310 最強ドラゴンのお宅訪問
グラウグリンツドラゴンのアレキサンダー。
真・最強のドラゴンである。
グラウグリンツドラゴンとは別名、皇太子竜と呼ばれるらしく、要は次期竜王の最有力候補ということだ。
単純な魔力腕力では、時に若い皇太子竜が老いた皇帝竜を上回ることすらあり、当代のアレキサンダーさんと、父竜ガイザードラゴンとの関係がまさにそんな感じだった。
そんなアレキサンダーさんはしかし、他の竜にはない変わった趣向を持っていた。
人間というか、人類のことが大好きらしい。
この世界には人族、魔族、人魚族など様々な種族がいるため人間という言葉を使うのは難しいが。
アレキサンダーさんは、その全部をひっくるめて慈しんでおられる。
自分の支配するダンジョンに人々が入り、採取や狩りをすることを許しておられるのだそうだ。
そんなアレキサンダーさんが主となっているダンジョンは『聖なる白乙女の山』と呼ばれ、旧人間国最優良のダンジョンとして名を馳せている。
人間国に住む人族たちは、アレキサンダーさんを神のごとく崇め、恐れながら敬愛しているという。
……という情報を提供してきたのは、我が農場へ留学中の旧人間国出身、リテセウスくん。
「はあ、そんなに凄いドラゴンなんだねえ……」
「まさか覇竜アレキサンダー様の御姿を生で見ることになるなんて……!? やっぱりこの土地はすごごごご……!?」
リテセウスくんが打ち震えている。
それくらい、アレキサンダーさんというドラゴンが物凄いということなんだろう。
「アレキサンダー兄上ばかり持てはやされて納得いかないぞ。この土地土着のおれだって同じぐらい崇拝されてもいいんじゃないか?」
最強ドラゴンに恥じぬ人気ぶりを見せつけられてウチのヴィールが嫉妬。
彼女が尊敬されないのは彼女自身の日頃の行いも絡んでいることを自覚いただきたい。
「……。……そういえば兄上も、自分のダンジョンを持っているんだっけ?」
「それはまあな、ニンゲンたちが人間国と呼んでいた区画にある。『聖なる白乙女の山』などと呼ばれてニンゲンたちもよく訪れてくれるのだ」
……リテセウスくん、解説を。
「そりゃそうですよ! 主がいるのに自由に出入りできるダンジョンなんてアレキサンダー様が支配しているダンジョンだけですから。他だと踏み入っただけで主が襲ってくることもありますし!」
そういうところは完全に主の度量が出てくるな。
そう言えばヴィールと初めて出会った時も、アイツのダンジョンで勝手に狩りをしたのがバレて、怒鳴り込んできたんだっけ。
「アレキサンダー様は、ご自分のダンジョンをしっかり管理しているので優良な素材やモンスターが安定して出てくるんですって。主自身が冒険者の侵入を歓迎してくださるからリスクもないし、それこそ誰もが認める最優良ダンジョンですよ!!」
主みずから襲ってくることこそ主ありダンジョンの最恐リスク。
ダンジョンの主と言ったらドラゴンかノーライフキングだからね。
「兄上、実はおれも近くにダンジョンを持っててな。もしよければ見に来てくれないか?」
ヴィールが対抗意識を燃やしておる!?
「そうだな、せっかく訪れたのだし拝見させてもらおう。実はわたしは、余所のダンジョンを見学するのが趣味なのだ」
「そんなご趣味が!?」
「見習うべきところがあれば取り入れて、我がダンジョンをよりよくしたいのだ。ニンゲンたちが勇んで攻略しに来るようにな」
何て研究熱心な!
