322 大魔王の農場見学
当初、案の一つとしてあったのが、『冥神ハデスを召喚する』作戦だった。
王より上で何があるかと言ったら神。
なので魔族の神様を呼んで命令してもらえば、大魔王と言えど従わないわけにはいかないだろう。
効き目は抜群と思われた。
しかし、どんな理由があるにしろ強制はよくないことだし、神様にしたっていちいち呼びつけては失礼だ。
だから『あくまでそれは最後の手段』ということで最初は大魔王さんの良心と肉親愛を頼んで発進したんだが、期待は見事裏切られた。
なのでハデス神を呼んで説教してもらうことにした。
『お前はダメな魔王だなあ?』
唯一、大魔王にダメ出しできる存在、冥神。
『え? 大魔王? どっちでもいいわ。お前の息子は本当によくできた魔王で「歴代最高の魔王」の称号を与えてやったのに、一代遡るだけでこのザマよ。恥ずかしくないのか? そもそも魔王というのは全魔族を我が子のように慈しむ存在ではないのか? それなのに血の繋がった孫すら愛してやれないとは情けない。余だって地上に生きる全魔族を我が子のように慈しんでいるというのに。それに聞いたぞ? お前、六人も妻を持っていたそうだな。この愛妻一筋ハデスの庇護を受けながらどういう了見だ? 女を手あたり次第などゼウスの真似事をして魔族として恥ずかしくないのかと……!?』
懇々と説教してもらった。
おかげで大魔王さんはすっかり精神的ボコボコにされてやつれてしまっていた。
「ゼダンよ……!」
息子夫婦とその子どもたちの前にひざまずく。
「ワシが悪かった……! 冷たく接してしまったこと、どうか許してほしい……!」
「そんな親父殿!」
明君の魔王さん、即座に自分も膝を折る。
「親父殿の微妙な立場はわかっているつもりです! それなのに無理強いするようなマネを……!」
「いいのだ。意地を張っていたワシがすべて悪いのだ。これからは親子家族として互いを大事にしていこう……!」
こうして魔王大魔王の親子仲は無事修復されたのであった。
神の強制力によって。
「さて、じゃあいよいよエルフたちの工房を見せてもらおうかの?」
「おぉいッ!?」
大魔王強い!?
あれだけ精神的にボッコボコにされてもまだ欲望を失わないのか!?
『タフさは間違いなく魔王級だのう』
ハデス神からの余計なお墨付きを頂いた。
「ゼダンも来い! 現役魔王であるお前も共に魔族の文化向上を目指していくのだ!」
「はい親父殿!」
和解したから魔王さんまで巻き込んで!!
よりパワーアップした大魔王さんを、止めるのは不可能っぽい!?
仕方ない。
じゃあご案内しましょう、我が農場の工芸品制作現場へ……。
「あ」
そうだ忘れるところだった。
「ハデス神、今日は来てくださりありがとうございました。用は済みましたので、速やかにお帰り下さい」
『神に対して扱い酷くね?』
はい、まったくその通りでございます。
さすがにこのままお帰りいただくのは無礼極まりないので、用意してあるご馳走を召し上がっていただくことにした。
* * *
そして大魔王さんを案内して移動。
ついに到着しました。ここが我が農場、エルフたちの工房ですよ。
「おおおおおおお……!」
大魔王さんが見るなり感嘆の声を上げた。
工房では今日もエルフたちが日常使いの道具を丹念に作り上げている。
「屋根の下に留まることがないというエルフが、こんなにも勤勉に……!? 信じられん光景だ……!?」
「今彼女らが作ってるのは、革製のハンドバッグですねー。パンデモニウム商会のシャクスさんからの注文です」
「パンデモニウム商会!? あやつら、ここと繋がりがあるのか!? 一言も言っておらんかったぞ!?」
そういう約束なんで。
商人さんは口が堅くないと続けていけませんからなあ。
「しかし何にしろ素晴らしい工房だ! 勤めるエルフごと根こそぎ買い取るには、どれだけの金を出せばいい!?」
「のっけから値段交渉に入らんでください」
何でも金と権力で我が物にしようとするな。
この強引ぶり。
きっとこっちの方が典型的で『いかにも』な魔王のスタイルなんだろうな。
ゼダンさんは魔王としても人格者すぎるのだ。
