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302 天の王妃

 今一度。

 先生の召喚魔法によって空間が歪み天が割れる。


 ただでさえ地母神、海母神の神気によって張りつめていた空気が、さらに軋みを上げた。


 現れたのは、先二神に勝るとも劣らぬ美麗な女神だった。

 神聖にして魅惑的。

 ただ地のデメテルセポネ、海のアンフィトルテと比して若干派手な印象があった。

 太陽光を反射する鏡みたいなギラギラした派手さだ。


 そんな輝きをまとう女神こそ天母神ヘラ。


 三つの神の系統のうち天の領域を支配する天神に属し、その長である天神ゼウスの妻であるとも言う。


 天母神ヘラ。

 地母神デメテルセポネ。

 海母神アンフィトルテ。


 三界のそれぞれの母なる神が一堂に会する。


 まず最初に口を開いた、神ヘラ。


『わたくし以外の女は皆等しく死に絶えればいい』


 一言目から全力剛速球だった。


『さすれば、わたくしの愛するゼウス様がわたくしだけを見詰め続けてくださるでしょうに』

『うん、これが彼女だ』

『相変わらず清々しいまでのクズっぷりで安心したわ』


 アンフィトルテ女神とデメテルセポネ女神が納得したように頷いた。


 いや頷いていいのこれ!?

 ぶっちぎりで不穏当なこと言ってるんですが。


『聖者さん。このヘラはねえ嫉妬深いことで有名な神なのよ』

『そのくせ夫神のゼウスは超がつく浮気者だから最悪の組み合わせ。過去、何百という人類の女がゼウスに手籠めにされてからヘラの嫉妬に狙われるという理不尽コンボの被害を受けたか……!』


 最悪じゃないですか。


 しかし目的を達成するためには彼女の協力が必要不可欠。そうでなきゃこんな面倒くさいの呼ばないだろう。


 何とか上手く説得して、人族魔族人魚族どんなカップルでも結婚して子どもを作れる世の中にしないと。


    *    *    *


『嫌ですわ』


 途中何度もキレそうになりながら、ヘラ女神に今回の趣旨を説明し協力を要請したが、一言で拒否された。


『えぇー!? なんでよ!?』

『人類の領域は、あらゆる垣根を取り払われつつあるわ。人族も魔族も人魚族も、祖神は違えども同じ世界に生きる仲間なのよ』

『そうよ、愛し合うカップルに種族関わりなく赤ちゃんを生ませてあげたいじゃない!!』

『そのためには万象母神ガイアより、それぞれ母性を託された私たち三神が合意して世界の設定を替えなきゃダメなの。アナタの合意も不可欠なのよ?』


 協力してヘラを説得する女神たち。

 しかし効果は今一つ。


『わたくしはその考えに賛同できません』

『だからなんで!?』

『子どもがたくさん生まれると言うことは、この世界に人類がとめどなく増えるということですよ』

『いいことじゃない』

『まったくよくありません』


 何がいけないというのか?


『人類が増えれば、見目美しい女も増えるということで、ソイツらとゼウス様がまた浮気するではありませんか』

『知るかそんなこと!?』


 この女神は夫の神様以外何も目に入らんのか。

 いいのかこんなのが神様で?


『まあ、夫の浮気相手を自動的に殺す機械とでも認識しておけば憎悪も湧かないわよ……』


 湧くよ。

 問題がありすぎるよ天の神。


『まあまあ、ヘラちゃん? よく考えてみてよ……!』


 アンフィトルテ女神がなおも果敢に言い諭す。


『これはアナタにとっても有利な話かもしれないわよ? 異種族間の恋愛を解禁したら、人類の間でも結婚率が上がるでしょう? ひいてはアナタのクソ夫の毒牙にかかる女も減るってことじゃない?』

