298 セイレーンの歌声
「Sie kammt es mit goldenem Kamme, Und singt ein Lied dabei; Das hat eine wundersame, Gewaltige Melodei......」
シーラ王妃が歌いだす。
その歌声は、不思議なことに海中でも響き渡った。
海水をシャボン玉によって遮断された、空気中の俺の耳にまでクリーンに聞こえてくるほどだった。
「何……、この歌、普通じゃない……!?」
「何をしておるバカ弟子! 魔法薬でガードするのじゃ!!」
対戦中のパッファと、たった今闖入してきたゾス・サイラは過去師弟関係にあったという。
そんな旧師の助言でパッファは咄嗟に反応した。
魔法薬入りの試験管を割って、前面に氷の盾を形成する。
その氷の盾が一瞬にして砕け散った。
衝撃にパッファ、吹き飛ばされる。
「うぐああああッ!?」
「危なかった……! もう一瞬遅れておれば直撃を食らうところであった……!」
師弟の縁が不思議なところで活きてきた。
「年増魔女! 一体何が起こっているの!? ママは一体どんな手段でパッファに攻撃しているの!?」
「年増言うなあ! 大体年齢ならシーラ姉さまの方が上なんじゃぞ! なのに存在自体を秘密にするから、わらわが六魔女最年長になっとるんじゃ!」
「そこはどうでもいいわよ! 解説! そのために来たんでしょう!?」
プラティの強引さよ。
仕方なくゾス・サイラは解説する。
「……聖唱魔法は、歌声で魔法を操る術式じゃ。陸人の魔法は呪文とかいうので発動させるじゃろう? あれに近いものじゃな」
たしかにシーラ王妃はさっきからゴキゲンに歌いまくっている。
その間パッファはずっと、見えない何かに殴りつけられるかのように衝撃を受け、後退している。
「さっきアンタは、その聖唱魔法ってのが人魚族本来の魔法って言ってたわよね?」
「かつては人魚も陸人と同じように、言葉で魔法を操ったんじゃ。音律も加えてな。しかし人魚族は、陸人より遥かに魔法への適性があったのじゃろう。聖唱魔法の威力は他を遥かに凌駕し、世界を崩壊させんばかりだったそうじゃ」
人魚国から離れて独自の研究を行っているらしいゾス・サイラは、誰も知らないようなことを知っている。
「重く見た海の神々は、人魚族から聖唱魔法を取り上げ封印した。だが何も持たぬでは可哀相だと、代わりに薬学魔法や巨大魚ジゴルを与えたもうたという。遥か昔の話じゃ」
「その話が事実だとして、なんでウチのママは滅びたはずの古代魔法を使えるのよ!?」
「先祖返りってヤツじゃろう? 詳しい経緯はわらわにもわからんが、シーラ姉さまは生まれながらに人魚族のもっとも強力で危険な力を授かったのじゃ!」
ゾス・サイラの話によれば、幸か不幸か巨大な才能を持って生まれたシーラ王妃は、みずからの力に振り回されるように粋がっていたという。
少女時代のゾス・サイラ当人も、出会ったその場でボコボコにされた挙句、無理やり舎弟にさせられた。
そんな凶行も、宿る力の暴走にて容易く行えるのが、若き日の魔女シーラ・カンヌだった。
「『自分の歌声しか響き渡らない無明の世界にする』とかわけわからんこと抜かしてのう。わらわやカープに大術式を組ませてマジで世界を壊そうとしたこともあったんじゃ。もちろん途中で阻止されたけども……」
「阻止!? 一体誰が……!?」
「すぐそこにおるじゃろう、ほれ」
ゾス・サイラの視線を追うと、そこには年経た巨漢人魚。
「人魚王様……?」
「若き日のその男が、それはもう強引に姉さまを口説き落としてやめさせたんじゃ。世界崩壊をな。わらわたちも姉さまに逆らえんから大助かりだったが……」
そんな壮大な過去話が……!?