そのありがたさを常に忘れないようにしないと。
「前向きに検討してくれないか? 魔族の文化水準向上のため、彼女らが必要なのだ!」
エルフたちの作品は数多く魔都に出回ってますし、既に文化的貢献してると思いますけど……。
「どうしてもって言うなら本人たちに直接交渉してみたらどうです?」
「いいのか!? では早速……!」
勇んでエルフたちに突撃勧誘する大魔王。
だけどもエルフたちの回答は誰も彼も皆同じ。
「農場より美味しいご飯が食べられるところにしか移住しません」
とのこと。
その返答に、大魔王さんは当初楽観的だった。
「なんだそんなことか! 問題ない、この大魔王お抱えのコックが毎日最高の料理を振る舞うであろう!」
「ダメですね」「却下」「論外」「お題目だけで無理だということがわかる」
「なにぃいいいい~ッ!!」
大魔王さんとしては最上級の条件を出したつもりなのだろうが、ここに住むエルフたちにとっては何の魅力にもならなかった。
参考までに大魔王さんを台所に連れていき、ハデス神と並べて我が農場の料理を一部ご馳走すると……。
「勝てないぃーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
テーブルの前に崩れ去った。
「ここは、工芸品ならず料理まで一流以上だというのか……! 美味しい、美味しい……!」
テーブルに突っ伏しながら、ありあわせのサンドウィッチを頬張る大魔王さんでした。
「まあ、エルフたちの仕事現場だけでもなんなので、他のも見ていきます?」
「他にもあるのか?」
クリエイティブ部門と言えば、エルフ工房の他にもう一つある我が農場の名物。
バティの被服部屋。
農場留学制度が始まって住人も一段と増えたから、今も彼女は大忙し。
「ほほう? ここでは魔族が作業しておるのか?」
自族を見つけてなんか誇らしそう。
その辺に無造作に並べてあるバティ製の完成品を眺めて……!
「……ん? これはもしや、ファームブランドの衣服ではないか!? 今魔都で一番人気が高いという!?」
お気づきになりましたか。
さすがお目が高い。
「もしや、この小娘がトップブランドの職人だというのか!? ワシの下で働く気はないか!?」
だから即座にヘッドハンティングするの遠慮してくださいませんかね?
天下の大魔王様にスカウトされたバティ。
ミシンの駆動音をしばし止め、このVIPに向き直る。
「『アナタの下で……』と問われても、私は元々魔王軍に務めていた退役軍人ですから」
「おお、それでは、あるべき場所へ帰るという意味でも……!?」
「私が魔王軍に入りたてだった頃は、まだバアル様が魔王でしたけども、命令系統適当でしたよね……。無計画な進軍で何度死にかけたことか……。アスタレス様に見出されて副官になってなかったら本当に死んでましたよ……」
「おお……!?」
「ゼダン様が魔王となられてから計算された無茶のない行軍を経験して、『先代って本当に適当だったんだな』って実感が伴いまして、また大魔王様の下で同じ大変さを味わう気にはどうにも……!」
「あの……! いや、申し訳なかったな……!」
少女の頃から入隊した叩き上げの元兵士バティ。
付くべき上司を嗅ぎ分ける嗅覚はしっかり鍛えられていた。
* * *
こうして悉くスカウト失敗した大魔王さん。
屋外で黄昏ていた。
「……ここはいい場所だな」
「左様でしょう親父殿」
魔王さんも隣に並んで一緒に黄昏ている。
父親の悲壮を共に耐え抜こうと律儀な人だ。
「そして同時にわかったのは、ゼダンよ、やはりお前の治世の方がワシより優れていたんだな……! 身に染みてわかった。ゼダンよ、ここの扱いも含めて、これからのことはすべてお前に任せるとしよう」
「親父殿……!?」
こうして魔王親子の仲は完全に修復された。
……ということでいいのか?
「お任せください! このゼダン当代の魔王として、親父殿一番のご懸念もきっと解決してみせましょうぞ!!」
「おお、息子よ……!」
とりあえず、このあと晩餐で互いの家族が卓を囲み、和やかな晩餐を過ごした。