『何故です?』

『へ? 何故って、結婚したらもう他の男と恋愛できなくなるじゃない。当たり前のことでしょう?』

『はっ、アナタはとんでもないマヌケですね。わたくしが重要なことを教えて差し上げましょう』


 ヘラは、自信たっぷりに断言した。


『わたくしのゼウス様は、相手が未婚だろうと既婚だろうと見境なく手を出します』

『そういやそうだ』

『アンタの旦那マジ最低だわ』


 アンフィトルテ女神やデメテルセポネ女神だけでなく、傍で見守っている俺やダルキッシュさん。

 周囲のギャラリー、皆等しく呆れの溜め息をついた。


 凄くガッカリな状況だった。


 先生なんか早々に見切りをつけて、ギャラリーとの触れ合いイベント開始し、祝福を与えたり新生児の名付け親になったりしていた。


『いや、もうあの邪神が幽閉されて本当によかったわ』

『ヘパイストスちゃんの作った迷宮に閉じ込められてんでしょう? あの子の作品なら安心だわ。向こう五万年は外に出すなって伝えておいて』

『そんなッ!? 閉じ込められたゼウス様が可哀相だと思わないのですか!? 解放運動に協力してくださいまし!!』


 絶対嫌だ。

 これまでの話を聞いた者なら誰でもそう思う。


『勘違いなさらないで……ッ! それでもわたくしはゼウス様を心から愛しているのです!! ゼウス様の浮気性なところも心底愛しているのです! でも浮気されるのは嫌だから世界中の女を皆殺しにしたいのですがどうでしょう!?』


 させるかよ。

 ここまで愛というフレーズが空々しく聞こえたことはない。


『……ぎゃーッ!? もう無理! コイツと話してると頭の中がぐんにゃりするーッ!?』

『わかってはいたけど、このサイコ女を説得するなんて土台無理なようね……! こうなったら最後の手段!』

『聖者ちゃん!』

『アナタに託すしかないわお願い!!』


 二女神は俺へと振ってきた。

 一応そういう手はずだったが……。女神たちで説得できなかったら俺の出番という。

 でも俺が、どうやってあのネジの緩んだ女神を説得できるというの!?


「あのー、すみません」


 とりあえず女神ヘラに話しかけてみた。


『あら何かしら? 人類の男なんかが話しかけないでくださる?』

「女だけじゃなく男まで嫌いなんですか?」

『ええ、我が夫のモットーが「ブスと男に存在する価値はない」ですので』


 邪神め!!

 いや、今は話が逸れるので放っとこう。

 問題はヘラ女神を説得する本題だけに集中する。


「お話にも疲れたでしょう? 休憩いたしませんか?」

『休憩ですか?』

「ええ、女神様のために美味しいお菓子をご用意しました。それを食べてリラックスされては?」


 そう言って俺は、あらかじめ農場から持ち込んでおいた新作お菓子を取り出した。


「チョコレートケーキでございます」


 最近知り合ったカカオの樹霊カカ王の全面協力を得て作成した新作お菓子。

 ヴィールやプラティの追及をかわして、何とかここまで持ち込んだ。


『なんですこれは? 黒い? 本当に食べられるんですか……?』


 チョコレートケーキの外観を警戒しつつ、それでも根本的に行儀がいいのか勧められた食物を抵抗なく口に入れた。


 フォークでケーキを小さく切り分け、上品に口に運ぶ。


『うまああああああああああッッ!!』


 美味い頂きました。


『何ですの!? 美味しい!? 美味しいですわ!! 口の中でフワフワする生地に、強烈な甘みと苦味が混在するクリームめいたものがッ!!』

『あー、知られちゃったか……!』

『天神に、あそこの食物の存在を知られたくなかったから、最後の手段だったのよねー』


 他の二女神、渋い表情であった。

 ただ彼女らもチョコレートケーキを食べて表情を緩めた。


『お菓子が美味しいからとってもいい気分ですわ! 今ならどんなお願い事も叶えてあげられそう!』

「では、人族が他の種族と結婚して子どもを作れるようにしてください」

『いいわ』


 あっさりすぎる!?


 こうして三母神の合意が取れ、世界の設定は変わった。

 あらゆる種族が分け隔てなく愛し合い、子孫を残すことができるようになったのだ。

 世界は融和へとまた一歩近づいた。


『はー、よかったよかった』

『たったこれだけのことなのに随分苦労させられた気がしたわ……!』


 アンフィトルテ女神とデメテルセポネ女神、疲労困憊の溜め息をついた。


『ねえねえ、このケーキとやらは何処で作られているんですの? ゼウス様のために、その地を祝福して天神以外踏み込めないようにしたいのですが?』

『はいはーい、用が済んだらもう帰ってねー』

『あら? どうしたの? せっかくだからもっとたくさんお話しましょう? あら? あーらーーーーーー?』


 ヘラ女神。

 二女神によって強制的に現界を解かれ、天の神界に帰らされてしまった。


『農場の存在を天神のヤツらに知られるのだけは絶対ダメ!』

『そうよね、ヘルメスちゃんに頼んで全力で誤魔化してもらいましょう!!』


 目的は果たせたものの、あとには言い表せない疲労と空虚感が残るのだった。

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