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296 嫁姑戦争

「もっす!」

「ダーリンは黙っててちょうだい」

「もっす……」


 人魚王様が即座になんか言ったが即座に奥さんに窘められてシュンとなった。

 恐らくあれは『許可!』という意味での『もっす』だったのではあるまいか。

 すべての意図を『もっす』一言語で表現されても困るのだが。


「……アロワナちゃん」


 王妃様、改めて向き直る。

 アロワナ王子とパッファの息子カップルに対して。


「ママは、アナタのことを心から愛しているわ。アナタの人生は徹頭徹尾幸せなものであってほしいと願っています」

「ならば、結婚の許可を」


 迫るアロワナ王子。


「私も自分の立場は弁えています。敬愛する父と母に祝福されて結婚したいのです!」


 グイグイ押すなあ。

 アロワナ王子のああいう押しの強い気質は、修行の旅で身に付いたものだろうか。

 以前はなかった気がする。


 政策で主導権を握るためにも重大な要素になりそうだなあ。


「そう、ところでパッファさんと仰りましたわよね? 学校はどちらをお出になっているのかしら?」

「……特にどこも。薬学魔法はほぼ独学で修めました」


 薄氷を踏むたびにパリッ、パリッとひび割れる音のような幻聴が、部屋中に響き渡っている。

 なんだこの緊張感!?


「それはいけませんわねえ。王妃が無学者では、国家の体面に傷がついてしまいますわ」

「学校を出ていないだけで無学と決めつけることこそ蒙昧では? アタイの作る魔法薬は、その辺の高学歴エリートより出来がいいですよ?」

「自信家でいらっしゃるのね。世間を知らない小娘ほど気宇壮大だわ」

「これでもアロワナ王子と共に世界を見て回った身。そのアタイを世間知らずと言うなら、アナタの息子の旅も無意味だったということになりますが?」


 ピシピシピシピシピシ……ッ!!


 どこも壊れてないのにハッキリ聞こえる崩壊音!?


 恐ろしい!

 シーラ王妃とパッファの間で凄まじい覇気のぶつかり合いが!?

 おかげで空気が軋んでおる!?


 これがもしや、この世でもっとも恐ろしいものの一つとされる……。


 嫁姑戦争!?


「母上! パッファ! その、落ち着いて、その……!」

「もっすもっすもっすもっす……!」


 人魚王父子はただオロオロするばかり。

 ダメだ男は。


 かと言って、より関係性の薄い俺などが割って入る余地もなければ度胸もないし。

 一体誰が調停を務めるべきか!?


「……ここは、アタシが出張るしかなさそうね……!」


 そう言って名乗りを上げたのは……。

 おお!

 我が妻プラティではないか。


 シーラ王妃の愛娘にして、パッファの悪友。

 つまり彼女が占める、この状況での立ち位置は小姑!


「姑と嫁の間に立って、それぞれの仲裁を行うことこそ小姑の役割! この人魚王女プラティ、たまには王族の務めを果たしてやるわ!!」


 頼もしいぞ我が妻!

 お前の手腕で、この緊張感を少しでも緩和してくれ!


「プラティちゃんは黙ってて」

「プラティはすっこんでな」


 一言にて弾かれてスゴスゴ戻ってきた。

 小姑弱い。


「いいえ、負けないわよ!」


 と思ったら奮起した。


「アタシも今や母親! 母は強し! マザーパワーでジャイアントステップ!!」


 頑張れー。


「ママ! アタシの話を聞いて!」

「だからアナタとのお話は、コイツを始末してからゆっくり……」

「いいから!」


 娘の放つ気迫に、シーラ王妃はひとまず体勢を改める。

 凄いぞプラティ。


「実はアタシも、兄さんとパッファの結婚には賛成です!」


 まずは自分の立場を明確に表明。


「何故って面白そうだから!」


 動機は散々たるものだが。


「……ママは、パッファに学歴がないことから結婚に反対しているみたいだけど。アタシは問題ないと思うわ。何故ならパッファの魔法薬学師としての実力は、人魚国随一だもの!」


