304 柿ピー戦争
俺です。
最近は農場の外で活動することが多くなったなあと思いつつ、今回は農場内での話である。
ヴィールの山ダンジョンで営まれているダンジョン果樹園に湧いて出た新しい仲間。
樹霊。
ウチで育てている果樹に憑りついて『意思のある樹』みたいなことになっている。
果実の育成を樹自身が管理してくれたり、異常があったら知らせてくれたりで、こっちにも利があるので特に排除したりせず共生している。
現在確認されている樹霊はカカオの精カカ王や、たけのこ魔人タケノッコーンとか。
しかし、他にも樹霊化した果樹は着実に増え続けていて、今日もそんな樹霊化した樹に会った。
『柿の樹霊、カキエモンです!』
柿か。
美味しいよな普通に。
そのまま食べてもとっても甘いし、干し柿にしたり柿ジャムにしてもいい。
特に柿は甘柿と渋柿の見分けが難しいから、樹霊に管理してもらうと凄く助かる。
『お近づきのしるしにこちらをどうぞ!』
と言われて、あるものを両手いっぱいジャラジャラ貰った。
「……これは?」
『柿の種です!』
「なんで?」
『なんでって……!? 私は柿の樹霊なのですから柿の種を出すのは当然のことかと……!?』
「うん、そうだね」
俺もこれが本当の柿の種なら納得していただろう。
しかしこれ。
柿の種は柿の種でも、本来あるべき柿の種じゃない。
どういうことかわからないか。
要するに、あるじゃん。
柿の種って呼ばれるものに、もう一つ。
酒のつまみに最適な、米菓の方の柿の種。
練ったもち米を細かく切って醤油塗って焼く、形状が似ていることから『柿の種』と名付けられた。
ピーナッツと混ぜて出されることがよくある。
あれ!!
あっちの柿の種を! 植物の方の柿が出しやがった!!
なんで!?
「おかしくない!?」
『おかしくないでしょう? 柿の樹霊である私が柿の種を出して何か問題でも?』
だから!!
……まあいいや。
コイツら樹霊の摩訶不思議さは今に始まったことじゃない。きっとこれからも様々な樹霊が不可解なことを引き起こすのだから、いちいち反応していては身がもたない。
ただ受け入れろと言うことなのだろう。
幸い柿の種(お菓子の方)は美味しいので、普通に持って帰って食べるとしよう。
考えてみればお菓子方面はケーキやらアイスクリームやらチョコやら甘いもの率が高いから、ここで塩辛い系のお菓子が出るのは実にいい。
一粒、ポリッと口の中に入れてみる。
うむ、美味しい。
小粒に、醤油の塩辛さがピリッと利いているのがいいな。
この辛味は唐辛子も混ぜてあるのだろうか?
だとしたらなおさら美味しい。
「こうして食べてると、お茶が欲しくなるなあ……!」
いや。
いっそビールが。
柿の種って、ビールが進む米菓子なんだよ!
くそう! いかん!
ほんの試食のつもりだったのにビールが飲みたくなってきた!
まだ真昼間なのに、酒臭い息吐いたら今日一日ジュニアに触らせてもらえなくなる!!
「あれー、何々? 何食べてるの?」
悶えていたら、また何者かが美食の気配に誘われて現れた。
レタスレートだった。
最初に出てくるのがプラティやヴィールでないのは珍しい。
「貰いものだよ、食ってみる?」
「いただきまーす。美味しい!」
滅ぼされた人間国の姫君ながらすっかり我が農場に住み慣れてしまったレタスレート。
来てすぐの頃はお姫様らしい傲慢さを見せつけていたが、今ではすっかり働き者で打ち解けている。
「この味は醤油ね! ピリッと辛くて歯応えもよし!」
「ほう、よくわかっているではないか」
「これをもっと美味しくする方法を思いついたわ!」
「ん?」
そしてレタスレートは俺に断りもなく、何かを柿の種にぶち込んでかき混ぜる。
それは白くて、柿の種と同程度に小粒の無数。
ピーナッツ!?
コイツ日頃からピーナッツ(塩茹で済み)を持ち歩いているのか!?
「おお! やっぱり思った通りだわ! 柿の種とピーナッツのそれぞれ違う歯応えが交互に来て! 一口ごとに新鮮な食感を味わえる! さすが私! すぐさまこんな食べ合わせを開発できるなんて天才ね! これを柿の種とピーナッツの組み合わせとして……、柿ピーと名付けましょう!!」
たしかに天才かもしれない。
異世界にいながら、誰にも教えられることなく柿ピーにたどり着いた、その発想。
天才と評してもよかろう。
しかし……!
