆目見当が尽きませんね……!?」
事の発端になったレタスレートやホルコスフォンが見学しながら感嘆していた。
コイツらが言い出しっぺなのに俺だけ働かせてどうかと思ったがさすがにこんな初めてのことばかりで手伝いできることもないだろう。
さて、潰して煮詰めた大豆を搾り、搾り汁と搾りかすに分けるところまで来たわけだが……。
「搾り汁の方が豆乳。搾りかすが、おからってヤツだな」
これらはそれ自体が食品として有名だ。
豆腐ができるのは豆乳の方から。
おからはもういらないので、どうしようかな、と思っていたら。
「わんッ」
「ん?」
いつの間にか足元にポチがいた。
犬型モンスターでウチに住んでいる。
「なんだ? おからが欲しいのか?」
「わん!」
そうか。
始末に困っていたので、望み通り与えるとしよう。
ポチは嬉しそうにおからを食い漁り、その匂いに釣られてポチの仲間の犬型モンスターもたくさん集まってきて、おからを貪る。
ヨッシャモたちまで来る。
そういえば前の世界では家畜の飼料としておからが使われているという話を聞いたことがある。
農場の動物たちにも新メニューができて食卓が賑わうということか。
めでたい。
「……で、肝心のトウフっていうのは、こっちのスープの方から出来るの?」
レタスレートが質問する。
彼女曰くスープと形容されたのは、煮潰した大豆を絞って出た汁、豆乳のことを言っているのだろう。
「そうだよ、この豆乳を固めて豆腐の完成だ」
だったはず。
「このままでも行けるんだよ? 豆乳ってのは飲み物としても栄養満点で美味しいから。ほら、ミルクみたいでしょう?」
「栄養ねえ……、飲んだら何かいいことでもあるの?」
やはり栄養学の発達していないこの世界で『健康にいい』という触れ込みはピンと来ない。
この世界の人々にとって食べ物とはやはり、お腹が膨れてなんぼのものなのだろう。
あと美味しいかどうか。
「んー、豆乳にはイソフラボンとかいう栄養素があってー?」
「何それ呪文?」
まあ、この世界の人はそう思うだろうな。
俺も聞きかじりの知識でしかないが、大豆に含まれるイソフラボンなる栄養素は女性ホルモンに酷似しているらしく、体内に入ると女性ホルモンと似た働きをするとかなんとか?
「だから、豆乳をたくさん飲むと……」
イソフラボンをたくさん摂取すると……。
「……おっぱいが大きくなる?」
女性らしい体を形成するのが女性ホルモンの役割だからね。
おっぱい大きくなるし、尻も丸くなるだろうよ。
そう言った瞬間だった。
俺たちの周囲に大軍が並び立った。
「ひぃッ!? 何ッ!?」
いつの間にこんなにたくさん現れたのか?
接近さえも探知できなかった。
俺たちを包囲するかのごとき大量の人垣。その特徴は、やたら女性率が高いこと。
人垣を構成する約十割が女性。十割。率が高いどころか女性しかいなかった。
「聖者様に質問があるのですが……!」
「なんだい?」
包囲網を形成する女性の一人から問われた。
若い。
恐らく留学生の一人だろう。
「本当ですか!? ……その霊薬が、おっぱい大きくする効能があると……!」
と言って出来立てほやほやの豆乳を指さすのであった。
「え……?」
それでようやく得心した。
この突如として現れた女性集団。一人一人の共通した特徴としておっぱいが小さい。
貧乳……、もとい謙虚な胸集団!?
その無念と執念が、彼女らをここへ呼び寄せたというのか!?
「聖者様! 私にもその霊薬を一口!!」
「それで巨乳になれるなら!」
「もう彼氏に、胸を見るたび溜め息つかれるのは嫌なんです!!」
切実な感情と共に押し寄せてくる!?
そんなに巨乳になりたいのかキミたち!?
「いやでも、ダメだよこの豆乳は、豆腐にする予定の大事な材料なんだから!!」
無駄にはできぬ!
「つれないこと言わないでください! そこに私たちの夢が!!」
「見事巨乳になった暁には、お礼に聖者様に一揉みぐらいさせてもいいですから!!」
いらんわ!
しかし暴徒と化した貧乳……ではなく謙虚な胸軍団は執拗にまとわりついて諦めない。
その横で、レタスレートとホルコスフォンはそれなりに豊かな胸をお持ちのため動じることなく、静かに傍観するだけだった。
「アイツら我関せずと……!?」
ここはさっさと豆乳を固めて豆腐を作ってしまおうと。
そう決意して行動に移そうとし、ハタと思った。
「どうすれば豆乳を固めて豆腐にできるんだ……!?」
と。
テレビの受け売り知識で豆乳を作るところまでは来たものの、そこからがあやふやで思い出せなかった。
豆乳をどうすれば豆腐に固まるんだ? 普通に待っていれば固まるのか?
わからない。
わからないまま放置してももったいないと思ったので。
とりあえず豆乳は謙虚な胸軍団の女の子たちに望み通り与えた。
異世界豆腐作り。
つづく。






