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319 困った大魔王

 今日は装いも新たに……。


 魔王さんが遊びに来た。

 それも一家で。


 奥さんのアスタレスさんに、二番目の奥さんグラシャラさん。

 それぞれとの間に生まれた息子ゴティアくんと娘マリネちゃん。


 お互いの子どもが生まれたばかりだというので、会わせてあげたいという気持ちからだろう。


 魔王という責任ある立場ながら、忙しい合間を縫って前より頻繁に訪ねてくださるようになった。


 今日も子ども三人、母親三人。

 集まって姦しいばかりである。


 そんな和やかな風景を一歩離れたところから眺める父親二人。

 俺と魔王さんであった。


「……ジュニアくんは、祖父御殿ともう会われているのだな」

「はい?」


 どういうことです?


 ウチのジュニアの祖父っていうと……、人魚王さん?

 たしかにこないだ海の底まで行って会ってきましたけど。アナタも人魚国訪問ご一緒しましたよね?


「いきなり何故そんなことを?」

「ああ、いや……」


 問い返すと、魔王さんは慌てたように取り繕ったあと、一際寂しそうな表情で……。


「ウチのゴティアとマリネは、まだ祖父に当たる方と目通りできていないので……」


 え?

 魔王さんの表情が益々寂しげだった。


「それって、ゴティアくんもマリネちゃんもお祖父さんと対面できてないってこと!?」

「そうなのだが……、いや、詮無いことを話してしまった。聖者殿忘れてくれ……!」


 そういうわけにもいかないでしょう!

 一番最初に生まれたゴティアくんなんて、そろそろ一歳でしょう!?

 多少立って歩けるようになり、言葉も少しは覚えてきて。

 そんなに大きくなるまで一度も見に来ないなんて、どんなお祖父ちゃんですか!?


「いやまあ、魔王家となるとしがらみも多くてな。市井の民と同様に……、というわけには行きにくい。ゴティアとマリネには寂しい思いをさせてしまうが、それもこの父が不甲斐ないと謝るしか……!」

「そんなことないですよ!」


 俺ヒートアップ。


「どんな理由があろうと、孫に会いに来ないお祖父ちゃんなんてありえますか! 何なんですかソイツは!?」

「せ、聖者殿落ち着いて……!」


 俺の予想外の憤慨に魔王さんもタジタジ。

 はッ。

 俺も大人げないな。深呼吸して落ち着こう。


「聖者様、我が子たちのために憤慨してくださりありがとうございます」


 おおう。

 俺の大声が向こうまで聞こえてしまったか。

 アスタレスさんが実子ゴティアくんを抱えてやってくる。


「ですが、これは魔国の内情に深く関わる問題なのです。なので無理を押し通すわけにも行きません。この子もいずれ魔国を背負って立つ身ならば、今から耐えることを覚えていかなければ……」


 そう言って腕の中のゴティアくんをあやす。

 そろそろ一歳のゴティアくんは体力や機動力も上がり、隙あらばママの腕から脱獄して冒険に出かけようとそわそわしている風。


「一体何なんです……? お祖父ちゃんが孫に会わない事情って?」


 俺はなおも納得できず憮然として言った。


「……ゼダン様、お話してみては? 聖者様ならまた何かよい知恵を授けてくれるかもしれませんし……?」

「いやいや、いかん! 聖者殿には何度もお世話になっているというのに、なおも迷惑を掛けるわけにはいかん! ましてこの問題は、我が家族のこと。私事にまで聖者殿を煩わせては……!」


 いいじゃないですか。

 俺と魔王さんの仲ならプライベートなことこそ相談し合わないと。


「どうか俺にも話してください」

「うむ……!」


 魔王さんは少しの間、思いつめた表情をして……。


「わかった、お聞き願いたい」


 と言った。

 さすが俺と魔王さんの仲!


