271 先輩の審判
エルフ盗賊団の初代頭目エルザリエル。
彼女の訪問は、我が農場のエルフたちにとって、まさに嵐の襲来。
「よかろう! ならばお前たちが、この土地でどのように生活しているか見極めさせてもらおう!」
ソーセージをガツガツ頬張りながら、彼女は言う。
「お前たちが弛んでいると少しでも感じたならば、容赦なく連れ去り、新たな任地で鍛え直す!」
「いいですとも」
動じず言い返すのは、冷静な副頭目ことマエルガ。
「私たちが、聖者様の農場でいかに貢献しているか。いかに必要とされているか御照覧いただきましょう。先代に安心して旅立っていただくのです」
強気な発言だなあ。
しかもなんか言葉尻に、鬱陶しいOGを厄介払いしたいという空気が滲み出ている。
そんなんで本当にいいの?
と思いつつ、エルザリエルの農場見学が始まるのであった。
* * *
とはいえ、彼女が見て回るのはエルフ工房のみ。
他のところを見学しても意味ないからね。
「我々が、この農場で任されている仕事は、道具作りです」
案内役を買って出たマエルガが言う。
「我らエルフの器用さを買われまして、こうして工房まで用意してもらって日々励んでおります」
「うむ、道具作りは森で生き抜くために重要だからな」
そこにはエルザリエルさんも納得のようだ。
「現在は四班に分かれて、それぞれ異なるものを専門的に作っています」
マエルガが班長の革細工班。
ポーエルが班長のガラス細工班。
ミエラルが班長の木工細工班。
それから、あと一つ……。
「いずれも作品は魔都にまで売り出され、高額で取引されています。その売り上げが、植林事業の資金となっているのです」
「むむ……、それを言われると……!」
そう、ここでのエルフたちの働きが、エルフの森復活へダイレクトに貢献しているのである。
その事実は、エルザリエルさんの反論を封じるに充分な威力があった。
「では、エルフ工房でもっとも精力的な現場へご案内しましょう」
「精力的?」
「はい、かつて『雷雨の石削り団』の頭目であり、今は陶器班の班長、エルロン様の作業場です」
* * *
エルロンは、二代目頭目なんだよなあ。
エルザリエルさんが初代頭目だったってことは。
そんなエルロンも、今では土をこねて皿を作る方が様になっている。
今日も同班のエルフらと共に、窯から出した皿を厳しい目で吟味していた。
「……緑が浅いな」
焼き上がった皿を凝視して一言。
プロかお前は?
「今回の作品のメインカラーは緑。私が求める緑は、夏の木の葉のごとく深く瑞々しい緑だ。こんな緑では冬の常緑樹にも及ばん」
「釉薬に土灰をもっと加えてみましょうか?」
「いや、既存の材料だけではもう限界だ。これ以上の深い緑を出すには、考えついたこともない新しい素材が必要なのだろう」
なんか難しい話をしやがって。
改めて説明しておくと、エルロンたちは緑色のお皿を作ることに挑戦しているのだが、その色合いが気に入らないらしい。
「別に大した違いでもないだろうに……」
「!? 何を言う聖者様! この皿に込められた玄妙な意図がわからんというのか!」
やべえ。
めんどくさいヤツのめんどくさい琴線に触れてしまった。
「今回の作品テーマは、『旅先でごはんを葉に盛って食べる』という疑似体験。それによって日々の退屈な食事に野趣を織り交ぜようというのだ! だからこそ皿の緑は、本物の葉っぱのように深く瑞々しくなければならんのだ!」
「このように、かつての二代目頭目は皿の焼き過ぎで大変めんどくさい性格におなりで、仕事に一切妥協がありません」
とマエルガ。
かつての頭目に対してあんまりな口振り。
さらにそこへ、新たな登場人物の声。
「フン、エルフ風情が職人気取りとは、思い上がりではないか」
「!? そういうお前は何ヤツ!?」
ドワーフのエドワードさんだった。
アンタまだいたのか?
