303 見物人の驚愕
私はサスカーニという。
人族の者だ。
旧人間国においてそこそこ裕福な層に生まれ育ったが、あるとき奇妙な噂を耳にする。
人間国に神が降りてくる、と。
最初聞いた時「なんだそりゃ?」と思った。
魔族に占領されたおかげで末世思想でも広まったかと思ったが、そうではないらしい。
神が穢れた世界に終止符を打つとかそんな話ではないそうだ。
だったらなんだ?
何でもある領主が『神を召喚するから許可をくれ』と占領府に具申し、その話が漏れ、巷へと広まったんだそうな。
何処の領主だ? そんな世迷言を広めるのは? と最初は憤ったが、興味を持って調べ進めるうちに意外な名が判明した。
ワルキア辺境領の領主ダルキッシュ様。
あの方が言い出しっぺであると?
ダルキッシュ様は、若年ながら旧人間国屈指の有能領主で、おかしなことなど決して口にしないはず。
そのダルキッシュ様が言われたとなれば、本当に神が降臨するというのか?
……という感じで国内噂でもちきりらしい。
私も段々マジかという感覚がしてきた。
より詳しく調べると、その神が降りてくるという開催日が間近に迫っていた。
こうなったら本当かウソかをたしかめるためにも、現場に向かわねば。
もし本当に神が御降臨されて、それを見逃したら一生の不覚!
幸い私も家業を息子に継がせて隠居暮らしだから暇。
色んなものに興味を持ち始めた孫も連れて見物……、もとい礼拝に出かけることにした。
……ん?
何? 息子よお前も来るの?
いやダメだよ店はどうするの? え?
『神様を一目拝めるチャンスに商売なんかしてられない』?
いや、たしかにそうかもだけど……。
嫁? キミもか?
というか近所の店全部その日は閉めて神見物に行くのか?
仕方ないなあ。
じゃあ皆で行くか。
神様に会いたいかー!?
おー!!
* * *
そうして到着しました会場に。
ビックリするほどの人だかり。
これ全部、同じ目的で集まっているというの?
やはりそれだけ神という存在は大きいということか。
向こうの方で一際珍妙な集団が陣取っていた。
「今こそ神が降臨し、邪悪な魔族を撃ち滅ぼしてくださるであろう!」とか言いつつ太鼓打っていた。
……神が現れるとなると、あんなカルト思想家まで引き寄せてしまうんだなあ。
教団の残党かな?
あんなヤツらにとって神は無条件に味方だと思い込んじゃうんだろうなあ。
まあいいや。
重要なのはヤツらより、現れるという神様なのだから。
会場には、領主であるダルキッシュ様と共に数人が集って何やら話し合っていた。
我々見物客は、領兵に遮られて一定の距離から近づくことはできないが。
やっぱり噂は真実なのだなあと来た瞬間思った。
今日この場に神はやって来られるのだ。
……何故そう思うかって?
では、その確信的な根拠を発表しよう。
会場で集まって、領主様と懇々話し合っている人物の中に……。
ノーライフキングがいた。
無論私は最初わからなかった。
中層階級とはいえ極々一般的な人族である私に、ノーライフキングの目撃経験などあるわけないのだから照合しようがない!
しかし見物客の中から「あれ? ノーライフキングじゃないか?」という訝しげな声が出たら、それはもう信じるしかないではないか。
しかも声を上げた人物が有名人で、A級冒険者のマタハッサーン様だと知ればなおさら。
あれがノーライフキング!?
世界二大災厄の一方で、永遠の命と引き換えに人であることを捨て去った禁忌の大魔導師!?
アンデッドの王!?
あれが目撃された地区では集落が最低五つは滅ぶと言われている、最悪の中の最悪!
そんな超怪物をこの目で見る日が来るなんて、長生きするもんだなあ!
そんな超怪物をこの目で見た以上は、今日が私の命日かもしれないけど!
とは思ったが、その問題のノーライフキング、我らの人だかりに気づいたのかこっちを向いた。
ギャー!
ノーライフキングと目が合った!?
こええええええッ!?
