297 凍寒vs暗黒
「はああああああああああッ!? ママが『暗黒の魔女』!? ママが!? あの!?」
告げられた事実にもっとも衝撃を受けていたのがプラティだった。
我が母のことだというのに知らなかったというのか。
あとあんまり大声出すのやめてジュニアが泣く。
「『暗黒の魔女』と言えば六魔女唯一の正体不明! 『ジュゴン説』『光の屈折説』『王族が開発した実験生物説』『プラズマ説』『陰謀的捏造説』『異常気象説』など様々な論説が戦わされ、実在から疑われる謎の中の謎!」
そんな不可解極まる存在だったの。
「それがウチのママ!?」
「そらビックリだなあ」
「兄さん! パパ! お前らは知ってたの、この重要な事実をおおおッ!?」
娘兼妹から責められて、人魚王家の男どもは気まずげに身を揺すり……。
「……もっす」「知ってた」
「コイツらああああああッ!!」
プラティ憤慨。
「待て、待つのだ妹よ。別に意地悪で隠していたわけではない。すべては母上のためなのだ!」
「もっす!」
「母上はな、ご自分が『暗黒の魔女』であることを酷く嫌っておいでなのだ。だから誰にも知られたくないし話したくない。私が知ったのも偶然からだ。その時はショックで二晩部屋に閉じこもってしまったのだぞ!」
「もっす!」
言い訳がましく王子は弁明するが……。
そんなに王妃にとって魔女であることは忌まわしい過去なのか?
では何故今、進んでみずから正体を明かした?
「それだけ私とパッファの結婚に反対ということか……?」
「もっす!」
「何故だ? さすがにそこまで全力で拒否されるとは思っていなかった……!?」
アロワナ王子の戸惑いも置き去りにして、事態は加速度を上げて進んでいく。
「いいでしょうわかりました。お義母様を倒すことが結婚の条件ならば、心を鮫にして全力で打ち砕いてごらんに入れましょう」
「アタシを母と呼ぶのはまだ早いわよ? すべては勝負で勝ってから、我が嫁となる資格を示すのね?」
当人たちの間では勝手に決闘ムードが高まっていた。
一体どうなるのだ、この嫁姑問題!?
* * *
で。
決闘するにしても城の中では色々問題があるため場所を移すことにした。
なんと人魚の都である巨魚体内から出て、大海での戦いだ。
これなら周囲に被害が出ないのはもちろんだが、余人の目も絶対に届かず機密性を守れる、という考えもあるのだろう。
俺たちも関係者として観戦を許された。
俺や魔王さんなどの地上人はシャボン玉に包まれての海中観戦だ。
陽光届かぬ海底で、下半身を魚に戻した美女人魚二人が睨みあっている。
「んー、腑に落ちない……!」
俺の横にいる、観戦者兼シャボンを守る係のプラティ。
さっきからしきりに首を傾げている。
一体どうしたの?
「ウチのママが『暗黒の魔女』だってのがいまだに受け入れられないのよ。元々謎めいた『暗黒の魔女』だけど、まさかウチのママだなんて……!?」
「まあ、身内の知られざる一面って受け入れがたいからねえ」
でも王女のプラティだって『王冠の魔女』なんだからそこまでありえない事態じゃないのではないか。
母娘二代揃って魔女。
あり得ることじゃないか。
「そういうことじゃないわよ。言ったでしょう、ウチのママは薬学魔法がからっきしなのよ」
「え?」
「魔女とは、凶悪なまでに優れた魔法薬使いに与えられる称号。でもアタシは、子どもの頃からママが魔法薬を扱うところなんて見たことがない。試験管を振ってるところすら……」
だからこそ母親が魔女であるなど夢にも思わなかった。
家族としてではなく、自身卓越した魔女であるからこそ下した判断が丸ごと裏切られた。
そこにプラティは戸惑っているのか……?