「ことモノ作りに関すれば、ワシらドワーフ以上の種族はいないと決まっているのよ。エルフごときの泥臭い作品に高値が付くなんて、魔族の目利きも落ちたもんだ」
「何を言う! ドワーフの作品なんぞ小器用にまとまっているだけの既製品ではないか! 訴えかけるテーマもないくせに、外縁をけばけばしく飾って誤魔化してるだけだ!」
「お前こそ何言ってんだ!? その装飾こそ、ドワーフが数百年かけて培ってきた技術の結晶だろうが!」
「技巧など、作品の本質を歪める余計なものだと気づけ! わざとらしい作為を除くことから本物の芸術が始まるのだ!」
「技巧なくして芸術が成り立つかい! 職人は、常に弛まぬ努力を続けて、技術を磨いたかどうかに価値があるんだ! 技術を除いて、自然のままが一番などとほざくのは、自分の拙さから逃げてるだけだ!!」
「自然が作りだす本物の美に比べれば、人の作為こそ偽物でしかない! それを理解した上で、人の手から自然の美を作りだすには、まず技巧を捨て去り……!!」
面倒くさいヤツと面倒くさいヤツがかち合って、さらに面倒くさいことになった。
「二人は議論で楽しそうですから放っておきましょう」
「そうだね、下手に絡まれたら面倒だもんね」
「面倒です」
俺もマエルガも、ヤツらから『面倒くさい』という印象しか受けなかった。
その傍らで、今回の主役であるはずのエルザリエルさんが空気と化していた。
「エルロンは変わったな……」
「ええ、主に面倒くさい方向に」
「いや、昔は私を圧倒するような覇気なんて出せなかったはずだが」
「今の彼女は盗賊ではなく、職人ですからね」
まったくだよ。
覇王色の職人気質が噴出して誰でも圧倒されるよ。非常に面倒くさいよ。
「では、我らが愛すべき頭目をそんな風に作り替えた農場の素晴らしさを、今度はご紹介しましょう」
え?
「他のエルフ工房は案内しなくていいの? ポーエルのガラス細工とか、ミエラルの木工細工とか?」
「どうせエルロン様の時と大方同じ展開になりますよ? ポーエルもミエラルも相当面倒くさい職人気質になってますから」
そうだね。
他人事のように言っているけど、マエルガ、キミも相当面倒くさくなっているよ?
革製品作りのためにミシン三台、強制的に製作させられたのを俺は今でも忘れてないよ。
……たしかにこれ以上めんどくさいのは食傷気味なので、別のところをエルザリエルさんに紹介することになった。
しかしなんだろう?
彼女に初期ほどの存在感が伴わなくなってない?
「農場の場所柄が濃いと言うことですよ。それこそ先生かヴィール様でもない限り塗り潰されますって」
「またそんな大袈裟な」
一笑に付そうとしたけど、マエルガは取り合わずに行ってしまった。
え? マジ?
「エルザリエル様には、そんな農場の濃い生活を体験してもらおうと思います。まずは、これが農場のごはんです」
ちょうど昼飯時だった。
「さっきソーセージを食べてもらったのでお腹は空いてないかもしれませんが……」
「うまうまうまうまうまうまうまああああああああ……!?」
餓死寸前の人みたいに貪ってるよ?
今日のお昼はサンドウィッチにしてみたけど、お気に召したようでよかった。
「先代! それ私の分ですよ取らないでください!!」
「美味すぎるから仕方ないだろうが! 盗賊がヒトのものを盗って何が悪い!?」
悪いよ。
次にエルザリエルさんを案内した先は温泉だった。
「あー、気持ちよかった……!」
体中から湯気をホカホカ出すエルザリエルさん。
当然俺は女湯まで同行できないので、内部の模様を見届けることはできなかったが。
エルザリエルさんが入ってから出てくるまで、たっぷり二時間ぐらいはかかった。
「さらに寝室にはフカフカのベッド! これを知ったらもう地べたに野宿などできなくなります!!」
地べたに野宿なんかしてたんかい。
こうして、エルザリエルさんが農場での生活を一通り体験した結果……。
* * *
「やだー! やだやだやだやだー!! 帰りたくないーッ!!」
と駄々をこねだした。
「私もここに住むーッ! 毎日美味しいごはん食べて温泉に入ってフカフカベッドで寝るーッ!!」
「先代! 我がまま言わないでください!」
「そうです! 植林作業を手伝いに行くんでしょう!?」
旧人間国の枯れたエルフ森を復活させるのに、エルフ本人の協力が必要不可欠とのことだから、エルザリエルさんが行ってくれないと大変困ったことに。
ウチのエルフたちが寄ってたかって送り出そうとするものの、エルザリエルさんは地面に指を突き立てて踏みとどまろうとする。
「やだーッ!! お前らばっかりズルいー! 毎日美味しいもの食べられてズルいーッ!!」
エルザリエルさんは散々ゴネ倒した挙句、ソーセージ充填機を土産に持たせることで何とか追い出……、立ち退いてもらうことに成功した。
「まさにミイラ取りがミイラ……!?」
この農場には、エルフを虜にする効能でもあるのだろうか。
とにかくも彼女が植林作業に協力することで、エルフの森の復活が一日でも早まってくれれば幸いである。
そして……。
「やだやだやだーッ! ワシも帰りたくないー!! ずっとここにいるーッ!!」
ドワーフのエドワードさんも同じように帰宅拒否で駄々こねていた。
いや帰れよ。
アンタドワーフの王様なんだろう?
帰らないとドワーフさんたちの仕事が滞るじゃん。