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323 王女の野望

 新たに始められた農場留学制度。


 人族魔族人魚族から将来ある若者を集め、各勢力の交流をしつつ未来を担う人材を育成していこうという試みだ。


 この企画のおかげで農場の平均年齢がグンと下がり、また同時に農場の人口分布に大きな影響が与えられた。


 魔族も増え、人魚族も増え……。


 そして人族も増えたことが、あの事件の発端となった……!?


   *    *    *


「好機だわ!!」


 レタスレートが俺の前に相談に来た。

 元人間国の王女のレタスレートである。


「好機って何がだよ?」

「国土回復! 魔王軍への反抗作戦を開始する好機よ!!」


 また物騒なこと言いだしたなあ……!


 レタスレートは亡国の王女。


 魔王軍によって滅ぼされた人間国のお姫様で、本来国が亡びると共に処刑となるはずだったのが、ここにいる。

 断頭台の露と消えるところを、敵である魔王さんのお情けによって生き永らえた。

 そして流刑というか幽閉という形で、ここにいるのである。


 移住当初はお姫様らしく高飛車満点だったが、日が経つごとに生活に慣れ、角が取れてただの働き者にクラスチェンジしていった。

 まあ、それでもアホである部分は頑なに矯正されなかったが。


 もはや育てる豆の収穫量しか頭になく、王女として復権することなど欠片も考えていないと思ったのに……。


「ほらほら! こないだから留学生とか言って人族の子がたくさん来てるでしょう!?」

「ああ」

「その子らを手懐けておけば! いずれ国土復興の反乱を起こし、魔族の手から人間国を取り戻してくれる! そして私は王女の座に返り咲ける! かも!!」

「ああー」

「あの子たち将来有望なんでしょう!? だからそれぐらいやってくれそうでしょう!?」


 留学生たちの有能さに、すっかり消えたと思っていた野望の火が燃え盛ってしまったと。


 やめてほしい。


 本当にこの子、ちょっと危険な思想を持っただけで死刑執行されかねない微妙な立場にいるんだから。

 常に穏当に済ませたい俺の前で、危険なことを嘯かないでほしい。


 しかもわざわざ俺に相談しに来る辺り、本当に本気なのか微妙で読みづらい。


「それで、私の正体を明かして尊敬されるのにアナタの許可が必要だと思って、先の相談しに来たの!!」

「あ、ああ……!?」

「ねえ、いい? いいでしょう!?」


 コイツ本当どこまで本気なのか読めない。

 本物か? 本物のバカなのか!?


「い、いいよ……!?」

「やったー!」


 コイツのバカッぷりがどこまで迫真なのかたしかめてみたい好奇心に負け、許可を出してしまった。


「セージャからの正式な許可も得たところで、農場の人族をすべて我が家臣に組み込んでやるわ! 王家のカリスマでイチコロよー!!」


 そう言って駆け去っていくレタスレートだった。

 俺も心配極まりなかったのであとを追った。


    *    *    *


「控え控え、控えおろう! この私をどなたと心得る!?」

「……?」

「恐れ多くも先の人間国王女、レタスレート様よ!! 私の顔を見忘れたか!?」


 勢いのままに人族留学生たちに迫るレタスレート。


 留学生たちは、今は修学時間ではないため農作業を手伝い中だった。


 レタスレート、そんな若輩たちの農作業を見て……。


「……あッ、草むしりはね。根ごと抜いちゃダメよ」

「えッ? そうなんですか?」

「根を引っこ抜くときに土をボロボロにしちゃうから。それに面倒でしょう? こういうのは茎と根の境目を刈って、土を被せとけば生えてこないものよ」

「なるほどー」


 農業の先輩と後輩でレクチャーがあって、改めて……。


「私が人間国の王女レタスレートよ!!」


 改めてババーンと名乗った。

 だが同じ人族の留学生たちのリアクションは薄く……。


「……はあ」

「せっかく見て見ぬふりをしてたのに……!」


 それどころか迷惑千万みたいなリアクション!?