そんな外野の分析はさておき、当事者たちの緊張は高まっている。
「勝つことが条件なれば、全力で打ち砕かせていただきます……!」
「下手くそな敬語なんて使わなくていいのよ? そのガサツな育ちに相応しい言葉遣いできなさい」
「……ッ!? そういうことなら、あらゆる意味で遠慮しないよオバサン!!」
先手必勝。
魔法薬入りの試験管を投げ放つパッファ。
その中身は彼女が得意とする氷結魔法薬だろう。
元々は海こそが故郷の人魚。
ホームで繰り広げられる彼女の戦いは、地上でのものよりずっと流麗でスピーディだった。
「ん?」
魔法薬入りの試験管は、敵たる王妃に届く前に独りでに割れ、中身の魔法薬を流出させる。
海水と混じって大きな氷の塊となって、周囲を漂う。
攻撃じゃないのか?
なんであんな意味のない……?
「パッファお得意の順番だな」
同じく観戦者の列に加わるアロワナ王子が言った。
「ああして障害物としての氷塊を複数配置する。そうして相手の逃げ道を塞ぎ、また氷が発する冷気で敵の動きを鈍らせる。パッファの戦闘法は、見た目に反して非常に理路整然としているのだ……!」
そう言うアロワナ王子も一緒に旅してきただけあってパッファの考えを知り抜いている。
気心の知れた熟年夫婦といった感じだ。
「あれでもうママは退路塞がれたわねー。なんか切り札があったとしても諸共押し潰される状況。パッファってホント見た目に似合わず堅実な戦いするのよねー」
既に詰みの状況が完成しているらしい。
順序立てるが一気に畳みかけるつもりでもあるパッファは、王妃目掛けて魔法薬入りの試験管を投げつけた。
海水を掻き分け飛んでいく。
「これが当たれば勝ちだ!」
本命の攻撃用魔法薬だろう。
それを避けるには周りの氷塊が邪魔になって身動きが取れない。王妃に凌ぐ手立てはない。
その時であった。
当事者ではなく観戦者の俺たちの方に思わぬ闖入者が。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
物凄いスピードで誰かが飛び込んできた!?
俺たちのいる観客ゾーンに!?
危ねえ! 衝撃でシャボンが割れるかと思ったじゃないか!?
一体何が飛び込んできた!? 人?
「うおおおおおお!? マジでシーラ姉さまが戦っとるううううッ!? なんでえええええッ!?」
それは人、というか人魚。
しかも顔見知りであった。
六魔女の一人『アビスの魔女』ゾス・サイラじゃないか!?
六魔女最年長と言われる彼女が何故ここに!?
「アホおおおおッ!? 我が研究所の計測器が異様な海中ゲインを弾き出したから来てみれば! 予感的中じゃあああああッ!? しかも悪い予感がああああッ!」
なんだ!? 何を慌ててるんだ!?
思わせぶりな態度採ってないで有用な情報があれば早く喋れ! それとも露骨な死亡フラグか!?
「ゾス・サイラ。もしかしてアナタ、ママの正体知ってた?」
プラティ言う。
「他の魔女より一、二世代上で、色々知ってるだろうアナタなら。何を慌てているの? 薬学魔法を使えないママが魔女と呼ばれる秘密は何?」
「『王冠の魔女』、ぬしらも来ておったのか。今日はオークボは一緒でないのか?」
「人魚特有の色ボケはあとでいいのよ!」
とにかく絶好の解説役を得て、話はより深まる。
「……シーラ姉さまは、薬学魔法を使えぬのではない。使わぬのじゃ」
「?」
「正確には、魔法薬などという劣化物に頼る必要などないのじゃ」
バゴン! と。
海中でもよく響き渡る破砕音が起きた。
「あまり大きい音はジュニアが起きる!?」
見れば、シーラ王妃を囲む氷塊がすべて砕け散っていた。
彼女へ投げつけられた攻撃魔法薬諸共に。
「!? ……ッ!?」
パッファも、何が起きたかわからない表情。
「パッファの布陣が破られた!? しかもたった一瞬で!?」
恐らくは王妃様の仕業だろう。
しかし具体的に何をしたか誰にもわからなかった。
一部の人間を除いて。
「あれが、シーラ姉さまの使う魔法じゃ……!」
飛び入りゾス・サイラが戦慄と共に言う。
「かつて人魚族の太古に存在し、歴史に埋もれ消えた魔法……。薬学魔法など、それを薄めた劣化版にすぎぬ。神すら恐れ、封印したという人魚族の真なる魔法……」
その名は……。
「聖唱魔法……!」






