279 世界一受けたい授業
こうして、魔族人族の若手双方が我が農場に留学して共同生活していくことになった。
集められたのは将来国を背負って立つエリート候補生。
彼らがこの場で交流を持ち、人脈を築き上げるのはいいことだろう。
しかし。
我が農場には、人族魔族だけでなくもう一種族、この世界を構成する重大要素がいる。
人魚族。
その可能性溢れる学生たちの集い、マーメイドウィッチアカデミア農場分校である。
人族、魔族、人魚族の三大種族の若手が一堂に会しているのだから益々凄いぞ!
そんな各種族の若者たちが早速交流を持っていた。
「アンタたちの魔王よりぃー、アタシたちの人魚王族の方が凄いと思うんですけどぉー?」
「なにぃーッ!?」
早速ケンカが起きていた。
見覚えのない顔だが、人魚族と魔族の若者が口論になっている。
「だってぇー、ウチのアロワナ王子は、ドラゴンと天使から挟み撃ちにあって生き残ったんだよぉー?」
そういうことあったらしいなあ。
前に人魚学生たちが社会見学と称して、武者修行中のアロワナ王子の下へゾロゾロ転移していった。
そこでアロワナ王子、天使とドラゴンと乱戦してたって土産話に聞いたが、どうしたらそんな状況になる?
というか、どうやって生き残った?
「見縊るな! 人魚の王子ごときにできることを、我らが魔王様がお出来にならないはずがない!!」
「えッ?」
ここでタイミングがいいのか悪いのか。
魔王さんがすぐ傍にいた。
用事も済んだのにさっさと帰らず茶を飲んでいたのが仇になった。
「魔王様! 魔王様ならドラゴンも天使も瞬殺できますよね!?」
「う、ううむ……!?」
夢見る子どもみたいに魔王さんへ迫る。
留学した若手魔族の中でも一際若い子で、魔王さんを見る目がひたすら純粋だった。
「うむむむむむむ……!?」
そんな子に『ふざけんなドラゴンと天使なんか、こっちの方が瞬殺されるわ』と事実をありのままに言うのは『サンタクロースなんていないんだよ』というも同じ。
『お、なんだなんだ戦争か?』
「納豆ですか?」
そして呼んでもないのにドラゴンと天使がやって来た。
足りないものは何もない。
「よ、よかろう! 魔王が最強であることを実際に示してくれるわ!!」
自身子どもが生まれて父性に溢れ返った時期の魔王さんは、期待に抗うことができなかった。
結果として、途中から空気を察したホルコスフォンが後方からヴィールを殴って気絶させつつ、自分自身もやられた振りをして何とか丸く収まった。
こんな風な交流がそこかしこで続いている。
* * *
「でもさあ、具体的に留学ってどんなことさせたらいいの?」
今さらそんな話である。
各種族の優秀な若者を集めたがいいが、そこからどう進めていいかがわからない。
元々若手魔族を招待したのは、思い上がった子らにより高いレベルの世界を見せつけるため。
その目的はヴィールとホルコスフォンのおかげで既に達成されている。
「これ以上何を教えればいいんだ?」
あと農場でできることといったら畑仕事とか狩りとか。
……国の柱石を担う人材にはもっと他に学ぶべきことがあると思う。
「どうすればいいんだろう?」
腕を組んで考えて……。
結局出た結論は……。
* * *
「きーんこーんかーんこーん……」
チャイムは、器具がないので俺が口で言う。
『では授業を始めよう』
先生が言った。
その前には人族、魔族、人魚族の全留学生が机を並べている。
先生って言うとあれだ。
言うまでもないながら言うけどノーライフキングの先生だ。
死者の王にして最強のアンデッド。
世界二大災厄と恐れられる方が教壇に立っておる。
『今日からキミたちの勉強を見てやることになった。聖者様や他の者らが「先生」と呼んでいるので、キミらも倣うがいい。本当の名は忘れた。ワシが生ある存在であったのは遥か昔のことであるゆえ……』
カチカチカチカチ……。
やたらと煩い。
それは三種族の留学生らが、先生の出す瘴気に恐怖して体を震わせ、歯をカチカチ鳴らす音であった。
「……う~ん、皆、恐怖で発狂寸前になって授業どころじゃないな」
思いついた瞬間は名案だと思った。
ウチのメンバーで、ヒトにものを教えるのに打ってつけと言えば先生だからだ。
アンデッドで千年以上生きてるし、その分物知り。
しかも死者の王であるだけに魔法のエキスパート。元々の出自である人族の魔法どころか、他の種族の魔法にも通じている。
この最高峰の智者たるノーライフキングに教えてもらえば、これ以上ためになる授業はあるまい!
……と思ってセッティングしたんだが。
「まさか先生の前で正気を保つだけでも精一杯だとは……!?」
俺たち自身、もう普通に先生と過ごしているので少しも問題に思わなかった。
むしろ先生の優しいおじいちゃん的雰囲気に心安らぐというのに。
「一般のレベルを考慮しなさすぎよ。旦那様は自分のハイレベルぶりも自覚していないんだから」
お腹が大きいプラティから非難がましく言われた。
「ノーライフキングって本来は最上級のアンデッド。自然放出される邪気の濃度も桁違いなのよ。大抵の冒険者は、当てられただけで精神ダメージを負って戦うことなく敗北するっていうのに……!?」
「ここの住人は皆平気じゃない?」
「ここの子たちは平均値が高いのよ!」
農場と一般のレベル差を考慮しなかったのが敗因というわけか。
「いやでもッ! 前に人魚の子たちに授業したことあったじゃん!?」
「あの時も失神者続出だったわよ!」
マジか!?
気づかなかった……!
てっきり授業を静かに聞いていたものとばかり……!
『気にしないでください聖者様』
その先生が、既に教壇から降りていた。
『仕方のないことです。この死なぬ身体になった時から、俗世との繋がりは断たれることはわかりきっていたことなのです』
「先生……」
『聖者様始め、ここにいる者たちが皆温かいので現実を忘れてしまったようです…………』
そう言う先生は、とても寂しそうだった。
あー。
ちょっと待ってください先生……。
「ちょっと待ってください先生!!」
俺が口に出して言うより早く、他の誰かが口走った。
「僕たちは大丈夫です! 授業を続けてください!」
それはリテセウスくんであった。
またアイツか。
「すみません! ヤワな僕たちで! でもすぐに慣れてみせます! これも修行の一環だと思って!!」
いや。
リテセウスくんは留学生たちの中でもかなりマシな方だと思う。
先生の瘴気を浴びながらまともに会話できているんだから。
他の子は歯をガチガチ鳴らして、まともに喋れそうにもない。
「先生は物知りなんでしょう? 是非先生の授業を受けたいです!! だから諦めないでください!!」
『おお……!』
先生、感動しているのかちょっと震えてる。
そして、先生の瘴気で身動き取れない他留学生からは『余計なこと言うなアホ』という無言の圧力が発せられた。
* * *
それから数日後。
「先生! おはようございます!」
「今日も授業よろしくお願いします!」
「ちゃんと宿題してきましたよ先生!!」
全員見事に慣れた。
マジかよ。
随分トントン拍子だが、元々才能あるヤツを選りすぐったのだから成長も早いか。
プラティが薬使ったりして援助したようだが。
『おお、おお……! 皆、よく頑張ったな……!』
そして先生は感動していた。
よほど嬉しいのだろう。ここまでして自分の授業を受けようとしてくれるのが。
『よかろう、皆の頑張りに応えてワシも最高の授業をしよう。……では今日教えるのは、ワシが考えたとっておきのオリジナル禁呪を……!』
やめれ。






