313 皇帝竜訪問
「ガイザードラゴンだって……ッ!?」
それはすべての竜を支配する竜。
最高位の竜の称号。
その称号を名乗る竜は、本来一体だけ。
しかしその竜が倒されたことによりアードヘッグさんが新たなガイザードラゴンになろうという話になっていたのだ。
そこに現れた、やはりガイザードラゴンを名乗るこの子どもは……!?
「父上、生きておられたのか?」
アレキサンダーさんが言った。
「アードヘッグに倒されたと聞いておりましたが。アナタの波動もまったく感じなかったので、てっきり消滅したものとばかり……!?」
「浅はかな息子よ」
子どもが侮蔑の表情を浮かべる。
「竜の王たるおれが簡単に消え去るわけがなかろう。この通り健在でおるわ」
「でも簡単に負けはしたんだよな?」
「ぐんうッ!?」
ヴィールからの指摘に子ども、派手に表情を歪める。
「煩い! 大体コイツらがズルいのだ! 天使などという神話時代の遺物やら持ち出したり! 人魚どもは海神の加護を使ったりするし!!」
見苦しい言い訳を並び立てる。
では、まさかやっぱり……!?
この子どもは、アロワナ王子一行によって倒された竜の皇帝ガイザードラゴン?
ヴィールやアードヘッグさん、それにアレキサンダーさんの父親。
「うむ、おれがガイザードラゴンのアル・ゴールである」
と子どもは再び名乗った。
ガイザードラゴンは称号というか肩書きみたいなもので、アル・ゴールが個人名ということか。
「たしかにおれは、そこにいるアードヘッグとその仲間たちによる卑劣な袋叩きによって、あと一歩というところで敗れた……!」
「負け惜しみひっでえ」
ヴィール……!
言ってやるなや……!
「我が身は一度砕け散って消滅した。体を再構成して復活するのにずいぶん時間がかかってしまった……!」
「それでも復活できる辺り、さすが父上と言うべきですが……」
しかも時間がかかったと言っておきながら、勝負から一年も経っていない。
最強の座は若きアレキサンダーさんのものだとしても、今なお皇帝の称号を我が物とする竜の力はさすがというべきか。
「しかし父上、敗北したことによって力の大半を失っているのではありませんか? 今のアナタは、竜とはとても呼べないほどに弱っている」
「チッ、さすが我が長男もう見抜いたか。……そうよ、おれはもうガイザードラゴンではない。一度でも敗北したら皇帝の称号を剥奪される。そういうシステムなのだ」
幼い子ども姿のガイザードラゴン(元?)は忌々しげに言うのだった。
「ええい! 憎たらしいアードヘッグめ! 愚かな子どもたちから力を奪い、一番目障りなアレキサンダーと同等の力を得ようとしたのに! まさかあんな雑魚に足元を掬われるとは!」
「あの父上……、本人ここにいますんで、あまり率直な言い方は……!?」
さすがに雑魚扱いは辛いアードヘッグさんだった。
「敗北してガイザードラゴンの権能も取り上げられ、復活のために大半の竜力も使い果たした。今のおれでは、この憎き連中に復讐の牙を突き立てたくても……!」
キッ。
子どもの目がアードヘッグさんを鋭く睨む。
「ヒッ!?」
アードヘッグさんだけではない。その仲間であるアロワナ王子始めとする一団へ。
「おれはその力を持たぬ。今ここで復讐戦を挑もうとも……、ぬぎゃーッ!!』
子ども姿のガイザードラゴンさんは、瞬時にその身を塗り替えドラゴン形態へと変容。
猛々しい咆哮を上げる。
『ぬぎゃー!! おぎゃー!! ほんぎゃあああーーーッ!!』
ただし猛々しいのは本人が演出している雰囲気だけだった。
実際には小さくて可愛いだけだった。
ガイザードラゴンさんのドラゴン形態は、小さくてコロコロしたぬいぐるみのようなものだった。
『見るがいい! 力を失ったこのおれは、こんな矮小な姿しか発現することができないのだ!!』
もはやただの竜のぬいぐるみだった。
あまりの可愛さに農場在住の女子たちが自然と集まってくる。
「何これ可愛い?」「可愛い」「可愛い」「かぁ~わぁ~いいぃ~!!」「撫でよう」「撫でる」「ふわふわぁ~」「撫で撫で」「可愛いいいいいッ!!」「今夜はこの子と一緒に寝るぅ~!!」
大人気。
それほどのチビ竜の可愛さよ。
『うぐわあああああッ!? やめろ! この偉大なる竜の皇帝に無礼なああッ!! 恐れ多いぞおおおッ!? えッ? でも一緒に寝る?』
小学校に迷い込んできた犬のようにもみくちゃにされて、何とか生還。
再び人間形態に戻る。
「み、見たか……? 敗北者たる今のおれの惨めさを……!?」
「割と好評でしたが」
あ。
もしかして、だから人間形態も子どもの姿なのか?
