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315 虎視の竜

 わたしの名はマリー。

 グラウグリンツェルドラゴンのブラッディマリーというのよ。


 親愛なるお父様ガイザードラゴンが開催せし後継者レース。

 わたしはその最終勝利者の最有力候補と言われている。


 それもそのはず、わたしはお父様の子どもの中で二番目に早く生まれた娘。

 アレキサンダーお兄様の次に誕生したドラゴン。


 それだけに実力も二番手。アレキサンダーお兄様がお父様と仲違いして後継者から退いた以上、継承権を持つドラゴンの中でわたしが最強と言っていい。


 次のガイザードラゴンになるのは他の誰でもない、このわたしですわ。

 100%、確実にね。


 わたしが根城としている山ダンジョン『黒寡婦連山』には、わたしに取り入ろうとする妹ドラゴンや弟ドラゴンたちが続々とやってくる。


 人化した彼らがたくさんひしめいて、ダンジョン最頂にある宮殿はいつも舞踏会のような賑わいですわ。


 誰もが皆、わたしを未来の皇帝竜と讃え媚びるの。


「姉上! 本日もお美しい!!」


 弟に当たるグリンツドラゴンの一人が、阿諛追従の笑顔を浮かべて擦り寄ってくるわ。


「後継者争いなど無駄な行為ですなあ! どうせ勝つのはマリー姉上だと決まっていますのに!」


 そう言いながら、わたしのグラスにバッカス謹製の葡萄酒を注ぐ。


「姉上こそ最強のドラゴン! 次のガイザードラゴンは姉上で間違いありますまい!」

「そんなこと言って、出し抜いてやろうと隙を窺ってるんじゃなくて?」


 意地悪に指摘すると覿面、弟の酌の手が止まった。


「な、何をおっしゃる? わたしはもうガイザードラゴンの座に興味はございません!!」

「本当に?」

「もちろんですとも! 今は姉上こそが新たな支配者となれるよう、全力で協力させていただくのが我が望みです!」


 ウソばっかり言って。

 わかっているのよ、ここに集う十体以上の竜たち。


 わたしに服従し、庇護下に入ったのは、あくまでわたしを後ろ盾にして他の競争者より優位に立つため。


 そして頃合いを見計り、充分ライバルが減ったら裏切って、上手く私を出し抜くつもりなのでしょう?


 その証拠にコイツらは、いずれも正式に後継者争いを辞退していない。

 辞退した者は即座にお父様から魔力と知性を抜かれてレッサードラゴンになるのだから当然ともいえるけれど。

 要するに頂点を全然諦めてはいないのよ。


 でもいいの、ここにいる連中が面従腹背でいつか裏切るのだとしても。


 私の方が遥かに強いんだから、たとえ隙を突かれたとしても、わたしがコイツらに殺されるなんてありえないわ。


 わたしが恐れる兄弟は世界にただ一竜。

 アレキサンダーお兄様のみ。


 お兄様が戦線に現れない以上わたしの勝利は確定の中の確定。

 だから慌てない。

 約束された女帝は常に優雅に佇むものなのよ。


「姉上! 姉上ええええーーーーッ!!」


 王者の優越感に浸っていたら、場を乱す喧騒が。

 弟竜の一人が血相変えて飛び込んできたじゃない。


「何かしら? 今宵は優雅に過ごしたいのだから大声で騒がないで?」

「優雅に過ごしている場合ではありませんぞ!! 一大事です!!」

「何?」

「新たなガイザードラゴンが決まりましたぞ!!」


 …………。

 ……。

 ん?


 場が、シンと水を打ったように静まり返った。

 誰もが言葉の意味を理解できなかったからだろう。

 思考に空白が生まれ、その空白が静寂となって、しばらく空虚が時間に伴い実体化したが。


「……は」


 やがて思考が再スタートし始めて……。


「はあああああああああああああッ!?」


 奇声が上がった。

 わたしだけでなく、取り巻き竜どもも大騒ぎ。


「どういうこと!? どういうことおおおおおッ!?」

「新しいガイザードラゴンが決まった!? そんなバカな!!」

「後継者争いは、まだ第一段階の試練も終了してないでしょう!?」

「なのになんで後継が本決まりするんだよ!? 唐突過ぎる!?」

「ガイザードラゴンはおれがなるはずだったのにいいいいッ!?」


 ショックのあまりポロッと本音が出ているアホな竜もいたが、わたしもそんなことにかまっていられる冷静さはなかった。


 新しいガイザードラゴンになった竜がいる!?

 わたしが獲得するはずだったその称号を!?