人魚はいつでも熱烈な恋してるな。
「もっす」
「このブ男はな、みずからの言葉と引き換えに誓約を得て、シーラ姉さまの聖唱に対抗する力を得た。それによってシーラ姉さまの懐まで入ってコクりまくってOKを勝ち取ったのじゃ」
人魚王陛下すげぇ。
「以来『もっす』しか言えなくなってしまったがそれぐらいでシーラ姉さまを止めやがった恐ろしい男じゃ。しかし今再び姉さまが聖唱魔法を使うとは、また世界の危機が到来しても知らんぞえ!?」
ゾス・サイラは過去の当事者ゆえに、怯え方が迫真だった。
そうこうしている間も戦いは続いている。
しかしもはや戦いとは言えない。
シーラ王妃の魔法の歌が、パッファを一方的に蹂躙するだけだった。
「Den Schiffer im Kleinen Schiffe Ergreift es mit wildem Weh; Er schaut nicht die Felsenriffe, Er schaut nur hinauf in die Hoh'......」
シーラ王妃の聖唱魔法は、歌っている間は常に効果を発揮するらしく、渦巻く海流にパッファは今にも削り潰されそうだ。
「このおおおッ!!」
パッファは一気に六本もの試験管を投げつけたが、海流に弾かれて何も効果を表さなかった。
「絶対零度の魔法薬が……!? アタイの最強劇薬すら効かないのかよ……!?」
それでも、ここまで持ちこたえたのはパッファが類稀なる強豪の証明だろう。
人魚でも人族でも魔族でも、並の使い手なら三秒ともたずに終わっていた。
しかしそれも、もはや支えきれない。
「Ich glaube, die Wellen verschlingen Am Ende Schiffer und Kahn; Und bas hat mit ihrem Singen Die Lore-Ley getan......」
聖唱が作りだす激流に飲み込まれる、その寸前……。
「りゃああッ!!」
裂帛の斬撃が、海流を引き裂いた。
「ッ!?」
「あ、アンタッ!?」
シーラ王妃も、突如の事態に歌を止める。
「アロワナちゃん、どういうつもり?」
そう、勝負に割って入ったのはアロワナ王子だった。
いつだったか俺が拵えた半月刃の矛を振り下ろして海流を斬り裂いた。
凄まじい斬撃だ。
あんな威力を出せるようになっていたなんて。
「アロワナちゃん、これはアタシとその子の戦いよ。邪魔をしてはいけないわ」
「いいえ、邪魔させていただく。何故ならこれは私の戦いでもあるからだ」
「何ですって?」
「この戦いには、私とパッファが一緒になれる未来が懸かっている。である以上、私も戦わぬわけにはいかぬ。妻にばかり働かせるヒモ男と誹りを受けるわけにはいきませぬゆえ」
そう言って矛をかまえる。
「ゾス・サイラ殿の話を聞き、益々父上への尊敬が湧きました。愛することに直向きになること見習わぬわけにはいきません。だからここは母上に矛を向けさせていただく!」
『そういうことなら……』「あーしらもやるっしょー?」
!?
若きカップルを庇護するように、ドラゴンと天使が現れた。
あれはアードヘッグさんとソンゴクフォン!?
『旅の途上、我らは常に力を合わせてきた。今回もまた例に倣おうではないか』
「あれがラスボスってことでよろしいっしょー? やったれぁー」
アロワナ王子と共に旅した仲間が、またも一丸となって……。
……あ、ちゃんとハッカイもいる。
あのパーティで唯一水中行動不能だから普通に溺れてる!?
頑張れハッカイ!
キミも旅の仲間だぞ!!
「…………」
シーラ王妃は、少しの間だけその一団を見詰め、そしてすぐに後退した。
「ずるいわねぇ、そんなに一致団結されたらアタシが退くしかないじゃないの」
「母上……」
「それともアロワナちゃんは、そんなにたくさんの友だちと一緒にママを袋叩きにしたいの? 酷いわ、ママ悲しくて泣いちゃいそう……!」
「いや、そんなことは……ッ!?」
泣くジェスチャーを見せられ慌てるアロワナ王子。
男は何歳になろうと母親に弱い。
「……これは、勝負終了ということでいいのかな?」
「もっす!」
一時はどうなることかと思ったが。
思った以上の最強ぶりを見せるシーラ王妃に、仲間の絆という裏技で勝利できたパッファたち。
「やったー! 勝ったー!!」
「ガイザードラゴンに勝った時より嬉しい!!」
パッファたちが喜びに沸き返る外で、シーラ王妃は一人スッと離れた。
俺たちのいる観客ゾーンにくる。
「……酷い茶番を見たわよママ」
「……」
容赦ない軽口を飛ばすプラティ。
こういうところ本当にプラティだが、その母であるシーラ王妃は何も答えなかった。
「あんな簡単に引くなら、最初から反対しなきゃいいのに。アタシたちにバラしたくない秘密までバラして一体何がしたかったのよ?」
彼女が『暗黒の魔女』であることも今や白日の下。
シーラ王妃は、やがて押し込めるのも我慢できぬという風に語りだした。
「だって……、だって……!!」
「ん?」
「だってアロワナちゃん取られたくなかったんだもの!!」
そう叫ぶとあとは人魚王陛下に抱きついて泣きじゃくってしまった。
会話不可能。
彼女にとってアロワナ王子は息子。一番最初に生まれた男の子だ。
いつまでも自分だけのものだと思っていたのが別の女のものになってしまう。わけもなく反対したくなる。
「……たしかに、今ならアタシにもわかるわ」
プラティは、ジュニアを抱きかかえながら言うのだった。
「ジュニアが大きくなって……、知らない女を連れてきて『この子を嫁にします!』なんて言い出したら……。……その女絶対殺すわ」
「やめてね?」
母親には母親の、息子への名状しがたい想いがある。
男には永遠に理解しがたいものになるのだろう。
さて。
戦いも終わったということで、そろそろハッカイをレスキューしないと。
さっきまで慌ただしくもがき苦しんでたのが、今もうピクリともしてない!