「パワーが足りないからやむなく子ども姿の省エネモード?」
「何を言ってるのか知らんが、ニンゲンの姿になる時は元からこれだぞ」
ええー?
「もっとも若く、溌剌とした姿を選ぶのは当然ではないか。わざわざ老い衰えた姿を選ぶアレキサンダーの方がおかしいのだ」
と言って全部の竜のお父さん、清潔な老人の姿をした長男竜を睨む。
「……ニンゲンのことがわかっておりませんな父上。若さも大切ですが、それと同じぐらい歳を積み重ねることで得る威厳も大切なのです」
「お前はニンゲン贔屓で考えがおかしくなっておるのだ。そのせいで後継者から外れたのだとまだ気づけんのか?」
皇帝竜と皇太子竜の仲がお悪いことは窺っていたが……。
でも傍から見て、睨み合う親子の子どもの方が父親で、老人の方が息子って絵面……!
紛らわしいなあ……。
「父上が弱体化し、もはやわたしやアードヘッグを害することもできぬというのは理解しました。ですが、ならばなおさら理解できぬ。父上は何をしにここへ訪れたのです?」
そうだなあ。
このお父さん竜、他の竜との関係はけっして良好とはいえないようだし、来る用事と言えばケンカしに来るぐらいしか思い浮かばない。
でも弱くなってケンカもできないというのであれば、本当に何しに来たというのだ?
「ふん……」
ガイザードラゴンさん、なんだか面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「おれに代わってアードヘッグを新たなガイザードラゴン据える気らしいな」
「ええ、ヤツはアナタを直接打倒した。アナタに代わって王座に就く資格があると思います」
「しかしどうすればガイザードラゴンになれるかわからないのであろう?」
さっきヴィールも指摘していた問題に、当のガイザードラゴンが切り込む。
「父上ならばご存じと?」
「無論だ、このおれこそが本来唯一の皇帝竜ガイザードラゴンなのだから……」
言うと、子ども姿のガイザードラゴンは手を差し出す。
その手の中に玉が乗っていた。
透明な、水晶のように透き通る宝玉。その色はルビーのような赤だった。
煮えたぎる鮮血のごとき濃厚な赤。
しかも、透明の玉の奥に、何か炎のように揺らめく輝きがあった。
「これは……!?」
「『龍玉』という。これを体内に取り込むドラゴンがガイザードラゴンになれるのだ」
この赤い宝玉が、ドラゴンの王権を保証するレガリアってことか?
「数百年間、この『龍玉』は我が体内にあった。しかし出てきた。先日の敗北をきっかけにな」
アロワナ王子一行との戦いで?
「言ったろう。ガイザードラゴンに敗北は許されない。勝者の栄座から転げ落ちた負けドラゴンは、即座に『龍玉』から見捨てられるのだ」
赤い宝玉を睨むガイザードラゴンの瞳には、様々な葛藤が渦巻いていた。
「だからもう二度と『龍玉』はおれの中に戻らない。こうしてただ所持するだけだ。この『龍玉』を、次の相応しいドラゴンへと引き渡すために。それが『龍玉』に選ばれたドラゴンの最後の務めだ」
「そのために父上はここへ来たと……!?」
「そうだ。新たなガイザードラゴンとなりたければ、この『龍玉』を我が身に取り込むがいい。おれを倒したアードヘッグでもいいしアレキサンダー、お前でもいいぞ? ヴィール、お前だって本当は野望を捨てきれないのではないか?」
息子娘たちの欲望を煽るかのように、子ども姿の皇帝竜(元)は赤い宝玉を見せびらかす。
「さあ奪い合うがいい! この玉を手に入れた者が次のガイザードラゴンだ!!」
「いや、いりませんけど」
「当初の予定通りアードヘッグに叩き込めばいいではないか、その玉。それで万事解決だろ?」
アレキサンダーさんもヴィールも、まったく心動く様子もなかった。
それを見たガイザードラゴン(元)は少々つまらなそうに……。
「無欲な連中め。……だが、これを聞いてまだ涼しい顔でいられるかな?」
「ん?」
竜が変化した子どもに、人間の子どもなら絶対に浮かばない邪悪な笑顔が浮かんだ。
「『龍玉』を取り込み新たなガイザードラゴンが誕生した時、それ以外のすべてのドラゴンが消滅する。パワーを吸い取られて枯れ果てるのだ」