 一体誰が!? どうやって!?

 ガイザードラゴンの座をお父様から掠め取ったというの?


「お前ッ!!」

「はいいいッ!?」


 報告に飛び込んできた弟竜……ええと名前が思い出せませんわ!

 いや、コイツが誰かなんてどうでもいい。


「詳しく! 詳しく報告なさい! まず誰が新しいガイザードラゴンになったの!?」

「はッ! アードヘッグなる者だとか!」


 アードヘッグ?


 聞いたことがない名だわ?

 誰か心当たりがないかと周囲を見回す。わたしに服従を誓う取り巻き竜たちと次々目が合うが……。


「……」

「あの……」

「すみません知りません……」

「寡聞にして……!?」

「我らの耳にも入ったことがない、余程無名の弱小竜ということなのでしょう!」


 そんな情報入ったところで何の役にも立たないわ!

 この無益ドラゴンども! 侍らせても何の意味もない!


「まあいいわ、そのドラゴンが何者なのかおいおい調べるとして……!」


 問題は手口よ。


「そのアードヘッグとやらは、どうやってお父様から後継者の座を掠め取ったの!?」


 いいえ、きっと卑劣で姑息な手段を使ったに違いないわ。

 だって後継者争いは今、真っただ中だったのだもの。


 勝者も決まってない中で賞品だけを抜き取っていくなんて、きっと言葉巧みにお父様に取り入り、ガイザードラゴンの称号を騙し取ったに違いないわ!

 そうに違いないわ!!


「そ、それが……!」


 報告者のドラゴンが口ごもる。


「何よ! こっちは気が急いてるんだから早くお言いなさい!!」

「我らが父上、ガイザードラゴンは身罷られました」


 ……。

 は!?


「そのアードヘッグとやらに戦いを挑まれ、激闘の末に敗れたそうです。だからこそガイザードラゴンの称号は勝者の手に渡ったと……!!」


 お父様が……、負けた……!?


 信じられない。


 いいえそれ以前に、そんな方法でガイザードラゴンの継承権を無理やり奪取してしまえたなんて……!

 そんな方法があるなら、真面目に勝負に参加していたわたしがバカみたいじゃない!!


「なんという暴挙! なんという無法!!」

「アードヘッグとやら! 後継者争いの定められたルールを無視し父上を害するとは言語道断!」

「姉上! これは断固として受け入れてはなりません! この狼藉者がガイザードラゴンになるのをむざむざ見過ごしてはなりません!!」


 と口走ったのは誰か見逃したが、言葉自体は私の胸を打った。


「その通りだ! ヤツがルールを無視したならば、こちらもルールなど関係ない!」

「我ら全員で出向き、アードヘッグとやらを成敗してくれましょうぞ!!」

「その上で新たに、我らの総意によってガイザードラゴンを選出するのがよい!!」


 まったくその通りだわ。

 ガイザードラゴンは竜の王。早い者勝ちなんて大雑把な決め方をされていいはずがない。


 知性、魔力、気品、そして何より強さを備えたパーフェクトドラゴンこそが竜の支配者に相応しい。

 それを無視し、王の座を掠め取った盗人。

 真の王たるこのわたしが成敗してあげましょう。


「出るわよ……!」


 わたしの宣言に、周囲から歓声が上がった。


「ブラッディマリー様みずから狼藉者の処刑に……!」

「なんと麗しい! それでこそグラウグリンツェルドラゴン!!」

「我々もどうかお供させてください!」


 好きにするがいいわ。


 では、問題はそのアードヘッグとやらがどこにいるかだけども。

 わたしを恐れて逃げ隠れでもされたら面倒だわ。


「それが……、居場所ならハッキリしております」


 何ですって?


「実はヤツのガイザードラゴン戴冠式とやらが開かれるらしく……、招待状が届きまして……! 父上を討った旨もそこに記して……!」


 まあ、なんと傲慢な。

 私を差し置いて式典など、その有頂天を叩き潰してあげますわ。


「皆続きなさい! 招くというなら訪ねてあげましょう! ヤツの晴れ舞台を血で染め上げるためにね!!」


 取り巻き竜たちの歓声が上がった。


「ああ、でも……、最後にもう一つだけお伝えしなければならないことが……」


 報告竜がまだ何かあるらしい。

 何? 出陣ムードが盛り上がって今にも飛び出したいところなのに。


「この招待状……! 送り主がアードヘッグ本人ではなく……、アレキサンダー兄上なのですが……!?」

「へ!?」


 アレキサンダーお兄様?

 お父様をも超える最強竜の名が何故ここで?

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