318 ドラゴンの繁殖事情
『龍玉』というものがガイザードラゴンの証。
それを体内に取り込んだドラゴンが皇帝竜を名乗り、すべての竜を支配する。
それはやっぱり大したシロモノであったらしく、『龍玉』を得たアードヘッグさんは、一気に最強竜の一角へステップアップ。
「……元々のアードヘッグは、全竜の中で二十~三十番目程度の強さだったはずなのだが……!」
見守るアレキサンダーさんも驚きを禁じ得ない。
「くっくっく……! それが『龍玉』の恐ろしさだ。どんなクズ竜でも最強竜へと変えてしまう驚異の宝玉なのだ……!」
その隣で満足そうに笑う子ども姿のアル・ゴールさんだった。
ヴィールの愛攻撃を心行くまで防ぎ切ったアードヘッグさん、地上に戻ってきて人化する。
「しんどかった……! ヴィール姉上まったく容赦なかった……!」
ホントご苦労様です。
「ご主人様ご主人様ー! どうだ? おれ凄かったろう? ジュニアの守護竜に相応しいだろう?」
ヴィールも人間形態に戻って俺の下へ駆け寄ってくる。
……。
うん。
たしかに愛に目覚めたヴィールはとんでもなく最強だったけど……。
「最後のアードヘッグさんのインパクトが強くてうやむやになった」
「あーれーッ!?」
ガビーンとなるヴィール。
まあでもキミは元から最強なんだし今さら重ねて最強アピールしなくてもいいじゃないか。
「しかしまあこれで、ブラッディマリーも納得するだろうよ」
その問題のマリーさんも人間形態に戻って一緒に降りてきた。
さすがに当初の猛々しさは消し飛ばされ、借りてきた猫のように大人しくなっている。
「マリーよ、強者がすべてを支配する、それがドラゴンの掟だ」
アレキサンダーさんが長兄然として言う。
「アードヘッグに助けられなければ、お前はヴィールに消し飛ばされていた。この結果を受け止め、無益な野心は捨てることだな」
「ふぁい……」
余程恐ろしい思いだったのか、マリーさんはしおらしかった。
その弱りっぷりは、一緒に降りてきたアードヘッグさんの衣服の一部を抓んでいることでわかる。
「あのッ、マリー姉上? そろそろ放して……?」
「…………」
しかし彼女はまだまだ離れる気配を見せなかった。
……。
何かの波動を感じる……?
「あーッ!! なんか暴れ足りないぞ!?」
その横でヴィールは不完全燃焼の風だった。
ナンバーツーの竜を圧倒してなお余力が溢れているのか?
「そうだッ! マリー姉上の取り巻きどもがたくさんいた! アイツら一掃してスカッとするのだー!」
しかし今、空は一面真っ青でスッキリしている。
ドラゴンどころか鳥の影一つ見当たらない。
「……あれ? アイツらどこ行った?」
「お前の竜気にビビッて逃げていったぞ。残らずな」
とアレキサンダーさん。
「元々、強力なマリーの陰に隠れて後継者選びの争いを有利に勝ち進もうとしていたヤツらだ。勝てない相手に出くわせば逃げるが必定」
「最強種ドラゴンにあるまじき姑息さよ。あんなヤツらから力を吸収しておけば、アードヘッグどもに負けずに済んだのに」
アル・ゴールさんも元ガイザードラゴンとして情けないドラゴンたちに苦い顔。
いや、ヒトから力を奪って強くなろうという、この人も充分姑息だと思うが……。
「父上、我らドラゴンはこれからどうなっていくのでしょうな?」
「知らん。本来なら最後の一体となるまで殺し合い、残った一体が自分の複製体を数多作り上げまた殺し合うというのを延々繰り返すのがドラゴンだった……」
しかしその運命は何や唐突に断ち切られた。
主に俺や先生の働きによって。
なんかスミマセン。
「その在り方が失われ、代わりにどんな生き方をドラゴンがしていくのかおれにはまったくわからん」
「案外何も変わらないかもしれませんなあ。元々ドラゴンは自由な生き物です。運命から解き放たれてもまた自由に生きていくのでしょう」