野次馬の中には本気でビビッて逃げ出そうとする者さえいたが、意外にもノーライフキング、こちらへ向けて手を振る。
『皆さん、こんにちわー。トマクモアが千年ぶりに人間国へ帰ってきましたぞー』
ノーライフキングから気さくに挨拶された!?
意外にいい人なの!?
とっても気さくで親しみやすそう!
しかも今トマクモア様って名乗られました!? それってもしや伝説の反教団の義士!?
……とまあ、前置きが長かったが、要するにだ。
ノーライフキングなんて究極の怪物が居合わせるんだから、神だって出てくるだろうという気分になる!
きっと神も降臨されるのであろう!
誰もがそう納得した。
中にはもうノーライフキングを見ただけで『来た甲斐があった……!』と満足している者もいたけれど。
会場側で、一際何の変哲もない普通そうな若者が言った。
「では先生、お願いします」
『承知』
ノーライフキングが要請に応えた!?
不死の王に言うことを聞かせられるなんて何の変哲もない青年凄いな!?
何の変哲もないのに!?
『にゃー』
ノーライフキングの放つ呪文(?)と共に、空間が歪み始める。
そして現れたのは……。
『デメテルセポネちゃん、おひさー』
『会えて嬉しい! ……あら、マニキュア変えた?』
本当に神現れたーッ!?
神々しい!? 輝かしいッ!?
あれ? でも待って違う?
現れた二神は地と海の神であって、我ら人族が崇める天の神とは違う。
あっ、ほら太鼓バンバン叩いてた教団残党ガッカリしてる!?
しかし、望みは断たれたわけではなく……。
『では次に天母神ヘラを召喚いたしましょう』
ノーライフキングが言ったので下がりかけたテンションが俄かに回復の兆し。
再び召喚の儀が執り行われ、現れた我ら人族の守護神! 天空の神! その王ゼウスの妻にして、つまりナンバーツーでもある。
私たちにもっとも馴染み深い天神が現れて、ついに見物客たる我々のテンションは……。
『わたくし以外の女は皆等しく死に絶えればいい』
……本格的にダダ下がりになった。
* * *
天の神様ヘラと他の神様との会談はそれはもう酷いものだった。
天神の、地上の人々への思いやりのなさ。欠片もねえ。
それに対する地と海の神様たちの慈悲深さが比べられて余計に酷さが目立つ。
それまで「天の神こそ世界の主!」と騒ぎ立てていた教団残党も意気消沈し、「オレ、信徒やめるわ……」「オレも……」と絶望していた。
神々の会談は聞くに堪えなかったが、代わりに神を召喚して仕事を終えてしまったらしいノーラーフキング様が、こっちに寄って来たので触れ合った。
「あれ先生? 一般の人に近づいて瘴気大丈夫なんです?」
『聖者様、ワシも昨日までのワシではありませんぞ。あれから工夫を重ね、時限式ながら瘴気を消し去る魔法を新開発したのです!』
「おお! 凄い!」
『呪文名は「ファ・ブリーズ」としました』
神様がガッカリだった分、この優しげなノーライフキング様への人気爆発。
皆で列をなして握手を交え合った。
私もノーライフキング様と握手した。感動した。
中には生まれたばかりの赤子を連れてきた若母もいて……。
「神様にこの子の誕生を祝福してもらおうと思ったのですが……」
『女の子ですな? ならばヘラ神には見せぬ方がよいでしょう「ゼウスから見向きもされないブスに育ちますように」と呪詛を受けますぞ』
皆で納得して頷いた。
* * *
こうして一生に一度の神様を拝する機会は、非常にガッカリな結果に終わってしまったがノーライフキング様のおかげで何とか持ち直した。
ヘラが『ケーキもっと食べたい』と言いながら他の女神たちに押し込まれて退場していったのには本当にガッカリした。
帰ったら家に置いてある祭壇を片付けて、地の神を崇拝するものに替えよう。
息子に言って地の神と海の神用祭具を店に置くようにしよう、きっと売れる。
ところで。
この日なんで神が呼ばれたか、その理由が最後まで不明だったが、何でも世界三種族の間でも結婚して子どもを作れるようにと神にお願いするためだったらしい。
それが判明したのが、ダルキッシュ様が娶られた魔族の奥方が妊娠されたことからだった。
何にせよめでたい。