* * *
ハッカイは何とか人工呼吸で息を吹き返しました。
人魚国の都へと戻り、再び団欒ムードに。
ただ中途で新規参入したゾス・サイラが、シーラ王妃様に絞められております。
「ゾスちゃんは、いつからそんなにお喋りになったのかしら? 女の過去を触れ回るって品がないと思わない?」
「あだだだだだッ! わらわは! 当人からは明かしづらいことを代弁しようと思って! だってケアするしかないでしょうアナタが本気でキレたら世界が消えるんだから!」
ゾス・サイラってあんな苦労人だったんだ……。
同情する。今度農場に遊びに来た時は、もうちょっとオークボと二人きりの時間を確保してあげよう。
「でも驚いたわ、アロワナちゃんのカノジョがゾスちゃんの教え子だったなんて」
そのゾス・サイラに極めるチョーク・スリーパーを少しも緩めずシーラ王妃は言う。
「早く言ってちょうだいよ。アタシにとってゾスちゃんは妹のようなもの。そのゾスちゃんの弟子と言うことは、いわばアタシにとって姪っ子のようなものじゃない」
その妹に匹敵する存在が呼吸できずに死のうとしておりますが?
「そんな子なら、安心してウチのアロワナちゃんをお任せできるわ。マジメすぎて融通の利かない子だけどヨロシクね」
「やったー!」
あっさり決まった。
これまでの騒動は何だったのかと。
「やったなパッファよ! これで我らは晴れて夫婦に!」
「今すぐにでも式を挙げよう! あと子どもも! プラティとの遅れを広げてなるものか!!」
すっかり挙式ムードの二人。
こりゃあ息つく暇もなく慶事が続きそうだなあ、と思ったが。
「あら、結婚はまだできないわよ」
「「え?」」
王妃様からの言葉に、カップルの興奮が止まった。
「何をおっしゃるのです母上? 母上も我々のことを認めてくれたのではないですか?」
「アタシが認めたのはアナタたちの仲であって、結婚までは認められないわよ。というかアタシやダーリンが認めても世間が認めないでしょう?」
「「ええッ!?」」
アロワナ王子は将来人魚王になるのだから、当然結婚にも社会からの承認がいる。
「ほら、魔女なんて呼ばれる子は大抵札付きで、世間からの風当たりが強いでしょう? アタシも魔女だったからわかるのよ?」
「うえええええ……?」
「アタシがダーリンと結ばれるまでにも、相応の苦労があったわ。パッファちゃんにも人魚王妃に相応しい女になるために頑張ってもらわなきゃね?」
正論すぎてぐうの音も出ないヤツだった。
パッファなんて元々は囚人だったわけだから、益々そこを無視して王様と結婚するなんてできないわな。
「そうだ、アナタ、プラティちゃんの旦那様の農場にいるんでしょう? そこにはウチの若い子たちが勉強に行ってるはずだから、授業してあげたら?」
「なるほど! 将来有望な少女人魚に教導することで人望を勝ち取れば、兄さんと結婚するのに有利に働くものね! ママ、ナイスアイデア!」
プラティまで乗っかって、パッファの農場生活続行がほぼ確定となった。
アロワナ王子とパッファの結婚への道のりはまだ遠い。






