295 人魚王宮
「いや、上手くいったなあ!!」
「ビックリするほどに!!」
アロワナ王子と魔王さんが揃って高笑いしている。
俺です。
この王者二人が並ぶと壮大極まりないんだが。
「狙い通り、不逞の輩五十人を現行犯として検挙できました。それらに泥を吐かせれば、より多くの不埒者どもの致命傷となりましょう」
「人魚国が安定して、よいことだ。我らの友好で結ばれた新時代は、健やかな御世となることだろう」
魔王さん、このために俺とタイミングを同じくして人魚国への電撃訪問を実現されたのだとか。
最初、見慣れたこの人が上陸してきた時は「なんでいるの?」と驚いたものだが、効果は覿面。
『魔族は人魚国に攻め込んでくるのではないか?』という漫然とした不安を一気に吹き飛ばすことができた。
ここで解説。
人魚国には、なんでも人魚王族に反抗する分子が燻っていたらしい。
魔国と人魚国が戦争するかもしれないという不安も、そうした一派らによって煽られたものだ。
そうした連中が増長するようアロワナ王子たちは、あえて隙を作った。
そこへ釣られ出てきたところで一斉検挙。
アロワナ王子の修行の旅には、そんな意味も含まれていたのだ。
「これで明日にでも魔王殿と共に平和条約の調印式を執り行えば、人魚国の安定は確固たるものとなる。不埒な輩も身動きがとれまい」
そういうことを逐一考えながら行動する王族怖い。
俺には想像も及ばない世界だ。
俺の奥さんも王族の一人だが、今は隣で慎ましやかにジュニアのおしめを取り替えている。
このささやかな暮らしが、いつまでも続きますように。
俺たちは既に、人魚王さんたちの家族が日常的に暮らしているお城へ到達していた。
内部は不思議な構造で、屋内にまで川が流れており、人魚たちはそこを泳いで移動する。
岸辺というべき区画も設えられていて、泳ぎ疲れると上がって休憩し寛ぐのだそうだ。
人魚国の都は、総じてそんな感じの構造で、街中いたるところに運河が張り巡らされている。
まるでヴェネツィアって感じの街並みだ。
運河は室内にまで入り込んでいて、人魚たちの通り道となっている。
そんな複雑かつ満ち足りた設備が、一匹の大魚の体内にあると言うのだから改めて驚きだ。
話によれば、この巨大魚の体内はいくつかの区画に分れていて、ここのように半水半陸のハーフエリアもあれば、完全に水で満たされた満水エリアもあるのだとか。
人魚たちは好みで住み分けているんだろう。
益々至れり尽くせりだ。
そんな秘境・人魚の都は最強種ドラゴンにとってすら珍しいようだ。
「ほー! 広いなあ! ここがデッカイ魚の腹の中なんて信じられんなあ!」
「そうですなヴィール姉上」
「こんなにデッカイと、おれたちが元の姿に戻っても大丈夫なんじゃないか?」
「まさしくそうですなヴィール姉上」
「実際に試してみるか!?」
「やってみましょうヴィール姉上!」
やめなさい。
ヴィールとアードヘッグさんがドラゴン形態に戻ろうとするのを慌てて止める。
容積的に問題がなくても、ドラゴン二体が突如現れたらパニックに陥るでしょうが。
特にアードヘッグさんなんか分別ありそうな紳士に見えたのに所詮ドラゴンじゃないか。
あと、王宮では他のプラティ弟妹たちとの再会で賑やかだった。
プラティのとこはアロワナ王子、プラティ、エンゼルの三人兄妹だとばかり思っていたが甘い。
まだまだたくさん膨大にいた。
弟二人に妹四人。
しかも恐ろしいことに、これからまだ殖える予定があるらしい。
人魚王夫妻の仲睦まじさ、留まるところを知らず!
って感じ。
「負けてられないわ旦那様! ウチもこれからさらに殖やすわよ!!」
その遺伝子を受け継いだプラティが対抗意識を燃やすのだった。
「うむ! ウチもアスタレスやグラシャラと共に子だくさん王室を目指すぞ!!」
魔王さんまで感化されている!?
