28 善哉
プラティの兄、アロワナ。
突如彼を我が家に招き入れることになり、歓待スタート。
我が家へ案内した途端、お兄さんに激昂された。
「何だこのみすぼらしい家は!?」
俺たちが寝泊まりしている小屋を見上げて、お兄さん絶叫。
「由緒ある人魚王家の姫であるプラティをこんなあばら家で住まわせているとは! やはり貴様、プラティを下女扱いしているのか!?」
その怒りに対しては『ごもっとも』と反論の余地がない。
元々この小屋は俺一人が暮らしていくために建てたもので、プラティと共同生活するようになってからは、さすがに手狭で建て替えようと思っていたのだ。
女の子が住む場所としても相応しくないしな。
しかし、それを始める前にダンジョン発見だのドラゴン遭遇だの次々に別イベントが起きて、それらの対応に追われるうちにずっと後回しになってしまった。
プラティ自身、文句も言わずにずっと俺と雑魚寝してくれたので、それに慣れてしまったが、思えばそれはプラティに甘えていただけかもしれない。
「仰る通りです。早急に二人で暮らしていくに相応しい家を建て替えたいと思います」
「おう! さっさと建て替ええるがいい……! 建て替える!?」
ここは腰を低くしておいて、相手の言う通りに運んだ方がよかろう。
トラブルを避けるには確実だ。
「建て直す? え? そんな簡単に言っていいの? 我の前だからって見栄を張らなくても……!?」
「お兄様、お兄様」
実の妹のプラティが、兄アロワナの袖をピンピン引っ張る。
「あれを見てお兄様」
「あれ……? うおッ!? なんだあの立派な建物……!? 倉庫!? しかも二棟!?」
プラティにおねだりされて建てた食糧庫だな。
収穫した野菜や、山で採った肉を保管するのでそれなりの大きさになっている。
「何と言う大きさ……! 我が人魚の都にもここまで立派な倉庫はザラにないぞ? しかも何だこの真っ白い壁は!?」
「漆喰ですね。こないだヴィールの山ダンジョンで発見したので、持ち帰って塗ってみました」
昔のお城の白い壁なんかに使われているアレだ。
元々の原料は石灰で、山で産出されるのがヴィールの山ダンジョンでも出てきたって話。
あと海辺で採れる貝殻も材料に加えてみた。
壁の強度を強くするだけでなく防水防火性、保温性、気密性も上げてくれるので、食糧庫の壁にピッタリと思ったのだ。
そしてアロワナ王子が「二棟!?」と言ったのは、新たに建てた醸造蔵を見てのことだろう。
新たに醤油を作ろうと思い立った俺だが、実はもうプラティ製ハイパー魚肥の力で大豆の収穫は完了し、製品作りへ挑戦する段階に移っていた。
さすがに野外や、既にある家屋内で醸造するわけにはいかないので、それ専用の建物を新設。
魔法薬調合室を兼ねたい、というプラティのリクエストから、ちょっと気合い入れて作った。
その内部で、問題の味噌や醤油も順調に作成中だ。今のところ。
「立派な建物でしょうお兄様? 旦那様は何でもできる人なの! 戦っても強いし、農業もできる! 作るお料理も取っても美味しいのよ!」
「うう……!」
「しかもこの食糧庫と醸造蔵! アタシのおねだりで建ててくれたの! だからアタシは決して旦那様から粗末に扱われていないわ! 誤解しないで!」
プラティは晴れやかに言うが、別に彼女の我がままを俺が受け入れたという話ではなく、食糧庫も醸造蔵も必要だから建てたのだ。
作成中にプラティから助言も聞けて助かったぐらい。
しかし、それにかまけて自分たちの住処を後回しにした点は反省だな。
「まあ、たしかに小屋の方へ案内するのも何ですので、食事は外で摂りましょう」
最近は二日と開けずにヴィールがメシをたかりに来るので、外で食べる用にダイニングセットを作成してしまった。
木製のテーブルを囲んでアロワナ王子、プラティ、ついでに人間形態ヴィールも座る。
「ちょうど新作の料理があるんですよ。晩餐にはまだ早い時間ですが、間食にピッタリのメニューなので好都合です」
実は……。
醤油や味噌を作る用に大豆を育てたわけだが……。
あれほど間違えないようにと念じて育てたにもかかわらず……。
小豆が採れた。
我が農場では種まきをせず、我が手に宿った神からの贈り物『至高の担い手』で土を触って念じるだけで、願った通りの作物が伸びてくるんで超便利。
それを利用して、大豆も育てて収穫したわけだが、その時一緒に小麦も育てた。
俺は『至高の担い手』を通して土に念じたさ。
『大豆と小麦よ育て……!』
『大豆と小麦よ育て……!』
『大豆と小麦よ育て……!』
『小豆と大麦よ育て……!』
あれほど逆になるなよと自分に注意したのに、逆に念じてしまった。
おかげで全部ではないが、大豆を育てている一区画で小豆がすくすくと成長。
出来てしまったものはしょうがないと利用法を考えた結果、手元にある材料で簡単に作れるもので……。
ぜんざい。
……がピックアップされた。
小豆を砂糖と一緒に煮込むだけ。
もちろん餅や栗が入っていれば言うことはないが、今はないので我慢。
それをいい機会だとアロワナ王子にお出しする。
「甘い! 美味い!!」
気にいってくれたようだ。
「何だこの濃厚だが複雑な甘さは!? 人魚王族として舌は肥えていたつもりだが、その私ですらこんな上等な甘味は思い当たらぬ……!?」
「そうねー、これはこれまで旦那様が作ってくれた料理の中でもサイコーのヒット作になりそうねー」
「肉や魚もいいが、甘いものはさらにいい」
プラティ、ヴィールからの評判も上々だった。
「ただ、一つだけ許せないのは……!」
「この貴重なぜんざいを消費するヤツが、一人余計に現れたことだ……!」
二人の乙女の瞳に殺気が宿った。
「え?」
その視線が向かう先は、客人のアロワナ王子。
「お兄様? どうしてよりにもよってこんなタイミングで来やがったのです? このぜんざいの材料は予期せぬアクシデントで出来たそうで、量もそんなにないんですよ!」
「ただでさえ人魚女と分け合って食える量が少ないというのに! ニンゲンが怒るから実力で奪うこともできんのだぞ!?」
女性たちの甘味に懸ける情熱というか執着はどこの世界でも変わらんらしい。
理不尽に責め立てられるアロワナ王子を余所に。
これからは小豆も安定生産しなければと心に決める俺だった。