29 プラティの過去
「御見それした」
ぜんざいを食べ終わって、プラティの兄アロワナ王子は頭を下げた。
「ドラゴンを従える武力。あのように大きな倉、未知の料理を拵えられる叡智。いずれも、この世界にありえぬものだ。よほど名のある賢者か聖者とお見受けする」
「あ、いや、俺はそんな者じゃ……!」
「我が妹が惚れこむのも納得だ。どうか末永く妹のことをお願いしたい!!」
そう言えばそういう話だった。
プラティ本人が強引に押し掛けてきて、以後なし崩し的の共同生活。
もはや事実婚みたくなっているし、俺自身今ではプラティがいなくなると大変困ることが山ほどある。
しかし……。
「本当にそれでいいんでしょうか?」
「何言うの旦那様!?」
「プラティ」
俺は彼女に呼びかける。
「俺はキミが人魚の国の王女様だって今日初めて聞いた。それだけの地位ある者なら、結婚相手も簡単には決められないんじゃないのか? たくさんの人の思惑が絡むんじゃないか?」
「絡まない!!」
「おうッ!?」
あまりに強い語気だったので、俺の方がビックリした。
「アタシの結婚は、アタシと旦那様だけが納得すればいいの! 他の思惑なんて知ったことじゃないわ! いいえ、絶対に絡ませない! アタシの人生はアタシのものなんだから!!」
「落ち着きなさいプラティ……!」
アロワナ王子がプラティを宥める。
何だか初めて兄らしいことをしている感じ。
「その様子では、聖者殿。妹の事情については何もご存知ないようで」
聖者様じゃねえっつーの。
先生といい、なんで皆俺のことを聖者呼ばわりしたがるのか。
「プラティが言いたくなさそうだったので、強いて詮索することは……」
「気遣ってくださっていたのですね。本当に妹を大事にしてくださっている。ですが、真実妹を娶っていただけるならば避けて通れない問題。妹が話せぬなら我の口からお話ししましょう」
それは、人魚姫プラティの波乱万丈物語だった。
* * *
その話の要点をぶっちゃけて先に言うと、人魚の国のお姫様が超有能だった、ということだ。
人魚族が得意とする薬学魔法。魔法薬を作る腕が三百三十三年に一度と言える天才、それが人魚姫プラティだった。
なんだその中途半端な年数は? と話の途中で突っ込んでしまったが、アロワナ王子が言うには三百三十三は人魚族にとって聖なる数字で、ことあるごとに使われるらしい。
話が逸れた。
ともかくもプラティは、魔法薬作りの天才で、そっち方面の常識をいくつも覆したのだという。
そんな天才が、現王の娘。お姫様。
さらに美人。
とくれば然るべきものが来るのは然るべきことだった。
結婚の申し込みだ。
能力、血統、美貌のすべてを兼ね備えた人魚麗姫を、是非とも我が妻に。
そんな申し出がひっきりなしに王宮へ届けられたという。
人魚の王様も、自分の娘が引く手数多なのはいいことだと最初の方は上機嫌だった。
しかし途中からそうでもなくなってきた。
プラティとの結婚を願い出る人物の中に、人魚以外の種族まで交じり始めたからだ。
人族、魔族。
地上の強大勢力が一派ならず、噂に名高い人魚姫の嫁入りを求めてきた。
けっして美しく賢い妻だけが目的ではなかった。当然のように裏の思惑もあった。
これを機に、人魚族という一大勢力そのものを自分の陣営に引き込んでしまおうという目論見が、その裏にあった。
* * *
「……陸人は、もう数百年も不毛な戦いを継続している。魔族と人族の争いだ」
らしいですね。
元々俺が異世界召喚された理由もそれだったようですし。
「地上の覇権を巡って、どちらかの種族を滅ぼすまで争い続ける。正直言って、我ら人魚族には何の関わりもない!」
人魚族の領域は海中であり、地上とは別世界。地上の覇者に誰がなろうと知ったことではない。
好きにするがいい。
と、人魚族は人族と魔族の争いに中立的立場をとって非干渉だった。
その状態が数百年続いた。
その均衡に変化をもたらしたのが、他ならぬプラティだった。
「プラティを嫁入りさせ、その誼を元に人魚族全体を味方につける……。人族魔族、双方とも真の狙いはそれだ。自族と人魚族の二種族をもって、敵を挟み撃ちにして、攻め滅ぼそうと」
「うわあ……」
「プラティの縁談話を通じて陸人は迫っているのだ。『人族、魔族。どちらの味方をするかハッキリ選べ』と」
「両方を選ばなかったら?」
「両方の敵になったとみなし、集中攻撃を加えると……。その恐れから国は混乱し、プラティをどちらの種族に輿入れさせるかで大論争が起きている」
その論争が高まりすぎて、今にも内紛に発展せんばかりなんだと。
「このままでは人魚国は崩壊だ。プラティは王女として、自分を原因に起こった国難を治めようとして姿を消したのだろう……!」
「お、おう……?」
「自分さえいなくなれば魔族も人族も介入の口実を失い、人魚国は安泰だと……! プラティも人魚の姫。王族として人一倍の責任感と、国を想う心がある。その心が、妹に出奔などという行動を起こさせたのだろう」
プラティにそんな悲壮な覚悟が……!?
……うん。
ないな。
「そして、逃げに逃げた海の果て。海岸線すら越えた陸の上で聖者殿、アナタと出会った。今となっては妹が何故、ここを隠遁の場所に選んだかわかります」
「わかるんですか?」
俺にはまだよくわかりませんが。
「聖者殿。アナタは俗世を離れ、種族間の戦乱とはまったく無縁の暮らしをなさっている。妹もまたアナタと同じように俗世と縁を切り、政局に振り回される生活から自由になりたいのでしょう。……私は兄として、妹の望みを叶えてやりたい!」
アロワナ王子は、テーブルに自分の額を叩きつける。
「お願いします! ここは是非とも正式に我が妹プラティを娶り、お守りくだされ! 妹を幸せにしてやってくだされ!!」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます!!」
即答であった。
既にプラティと共同生活を進めている以上、彼女の厄介な事情を知ったところで、すべきことは変わりない。
俺はただ、ここでの生活を変わらず続けていくだけのことだ。