ヴィールはもちろんのこと、アレキサンダーさんもアル・ゴールさんも、皆自由すぎるくらいこれまでを生きてきた。
自由が強さによって獲得できるものならば、最強種ドラゴンほど自由が似合う生物はいない。
彼らは皆これまでと何一つ変わりなく、自由を満喫するのだろうな。
……ただ一つ。
以前と変わりがあるとすれば……。
『………………』
実はこのドラゴン騒動が繰り広げられていた現場を終始眺めていた創世神ガイアさん。
クッチャクッチャ言わせていたスルメをやっとゴックン飲み込んでから言った。
『ねえ』
「はい、なんです?」
『あの二人、よろしくない?』
と言って創造神、いまだアードヘッグさんの袖を抓みっぱなしのブラッディマリーさんを指さす。
俺は答える。
「非常によろしくありませんな」
『ラヴの波動を感じるよねー?』
絶体絶命のところをアードヘッグさんに助けられてキュンと来たか。
ドラゴンも案外古典的な恋の始まり方をするんだな。
『私が最初に与えた竜の在り方ってさー。代替わりした際に、結局ガイザードラゴン一体から始まるんじゃない?』
「はい」
よくわかりませんが。
『そこから自分の複製体を作り出して数を増やしていくのよ。言ってみれば単為生殖』
だから現状いるドラゴンって全部アル・ゴールさんの息子娘で皆兄弟なんですよね。
『でも私が設定を替えて、竜たちの在り方を変えたから、これから竜が繁栄していくにも別の繁殖法が適用されるのかなぁー、……と』
「……」
『あのドラゴンカップルを見て思いました』
単為生殖から配偶者を伴った生殖へ?
あの二人が、ドラゴンの夫婦第一号?
『ガイザードラゴンはこれから純粋に竜の長、代表者としての意味合いだけを残していくんでしょうけど。そうした意味合いのガイザードラゴン第一号になったアードヘッグちゃんが真っ先に所帯を持つのも、よい傾向と言えなくもなさそうねえ』
そしてブラッディマリーさんとの間に新たな命を生み出していくと?
子竜をポコポコと?
『最強種があまり過剰に繁栄しすぎると生態系が崩れるから出生率は低めに設定しようかしら? それに、皇帝竜の妻というからにはこれにも特別な称号を付けたいわねえ……?』
創世神。
俄かに設定作りに盛り上がる。
『皇妃竜……、だからクィーンドラゴンって言うのが順当なところよねえ? でももっと強そうな響きにしてグィーンドラゴンってどうかしら!?』
「どうかしらと言われても……!?」
『やっぱり濁点つけたら何でも強そうに聞こえるわよねえ!』
皇妃竜グィーンドラゴン。
将来マリーさんがそう呼ばれるのかどうかはわからないが、まあこれにドラゴンの新しい時代の先触れを感じておくことにしよう。
* * *
こうしてアードヘッグさんのガイザードラゴン戴冠式も無事終わり無事解散。
アレキサンダーさんは自分のダンジョンへと帰り、アードヘッグさんもこれからガイザードラゴンとして自分のダンジョンを構築するらしい。
マリーさんは、そんなアードヘッグさんに同行しようとしたけど結局は自分のダンジョン戻っていった。
元からいるヴィールは当然このまま。
……で、最後に一人残ったのは……。
「アナタは帰らないんですか?」
「んぬ?」
元ガイザードラゴンのアル・ゴールさんであった。
「いや、帰れって言われても、アードヘッグどもに負けたおれはガイザードラゴンでもなくなって自分のダンジョンもないし、ぶっちゃけ帰るところがない」
「それでウチに住みつくと?」
「いいだろう、ヴィールもいるんだしドラゴンの一人増えたって。……え? これ何?」
鍬ですけど。
働かざるもの食うべからずがウチのモットー。
アナタもウチで暮らしたいならしっかり畑働いてください。
そう言ってからきっかり三日後。
アル・ゴールさんはウチの農場から姿を消した。