「あれ? 感動してくれないの? アナタたちの王族が生き残っていたのよ?」

「いっそ滅んでてくれていた方が我々にとっては万々歳なんですが……」

「あれーッ!?」


 留学生少年少女からの痛烈な一言にレタスレート衝撃。


「だって、王族が健在だった頃より魔族さんたちに占領されてる今の方がずっと恵まれてるんですもん」

「税軽いし、思想統制ないし、何より戦争がなくなった!! やっと平和で豊かに暮らせるようになってきたんですから、余計なことして時勢を後退させないでくださいよ」

「今がいい。昔、戻りたくない」


 同族からの忌憚ない主張に、レタスレートは追い詰められる。


「……じゃあ、私を祭り上げて国土解放運動なんて……!?」

「するわけないじゃないですか。現実を見てくださいよ」

「こういう流れになるのが嫌だから農場に王女様がほっつき歩いてるの必死に気づかないふりしてたのに」


 人族留学生の言いたいことももっとも。

 せっかく三種族が融和して平和な時代が到来しようというのに、一部王族の利己精神のために平和を崩してなるものかと。


「しかし私は諦めないわ!!」


 レタスレート諦めろよ。


「私にはわかる! 人の動かし方は一通りじゃない! 大義で動かないというなら別の手段を使うまでだわ!」


 な、なにぃー!?

 さすが元王族、人心掌握の手管は豊富で事欠かないというのか!?


「大義で動かない者を動かすもっとも効果的な手段は、利益!」

「ほう」

「私に付いて来れば相応の報酬を与えてあげるわ! それでどう!?」

「金で釣るわけですか……!?」


 人族留学生たち、報酬と聞いて少し心揺らいでいる!?

 誰だってお金は欲しいもんな!?


 ……あれ?

 でも今のレタスレートに自由にできる金銭なんてある?

 まがりなりにも虜囚の身だよ? アイツ?


「さあ好きなだけ持っていきなさい! 私が農場生活で蓄えに蓄えた……!!」


 レタスレート、腰に下げた袋から掴み出す……。


「豆を!!」


 ただの大豆だった。

 レタスレートは、自分で好きな作物を育てるようになってから豆にドハマリし、ソラマメに始まって、ピーナッツ、大豆、小豆、エンドウ豆など。

 育てまくって今では農場全体の豆生産をレタスレートに一任しているほどだった。


「さあ、私の側に付けば好きなだけ豆が貰えるわよ!!」


 レタスレートは凛然と人々に迫った。豆で。

 それに対し、人族留学生たちは『期待外れも甚だしい』といった表情で。


「「「嫌です」」」

「あれぇーーッ!?」


 レタスレート、心底意外な風で。


「なんで!? どうして!? 豆よ、とっても美味しいのよ! 欲しいでしょう!?」

「いや、どうせなら肉の方が美味しいんで……」

「はあああぁーーーッ!?」


 レタスレート、あまりにショック。

 しかし追い打ちまでくる。


「私も、ケーキやアイスみたいなスィーツの方が……」

「酒がいいです」


 皆、豆より美味しいものはたくさんあるぞとばかりに具体例を挙げる。


「ぎゃああああーーーッ!? そんなぁあああああーーッ!?」


 それが何よりレタスレートを打ちのめすのであった。

 こうして彼女の国土奪還作戦は、仲間作りの段階で頓挫した。


    *    *    *


「うわああああーーーッ!! えひゃあああああーーーッ!?」


 レタスレート、号泣。

 余程悲しいのか仲良しのホルコスフォンの膝で泣き濡れている。


「よしよし、よっぽど悲しかったのですね」


 天使ホルコスフォン、朋友レタスレートの頭を撫でる。


「豆をバカにされたのが」

「そっちかよ!?」


 いまだ同行中の俺、即座にツッコむ。


 王女に返り咲くのが企画倒れに終わったことじゃなくて、豆が受け入れられなかったのが悲しいのかよ。


「豆美味しいのにぃーッ!! おいじいのにいいいいいーーッ!!」


 本当にそうだった。

 レタスレートの、この豆愛はどこから来るのか。


「私にとっても憤懣やるかたない思いです。豆への侮辱は私とレタスレートへの侮辱……!」


 そしてホルコスフォンまでなんか燃えておる……!?


「マスターここは、あのモノを知らぬ若造たちに豆の底力を思い知らせたく存じます」

「そうよ! 豆は美味しいんだって、ちゃんと伝えたいんだわ!!」


 レタスレートまで泣きながら叫ぶ。

 おい、お前の領土的野心はどうなった?


「私の全存在を懸けて成し遂げてみせる!! 豆は美味しい! 最強の食材だと知らしめるのよ!!」


 もうどうでもいいんですね、ハイ。

 こうして、戦乱の火種は無事燃え尽きて、代わりに『豆を若者たちの間で流行らせる』という若干無茶振りな話題が持ち上がった。

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