269 植林作業の進捗
エーシュマがやってきた。
魔王軍の新四天王になった人だ。
「聖者様! 植林作業の進捗を報告しに来ました!」
遊びに来たのかと思ったら仕事の話だった。
真面目な人だ。
「植林作業? 何の話だっけ?」
「ちょッ!?」
ウソウソ。
覚えてる覚えてる。
アレだろう?
人間国の枯れた森を復活させようという事業。
ウチに住むエルフたちが、陶器やらガラス細工やら木像やらを売って巨万の富を築いたから。
その有り余る金の使い道として提案された。
元々エルフたちは、そうした森に住む種族だったのを、人族が環境破壊して住み処を追われた……、なんて壮大な裏事情があったりなかったり。
そこで人間国が滅びた今、滅びた自然を取り戻そうと魔王軍が動いている。
……でよかったかな?
「この冬の間、苗畑作りに尽力しておりました。万事順調に進んでおります!」
「そうなんだあ、じゃあ、もうそろそろ本格的な植林作業に?」
「いえいえ……! 苗畑に植えた苗木が植林可能なまでに育つには、少なくとももう一、二年……!?」
お、おう、そうか……!?
樹木と言えば、樹齢が百年とか千年とかいうのがザラにある。
数ヶ月そこらのスパンだと思うこと自体間違いなのだろう。
「本格的な植林作業に入れるのは、早くとも翌年以降を見積もっています」
農場にばら撒くハイパー魚肥で、年何回ものサイクルで蒔いたり収穫したりしていると感覚がおかしくなってしまう。
最初は、ウチで育てた異世界の樹木を植林しようという話もあったが、検討の結果、却下された。
別世界の生物を繁殖させることで自然のバランスが崩れてはいけないという配慮からだ。
同時にハイパー魚肥で成長促進することも禁止された。
ただ育てて収穫することのみを目的としている我が農場と違って、植林した木は、以後数百年に渡って森を構成していかなければいけない。
成長が速まると言うことは、それだけ寿命も短くなると言うことだ。
そんなこんなでエーシュマたちには、特別なことを何もしない地道な作業を強いているわけだが……。
「元々この作業は、人族との戦争が終わった魔王軍の人材活用としての意味合いもありますから。むしろその資金を聖者様の方から負担していただいて感謝の言葉もありません」
金を出したのは、正確には俺じゃなくエルフたちだけどね。
アイツらの故郷である森を復活させたいという想いを受け止めてやってくれ。
「そこで、聖者様にご相談があるのですが……」
「ん?」
「今は苗木の成長を待ちながら、本格的な作業の準備を着々と進めているところです。ただ、その準備について問題がありまして……!」
問題?
何ぞや?
「具体的な植林予定地です。今回の趣旨がエルフの森の復活にある以上、木を植えるのはかつてエルフが住んでいた地でなくてはいけません!」
なるほどそうかも。
エーシュマさんはやっぱり真面目だなあ。
「ですが、恥ずべきことに私は、かつてどこにエルフの森があったか知りません。魔王軍に所属する多くの者たちもそうでした……!」
「それは……、まあ……!」
仕方ないんじゃない?
エルフは元来魔族の亜種とは言われてるけど、今ではすっかり別種族だし。
余所様のことを詳細に把握していること自体珍しいんじゃ……?
「そこで必要となったのです。かつてエルフの森があった場所を、詳細に知る者が」
「わかるー」
「そこでまず思い当たったのが、こちらに住んでいるエルフたち。彼女たちのお知恵を拝借したいと……!」
「わかるぅ」
「可能ならば、顧問として我らの植林作業に同行してもらいたいと!!」
* * *
エルフたちを集めて、その旨を告げたところ、暴動が起きた。
「やだあああああああああッッ!!」
「行きたくない! 行きたくないいいいいいいッ!!」
集合したエルフ、二十名前後。
一人の例外もなくビックリするほどの拒否ぶりだった。
「ええー? なんで?」
キミらがかつて住んでいた森を復活させるための作業だよ?
協力してあげてもいいんじゃないかな?