    *    *    *


「……ゴティアとマリネの祖父。それ即ち我が父のことであるのだが……!」


 はい。

 常識的に考えたらそうですね。


「大魔王バアルという」


 またなんか大物そうなネーミング。


「その大魔王というのは、魔王より偉いとかそういう……?」

「いえ、そういう感じではありません」


 共に並ぶアスタレスさんが補足した。


「大魔王は、魔王の職を務め上げた御方に贈られる尊称です。己が治世を無事まっとうした者として敬意を受けますが。実質的な権力もなく政治にも口出しできません」


 つまり引退した者がつく栄誉職みたいなものか。


「で、その大魔王様は孫と会っちゃいけない決まりでもあるんですか?」

「いや、そんなことはない。魔王家といえど一つの家族。仲睦まじい方が好ましい」


 じゃあ、その大魔王様とやらは自分の意思で孫に会ってあげないってこと?

 とんだ意地悪お祖父ちゃんじゃないか!?


「その理由には、政治的な経緯が絡むのだ。それは……、そう、親父殿が魔王で、我がまだ魔王子であった時代に遡る」


 あ。

 なんか過去話になります。


「親父殿は、王侯として精力的な方でな。その、色々な意味で」

「というと?」

「多くの妃を抱えていた。正妃だけで六人。側室は十人……行ってなかったと思うが、それに近い数」


 うわあ。


「従って子どもも多く、れっきとした王位継承権を持つ子だけでも八人いた。その中の一人が我だ」

「しかもゼダン様は、その中の一番下のお生まれで継承順位は末端。魔王となる可能性はまずないというのが周囲からの見立てでした」


 アスタレスさんの説明に、俺は『え?』と困惑する。


「でも、今目の前にいるこの人は魔王さんですが?」

「そうです。ゼダン様が魔王となられたのは、ちょっとしたお家騒動の末でした。ゼダン様の兄君に当たられる継承権上位の魔王子方は……、何と言うか、その……!」


 ボンクラだったわけですね。

 皆まで言わないでよかろうです。


「クーデターに近い形でゼダン様は実権を握り、魔王となりました。父君バアル様は、それと同時に引退を余儀なくされ、大魔王の座に退かれたのです」

「不本意の交代だったと?」


 まさかそれでヘソを曲げて、今の魔王さん一家と仲良くできないとか?


「バアル様にとって、そうした形での政権交代はご自身の施政を否定されたも同じ。ご自分がこれまで成し遂げてきた業績すべてを無にされるに等しいのです。だからこそ現政権と……、その象徴であるゼダン様と馴れ合うことはできないのです」

「アタシは納得いかねえけどよ」


 話に加わったのは第二王妃のグラシャラさん。


「ゼダン様が魔王になって、魔国がよくなったのは事実じゃねえか。バアル様が魔王だった頃アタシは一兵卒だったが、そのアタシが抜擢されて四天王にまでなれたのはゼダン様のお陰だ!」


 出身とか派閥とかに関係なく、実力のみで出世栄達できる風潮を、ゼダンさんが魔王になって作り上げたってことですね?


「だからだ。ゼダン様の治世が認められれば認められるほど、そのゼダン様に破壊された前政権が間違っていたことになる。バアル様はかつて魔王であった誇りを守るためにも、現政権と距離を置くしかないのだ」


 敗者の最後の意地を懸けて。


 せっかく生まれた孫の顔を見ることも頑なに拒否していると。


 大魔王の座に退いて、公には魔王ゼダンの存在を認めるものの、私的には交際を一切断ち、自分は本心では現政権を認めていないとアピールする。

 それが政治的敗者へと追いやられた者の精一杯の抵抗と。


 今の魔王……、ゼダンさんは、魔王としての責任にとても誠実で正面から向き合っている。

 しかしそれが父親との軋轢を生んで、家族の絆を失ってしまった。


 人情の厚いところもある魔王さんは、そこに葛藤を感じ苦しんでいる。


 途中から説明をアスタレスさんに任せて黙り込んでしまうほどに。


「……」


 無関係の俺から言わせてもらえば、大魔王さんはくだらない意地を張ってるだけだと思うけど、それで片付けられない大事なものが本人にはあるんだろう。


 しかし、それもまた幼い子どもたちには無関係な話だ。

 子どもたちは両親だけでなく祖父や祖母からも愛される権利があるはずだ。

 その権利を守るためにも……。


「……やるぞ」


 ゴティアくんとマリネちゃんを、大魔王さんと対面させるプランを。

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