まあ次世代を担う子どもがたくさん増えるのはよいことだから反対表明もしないけど。
富国強兵、富国強兵。
そんな感じで人魚国の滞在は和やかに過ぎていくかと思われたが……。
* * *
「父上、母上、お話がございます」
ここでアロワナ王子が動いた。
そう、今回の訪問はプラティの里帰り、この俺の結婚の御挨拶、人魚王夫妻に孫の顔を見せてあげることの他にもさらなる意義がある。
修行を終えたアロワナ王子帰還の意味合いもあるのだ。
彼こそ人魚王の正統な後継者である以上、こっちの方が重大なんじゃない?
しかし王子は、俺たちに気を配ってなのか、こちらの要件がすべてつつがなく完了するのを待ってくださっていた。
本当によくできた人だ。
「アロワナちゃんにも、お迎えの挨拶が遅れてごめんなさいね。久しぶりに会えてママ嬉しいわ」
「もっす!」
両親共に息子の帰還を喜ばれる。
「修行の成果もあって、強くなったのが見ただけでわかるわ。とても有意義な旅だったようね」
「母上のおっしゃる通りです。陸の困難は、私に様々なことを教えてくれました。これから国を治めていくのに欠くべからざることも……」
「こっちにいらっしゃい……」
「え?」
返事も聞かず人魚王妃は、息子であるアロワナ王子をその胸に掻き抱いた。
今なお若々しい張りのある乳房にアロワナ王子の顔が埋もれていく。
「母上ええええッ!? いい加減そういう戯れはおやめに……ッ!?」
「いいではないの。アナタが赤ちゃんの頃抱かれていたこの胸に、たまには戻ってきてくれても」
二十歳越えた大の男には実にしんどい攻撃だ。
どれだけ成長しようと母親の前では子どもでしかないという事実を突きつけられる!
「こうしていると、アナタが一生懸命アタシのおっぱいに吸い付いていたのが昨日のことのようだわ。本当に可愛いアタシのぼうや……」
「ちょっと待ちな」
母の幸福一杯の王妃様に物申す声。
それは……。
「パッファ?」
アロワナ王子旅の仲間として同席していたパッファだった。
今まで妙に静かだったのに、持ち前の切れたナイフっぽさが露出?
「その扱いは、次期人魚王に対するものとしてあまりに軽率ではないかい? 王は国家の父とも呼ばれる。父親たるものを子どものように扱っては、民からの軽侮の元にもなりかねないよ」
「…………」
ヒィッ!?
なんか王妃様の表情が死ぬほど冷たい!?
しかしその冷たさは一瞬のもので、すぐさま朗らかな微笑へと戻った。
あまりに瞬時だったので、俺一人だけの錯覚かと思えたほどだ。
「アナタの言う通りだわ。アロワナちゃんも、これからダーリンの次を担って責任ある立場になるのだから、相応の扱いをしてあげなくちゃね」
「……ははッ」
「よく諫めてくれたわ。アナタいい子ね、お名前は?」
「パッファと申します。出過ぎたマネをしました」
パッファが敬語で喋ってるうう……!?
この一種独特な雰囲気に、皆が緊張感を持った。
ウチのジュニアまでゴクリと息を飲んでいる。
「……それで父上母上、話の続きなのですが」
「ああ、そうだったわね。アナタが何か喋りたいことがあるのに腰を折ってしまって。何が言いたいのかしら?」
「私もそろそろ、身を固めようかと思いまして……」
その主張に、またしても王妃様の表情が翳る。
「……そうね、アナタも王位につくからには相応の妃を娶らなければ」
「もっす!」
「実のところ、嫁入りの申し出は多く来ているのよ。いずれも人魚国名門の淑女から。この中から選定してもっとも次期王妃に相応しいマーメイドレディを……」
そう言って何やらお見合い写真っぽいものを山ほど出そうとしてくるが……。
「いいえ母上、我が伴侶となるべき者は、既に私の方で決めてあります」
アロワナ王子が言った。
「このパッファこそ、我が生涯の連れ合いとなるに相応しい。どうか父上、母上の許可を頂きとうございます!!」
そう言ってアロワナ王子は、パッファを肩から抱き寄せた。
その瞬間、今度は誰もが気づいた。
人魚王妃から魔王もビックリの禍々しい気が発せられていることに。
……いくさが始まる。