「よし! ならば兄上を我がダンジョンにご招待しよう!! 我が領域にちりばめられた工夫の数々をとくと堪能するがいい!!」
そうして俺たちは、お客人アレキサンダーさんと共にヴィールの山ダンジョンへ行くことになった。
そんな兄と姉の背中を見詰めながら、アードヘッグさんが溜め息。
「羨ましい……! 兄上も姉上も自分のダンジョンを持っていて……!」
「というとアードヘッグさんは持ってないんですか?」
「ドラゴンの中でも相応の実力者だけだ。ダンジョンの主になれるのは。自分のダンジョンすら持たないおれが、いきなりガイザードラゴンなんて……!?」
彼はまだ先刻の大抜擢から、衝撃の余韻覚めきれないらしい。
そんな弟竜へヴィールが一言。
「何言ってんだ? お前がガイザードラゴンになれば、そのまま龍帝城がお前のダンジョンだろう?」
「そういえばそうだ!?」
無宿人から一躍、城持ちに。
ランクアップぶりが実感できた。
* * *
そして到着。
「見たか兄上! ここがおれのダンジョンだ!!」
ヴィールの山ダンジョンには、モンスター狩猟のために俺や農場の仲間たちもよく訪れる。
ついでとばかりにオークボやゴブ吉たちも同行して、いそいそ狩りの用意をしている。
「我がダンジョンは、大きく春夏秋冬の四エリアに分れて、特色豊かに色分けされているのだ! 各層ごとにまったく違う色合いを楽しめるぞ」
ヴィール超自慢げに言う。
「ほう……、ダンジョンに目で見て楽しむ娯楽性を取り入れるとは。意外だな。我がダンジョンにも取り入れたい」
「そうだろう、そうだろう! 兄上も真似してくれていいんだぞ!!」
「ん?」
ヴィールが得意げになってるのを余所に、アレキサンダーさんの興味が別の方へ。
「……おいヴィール、あれは何だ?」
と指さされたのは、規則正しく並ぶ木々。
山ダンジョンは自然の山並みを依り代にした異空間なので、内部に普通に木が生い茂っている。
ただ基本的には自然のものなため、木の並び方や種類も不規則だ。
それなのにアレキサンダーさんが見かけた樹園は、まったく同じ種類の樹群が決められたように並んでいるために目を引いたのだろう。
「あれはダンジョン果樹園ですよ」
「ダンジョン果樹園!?」
俺がヴィールの代わりに答える。
一応俺が果樹園の発案者兼管理者だしな。
「ダンジョン内の気候が一定なのを利用して、果樹を育てているんですよ。この木が実らせる果物は美味しいんです。食べてみます?」
「お、おお……」
手近なところでちょうどよさそうに熟している果実を見繕って、もぐ。
表面をよく拭いて、差し出す。
少し野趣が過ぎるかもしれないが、相手はドラゴンだ。仮にパイナップルをそのまま差し出してもぼりぼり丸齧りできるだろうし問題なかろう。
ちなみに果実は秋エリアの梨だった。
アレキサンダーさんは、梨にそのままかぶりついて……。
「……ッ!?」
目を見開いた。
「これは……ッ!? こんな果実がこの世界にあろうとは……ッ!? 魔法で生み出した作物か!?」
「いやいや、単に俺の故郷で成ってる実ですよ」
その故郷が異世界であることは話がややこしくなりそうなので知らせなかった。
「なんと素晴らしい……!! ダンジョンを、ただ素材が湧き出す場所とするに留めず、みずから栽培するとは……ッ!?」
「はっはっは、驚いたか兄上!!」
ヴィールが自慢げに言う。
「こうしておれのダンジョンは、おれとご主人様の共同作業によって唯一無二の農業ダンジョンとなっているのだ! さすがに兄上のダンジョンも中に果樹園があったりはしまい!!」
まるで自分の功績みたいに言っているけれど、果樹植えて育て上げたのは俺やオークボたちだからな?
「まあ果樹の管理は大変だけど、最近は樹霊が憑いてくれて管理も一任できるようになったし……」
噂していたら、色んな果樹の樹霊たちが俺の存在に気づいて集まってきた。
御機嫌伺であろう。
カカオの樹霊カカ王を始め、柿の樹霊カキエモンやリンゴの樹霊リンゴォ。ミカンの樹霊アルミカン。レモンの樹霊ママレモン。ブドウの樹霊ストロング・ザ・ブドウ。バナナの樹霊ソンナバナナなど。
気づけば随分樹霊たちも多種多様になっていた。
『聖者様!』
『聖者様御機嫌麗しく!』
『今日は私のところの実がとてもよく熟しています! 是非聖者様に収穫いただきたく!!』
そして何故か皆俺のところに寄ってくる。
本来のダンジョン主であるヴィールには目もくれず。
「こらー! お前ら、このダンジョンの主はおれだぞーッ!?」
ジュニアの世話にかまけて、またダンジョン再征服作業が滞っていたからなあ。
兄竜に自慢してやろうという流れが結局格好つかない締めになってしまった。
しかし、当の訪問者アレキサンダーさんは、ヴィールの一人相撲もかまう様子がなく。
「ニンゲン……、いや聖者よ」
「はい?」
「頼みがあるのだが、我がダンジョンの改装を手伝ってはくれまいか?」