「何してくれてんの?」
「え?」
俺の心に怒りが発した。
柿の種にピーナッツを混ぜるなど極上の料理にハチミツをぶちまけるがごとき愚行!
「柿の種は、柿の種で純粋に味わうから美味しいんでしょう? ピーナッツなんか混ぜたら味が曇るじゃん? 雑味じゃん?」
「はあッ!? 何言ってんのよ、これは二種以上の味が奏でるハーモニーよ! 柿の種ばっか食ってたら辛くて舌がマヒしちゃうでしょう!」
「だったら水飲めばいいんだよ! お茶でも酒でもいいから舌を洗えば、辛味もリセットできるだろうが! なんでわざわざピーナッツ食わなきゃならんのだ!」
「水なんか飲んだら胃の中で柿の種が水分吸って脹れちゃうでしょう! お腹いっぱいになっちゃうじゃない! そうさせないためのピーナッツよ、それぐらいわかりなさいよ!」
「ピーナッツのために割く無駄な胃袋リソースを鑑みれば相殺だろうがよ。ピーナッツなんてモソモソして口の中パサパサにするから結局水飲まなきゃいけないし!」
「水飲み過ぎなのよ!」
勃発してしまった。
そうこれこそ度々繰り広げられる飽くなき争い。
『柿の種にピーナッツを入れるのはアリかナシか』戦争。
ある者はピーナッツなど不要と断じ、またある者は柿の種にピーナッツの取り合わせは欠かせないという。
両者の主張は決して重なり合うことはなく、未来永劫争い続ける。
俺とレタスレートは、そんな百年戦争へと突入してしまった!
「……なんつーくだらない争いしてるの?」
激突しあうこと小一時間、ギャラリーから呆れ果てた視線を向けられた。
ジュニアを抱えたプラティと、ホルコスフォンだった。
プラティは、何か美味いものがあると真っ先に駆け付けるし、ホルコスフォンはレタスレートと絡むことが多いから彼女を探しに来たんだろう。
そして本来なら、これにヴィールも加わるはずだが……。
「ヴィールなら、アンタたちがアホな争いにかまけている間に、新作お菓子食い尽くして去っていったわよ?」
「あれ、本当だ、ない!」
カキエモンから貰った柿の種がピーナッツ諸共消え去っていた。
またカキエモンに貰いに行くか自分で作り出さないと!
「何が混ざっていようと美味しいものは美味しいんじゃない? 何故主張を争わなきゃいけないのよ?」
プラティの主張ももっとも。
いつもならその平和的意見を受け入れる俺だが、こと柿の種に関しては絶対に退くわけにはいかぬ!
「私も絶対退けないわ! ピーナッツを否定されることは私の全存在を否定されるのも同じこと!!」
「アナタいつからそんなピーナッツ信者になったのよ?」
プラティが呆れ果てて言った。
「そこは私から説明しましょう」
レタスレートと仲良しのホルコスフォンが挙手。
「レタスレートは、ソラマメから始まって豆系作物の生産にドハマリしてまして、ピーナッツもまた彼女の得意分野なのです」
それで塩茹でピーナッツも常時持ち歩いているの?
「いまや豆類生産に人生を懸ける女と言ってよく、この機会にマメレートに改名しようかと考えていたほどです」
「じゃあレタスレートって名前やっぱレタスから来てたの?」
「私も、納豆作りに最適な大豆を育てる作業をレタスレートに手伝ってもらって大いに助かっています」
なるほど。
それほどまでに豆類に情熱を注ぐ女。そんな彼女にとってピーナッツを否定されることは許しがたい。
その情熱は尊敬できるし、通常ならばピーナッツを讃える精神には大いに共感できる。
「しかし柿の種に混ぜることだけは俺も譲れんのだ!」
「私だって! 絶対に柿の種にはピーナッツを混ぜて食べる!」
争いは留まらない。我ら二人のどちらかが敗北して死するまで!
「……アホ臭いことこの上ないけど、この争いが平定してくれないと困るわね」
「では、私におまかせください」
ん?
どうしたホルコスフォン?
こっちに来て何をする気だ?
「……古来より、二者の争いを拮抗させるもっともよい方法は、第三勢力を投入すること」
まさかホルコスフォン、お前自身が柿ピー戦争の第三勢力に!?
「私は、柿の種に納豆を混ぜる派として参戦表明します!!」
「「参りましたぁぁーーーーーッ!?」」
だから何にでも納豆を混ぜようとするな!!
ホルコスフォンの暴挙的進軍によって俺もレタスレートも降参せざるをえなかった。
柿ピー戦争やむなく休戦。
納豆の何が恐ろしいかって。
何と混ぜても美味くなりそうな可能性をギリ秘めているところ。
柿ピー納豆とか普通にアリな気がする!!






