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320 魔王と大魔王

 ワシは大魔王バアル。


『魔族一の大バカ者』と呼ばれている。


 かつてワシが魔族を率いる魔王であった頃、ワシは宿敵人族との戦争よりも優先して魔族に文化を広めることを奨励した。


 長く続きすぎた戦争で、魔族の心は荒み切っていた。貧しくなりすぎていた。


 全力を注いでなお終わるかどうかわからない戦争なれば、それに没頭するより魔族全体の文化練度を上げ、民の心を豊かにしていくべきではないか?


 そう思い、各職人ギルドを優遇する政策をとり、文化を奨励した。

 それまで二束三文の値しかなかった骨董品を高値で買い取りし、古びたものにも相応の価値があるのだということを示して回った。


 しかしそんなワシの思いは民に届くことはなかった。


 いつ頃からかワシへの評価は『敵を無視して遊び回る大バカ』に定着してしまい、上級魔族の支持すら失っていた。


 まったく期待していなかった末子ゼダンがいつの間にか担ぎ上げられ、政権を掌握。

 ワシは『引退か幽閉か』を迫られた。

 ワシの魔王退任は実に不名誉なものだった。


 それゆえに皆は呼ぶのだ、ワシを『魔族一の大バカ者』と。


 ワシがしてきたことは間違っていたのか?

 民の心を豊かにしたいと思うのは愚かな望みだったのか?


 そりゃまあ、魔族に文化的な生活を定着させたいとしてワシ自身が率先して遊びまくって金ばら撒いたりもしてたけど。

 その際多くの愛人を作って子どももたくさん生まれて後継問題を余計にややこしくしたりもしたけれど。


 仕方ない。

 魔国の頂点に立っていたワシが率先して遊ぶことで、下々にも心に余裕を行き渡らせたかったのだ!


 ……。

 まあ、そんなワシに感化されて可愛がっておった長男次男が、ファッションにしか興味のないバカ息子に育ってしまったのは痛恨だが。


 たしかにアレが次の魔王に就任するなんてなったら不安も爆発してクーデターが起こるわ。


 末っ子だった上に、早くに母親を亡くしてワシからもそんなに顧みられなかったゼダンだけがまともに育って皆の期待を集めるようになるわ。


 クーデターでワシが強制引退されると、たくさんおった妃や側室も一人残らずいなくなってしまった。

 実家に帰るか、都落ちした息子に付いていってしまうなどしてワシから離れて行ってしまった。


 まあ、そうなるだろう。

 魔王の座から追われ、何の権力も持たなくなったワシの傍にいて得など一つもない。


 誰からも顧みられずに一人ぼっちになってしまったワシは、せめて隠居料を浪費して骨董品芸術品集めを続行するより他ない。

 ワシ個人のレベルに落ちても、ワシはワシの政策を貫き通すのだ。


 そんなワシを大バカ者と呼びたければ呼び続けるがいい!


    *    *    *


 そんなワシの隠居屋敷に、今日もゼダンのヤツがやって来た。


 律儀というか、執念深いヤツだ。

 無理やり引退させたワシとの関係を修復して、政権をより盤石なものにしたいという意図だろうが、今なお定期的にワシの下を訪ねにきおる。


 鬱陶しいだけだというのに。


「親父殿、そろそろお聞き届けいただけませぬか?」

「ふん、知らんわ」


 今日も同じことを乞いに来たのであろう。


『生まれた子どもに会ってほしい』と。


 ワシから見れば孫に当たる。コイツが娶った二人の妃がそれぞれ生んだという魔王子と魔王女か。


 ハッ、その手には乗らんわ。

 どうせ赤子の可愛さにほだされてワシがコイツ一家と仲良くなるだろうなどと甘い見通しを立てておるに違いない。

 この大魔王は、そんなに安くないわ。


 無理やり政権を倒されたからには、ワシとゼダンは生涯敵。

 この寿命尽きるまで大魔王の立場から、ゼダンのやることなすことに嫌味を言う目の上のタンコブでい続けてやる。


 あと芸術品も買い漁ってやる!

 コイツの懐から拠出される隠居料で!


「やはりダメですか……!?」

「わかりきったことに時を掛けるとは、魔王としては愚鈍だのう」


 ほら、気が済んだらとっとと帰れ。

 ワシは今、魔都で大ブームとなっておる新食品『ソーセージ』とやらを賞味するんで忙しいんじゃ。


「……ところで」

「あぁ?」


 何が『ところで』だ?

 長居する気満々の切り出しフレーズを使用するんじゃない。


「この神像、素晴らしくよい出来ですな」


 お。


「さすがの朴念仁のお前でも、これのよさがわかるか?」

「それはもう。我らが魔族の守護神ハデス様の像でしょう。よく似ている」


『よく似ている』?