 みずからも屈指の魔法薬使いであるプラティだからこそ説得力がある。


「ママも知ってるでしょう、巷で噂の六魔女を?」

「狂乱六魔女傑ってヤツ?」

「フルで言わなくていいから。……ともかく、ここにいるパッファは、アタシ共々六魔女にランクインしているのよ! それこそ彼女の実力を示すもっとも顕著なものじゃない!」


 六魔女に数え上げられることは、実質的に最高クラスの魔法薬使いであると認められたようなものだ。


「それだけでも人魚王妃に相応しいブランドだと思うけど!?」

「でも魔女には『問題児』という意味合いも多分に……!?」

「余計なことは言わんでよろしい!!」


 王妃様も果敢に反論を試みる。


「プラティちゃん、学校で教えられることは魔法ばかりじゃないのよ。礼儀作法や社交の知恵とか、処世術を学ぶ場でもあるの。それは王族にとって何より大切なことなのよ?」

「そうは言っても、アタシだって学校出てないわよ?」


 れっきとした人魚王族プラティ言う。


「最終学歴、マーメイドウィッチアカデミア中退!!」


 誇らしげに言うことか。


「そんなアタシが問題なく王族やれて他国から結婚の申し出まで来るぐらいだから、パッファが王妃になっても大丈夫でしょう?」

「プラティ……!? そこまでアタイのことを擁護してくれるなんて……! お前本当はいいヤツだったんだな……!」


 当事者のパッファが感涙していた。

 さらにその後ろで傍観するばかりの人魚王、人魚王子父子の情けないことよ。


「だってー、アンタみたいなアウトローが将来王妃になった方が国が乱れて面白そうだし?」

「この小姑!?」

「そういえばアタシ、ママがどこの学校を出ているかも知らないわ? 聞いたこともないし、そんなママが学歴で嫁のことをとやかく言う筋合いはないんじゃない?」


 プラティの援護射撃は相当的確なところを突いたらしく、王妃様は反論代わりに溜め息を吐いた。


「……プラティちゃんの言う通りよ。ママも学校に通ったことはないわ」

「やっぱり。ママ薬学魔法からっきしだもんね。学習経験なんてあるわけないと思ってたのよ」


 プラティの読みは恐ろしいばかりであった。

 これで王妃の『パッファに学歴がないから反対』という根拠は崩れる。


「……仕方ないわね。ではそちらの方面からの反対はやめましょう」

「反対自体はやめないのッ!?」


 何故そこまで頑ななのか?


「じゃあ、こうしましょう。パッファさん、アナタ狂乱六魔女傑のお一人だとおっしゃったわね?」

「……はい」

「ならば率直に、魔女としての実力をもってアナタに王妃の資格があるか試してみることにいたしましょう。実戦で」

「は?」


 いきなり何を言い出すのか、とパッファもプラティも首を捻る。

 そして男たちは完全に空気。


「実力を試すってこと? やめといたら? 模擬戦させるにしても、パッファの相手なんてそれこそ同じ魔女でもないと務まらないわよ。マーメイドウィッチアカデミア主席ですら荷が重い」


 物凄い言いようだが、それだけパッファの実力が高いということだろう。


「それなら、魔女には魔女をぶつけるのが一番実力がわかりやすいってことね?」

「?」


 王妃様の言うことは益々意味不明だった。


 六魔女の一人であるパッファを、他の魔女と戦わせるってことか?

 でも誰と?

 プラティ含め他の五人の魔女は全員、パッファとアロワナ王子の結婚に賛成して阻止側に回らないと思うけど?


 ……いや、正確には四人か?

 六魔女でまだ一人だけ正体不明の方がいるんだっけ?


「戦うのはアタシよ」

「?」

「もう随分昔のことになっちゃうけど。このシーラ・カンヌが『暗黒(アドビヤー)の魔女』と呼ばれていた頃のことを思い出す時が来たようね」


 などと思いもしないことを言い出す王妃。


 嫁姑戦争は、今や魔女同士の対決へと突き進もうとしていた。

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