 なんや独特な言い回しの評価だが、まあいいや。


「これは、お前が最近四天王に抜擢したレヴィアーサのヤツが持ち込んできてな。よい像だろう? 魂がこもって生きておるようだ」

「仰る通りです」

「これからの魔族は、こういうものに金を掛けるべきだとは思わんか? ワシの時代は『こんなのに払う金があれば戦費に回せ』とよく言われておったが、皮肉にも戦争はお前が終わらせてしまったからな」

「我一人の手柄ではありません。親父殿やそれ以前の歴代魔王が積み上げてきた業績に、最後の仕上げをしただけのこと」


 おべっか使いが。

 ワシを含めた過去の魔王たちは、皆いずれも人魔戦争を終わらせられるなど微塵も思ってなかったわ。

 あれは自然災害みたいなもので、永遠に続いていくものなのだ。

 皆がそう思っていた。

 それを終結させたゼダンこそ『歴代最高の魔王』と呼ばれるに相応しいわけだが、それを認めるのはワシにとって癪すぎる。


 話が逸れた。

 今はこの見事な神像の話だ。


「これからの魔国は、こういったものを作る職人が多く増え、またこうした逸品を愛でる目を養わねばならん。民たちが。戦争が終わったからこそ魔族にいよいよ文化が必要になるのだ」

「仰る通りです」


 フン。

 ただ話を合わせているだけか知らんが、素直な孝行息子のふりをしおって。


「だから権力者が次になすべきことは、多くの才能ある職人のパトロンとなって保護してやることじゃ。衣食住を保証して、作品作りに全力を注げる環境を与えてやってこそ、後世に残る良作を作り出せるのじゃ」

「では、この神像の制作者も、今は親父殿の庇護下に?」

「うッ……!?」


 痛いところを突くではないか。

 たしかにこんな傑作を創造できる天才、是非とも我が手元に置いておきたいのだが、できぬ。

 作者がどこの誰なのか、名前すらわからぬ。

 この神像を持ち込んできたレヴィアーサに何度となく問い詰めたが、何も教えてくれぬ。


「制作者本人が頑なに世に知られることを拒否しているとしか思えぬ……!?」

「そんな大魔王様に、朗報ー」

「うわあッ!」


 なんだッ!?

 ワシとゼダンの二人きりの会談の場に、急に新たな三人目が登場!?


 お前は、魔王軍四天王の一人ベルフェガミリア!?


「大魔王様、これをご覧ください」

「何? これ?」


 手紙?

 しかも滅茶苦茶よい紙質ではないか? 羊皮紙なんぞとは比べ物にならんぞ?


「招待状です」

「招待状!? 誰から!?」

「この神像を作った人たちから?」

「何いいいッ!?」


 ワシは大急ぎ、招待状を広げ読んでみる。

 要約すると『アナタのような見る目ある方に是非とも見学していただきたいので来てください』的なことが書いてあった!!

 これは僥倖!


「行く! すぐ行くぞ! 馬車を用意せよ!!」

「待って待って、お待ちください。ちゃんと書かれてあることは全部読みましょう」

「何ッ!?」

「この手紙、誰宛てになっています?」


 そりゃ、大魔王であるこのワシ宛てであろう?

 何をわかりきったことを……、と読み進めてみたら、そこに記してある名前に驚愕した。


「これはああああああッ!?」


『魔王御一家様へ』


 ワシ宛てじゃない、ワシ個人宛てではない!?

 しかし……!?


「魔王御一家、というからにはアナタも含まれているんじゃないですか? 何しろアナタは魔王様のお父上なのだから……」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……!?」

「でも、この招待に応じるからには宛名通り一家で訪問しなければなりませんよね? まず魔王様ご本人、その奥方たち、そしてその間にできた御子息とも……」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬッ!?」


 それでは、今まで頑なに距離を取ってきたゼダンどもと一緒に行かねば……。


「べ、ベルフェガミリア……、何故そなたが? 招待状を届けに来るのはレヴィアーサの役割では……!?」

「同じ四天王のよしみで代わってもらったんですよ。面倒くさいですけど」


 横でゼダンとベルフェガミリアが話とるが気にする余裕はない。


 この神像を作った天才職人には絶対会いたい。でもそのためにはゼダンどもと一緒に……!?

 ワシは、ワシは一体どうすればああああッ!?


「大魔王様」

「うおッ!?」


 べ、ベルフェガミリア!?

 何だッ!?


「魔王様は、アナタとの親子の絆を修復したいとお考えなのですよ。アナタのような父親の資格もないクズにはもったいない思いやりとは言えませんか?」

「うッ……!」


 それはそうかもしれんが。

 ワシにも、ワシにだって意地が……!


「アナタにも意地があるだろうと僕も静観してきましたが、魔王様がアナタをおもんばかってここまで回りくどい搦め手を用意してくれたんです。アナタも少しばかりの譲歩をしてもいいでしょう?」

「それはそうかもしれんが……!」

「行け」

「はい……!!」


 ワシはある事情からベルフェガミリアには逆らえんのだ。

 コイツの一喝が最後の決め手になって、ワシはゼダン一家と共に、その地へ行くこととなった。

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