「だって! 魔王軍に同行するってことは、ここから離れるってことでしょう!?」
「農場の美味しいごはんが食べられなくなる! いやあああああッ!?」
「フカフカのお布団! ゆったり温泉!」
「そして日々打ち込める工芸の仕事! やめたくないいいいいいいッ!?」
コイツら……!
すっかり農場での暮らしに飼い慣らされていやがった……!
彼女らも当初は、森の民としての誇りに満ち溢れていたんだがなあ。
『森で暮らすエルフは、屋根の下で寝るなど言語道断!』とすら言っていたのに。
今ではログハウス風の寮に自作のベッドを持ち込んで、綿入りマットに、バティ作のフリル付きパジャマを着て安眠する毎日ですよ。
なんかぬいぐるみを抱いて寝てるヤツもいると聞く。
失われた野生。
森の民の誇りはどこに行った!?
「私たちはもう農場から離れて生きてはいけませんん……!?」
「ここから移り住むんだったら、何処も監獄と同じですうううう……!! いっそ殺してくださいいい……!!」
そこまで!?
エデンから追放されようとしてるアダムとイブみたくなってる!?
「農場は、住む者から自立しようとする気概を奪い去るのか!?」
「いや、さすがにそんなことは……!?」
そうだな。
実際この農場に一時期住んでいて、帰っていった人はたくさんいるし。
…………。
コイツらがただ単に甘ったれてるだけか。
「だとしたら、コイツらの中から植林作業の顧問を抜擢する案は無理そうだな」
この駄エルフどもから。
「すまないエーシュマ。せっかく来てもらったのに、このザマで……!」
「いえ、何とかこちらで協力してくれるエルフを探してみます……」
その日は、それでお開きとなった。
* * *
それからまた何日か経って……。
「見つかりました、協力してくれるエルフが」
「ほう」
再び進捗報告にやって来たエーシュマが持ってきたのは朗報だった。
そんな奇特なエルフさんがおられたとは。
ウチの駄エルフどもにも見習わせたいぐらいだ。
「でも、そのエルフさんはどんな人?」
「それが、ちょっと複雑な経歴のエルフで……、そこも含めて聖者様にご相談を……」
複雑な経歴?
何だろうこのエーシュマのモゴモゴした口振りは。
「そのエルフ、名をエルザリエルというのですが……」
ほうほう。
そのエルザリエルさんとやらが何ぞや?
「元、盗賊なのです」
「んッ?」
「魔国人間国と区別なく荒らし回っていたのですが、魔王軍が威信をかけた捕獲作戦でついに召し取ることができましてね。もう随分前の話です」
んー、何だろう?
このいかにも前に聞いたようなことがある話?
「そして、本来なら捕まったエルザリエルは即刻処刑されるはずでした。魔国を荒らし回った大盗賊なのですから」
しかし彼女は生き残った。
エーシュマの話によれば、彼女と彼女が率いる盗賊団は義賊で、悪質な商人貴族からしか盗まず、また盗んだものを貧しい人々に分け与えもしたらしい。
「そうした背景から、魔王軍の中にも捕縛したエルザリエルを擁護する者がおりまして。そうした者の一人が工作し、表向き処刑執行したことにして彼女を匿ったのです」
美談。
「そこからしばらく潜伏生活を続けていたのですが、永遠にそのままというわけにもいかず。今回の募集を受け一か八かで名乗りを上げたそうなのです」
罪を許され、エルフの森復活事業に貢献できるか。
改めて死刑を宣告されるか。
「私も扱いかねてアスタレス様にご相談したところ、聖者様にもお話しすべきだと。それでこうしてまかり越しました……」
アスタレスさんがこっちに話を振ってきた理由はわかる。
彼女も知っているはずだ。
ウチで働いているエルフどもの経歴を。
「……エルロン、マエルガ」
「「はいぃ……ッ!!」」
俺は横にいる二人のエルフに伺う。
この二人は、我が農場に居着く前には別の肩書があった。
エルフ盗賊団『雷雨の石削り団』の頭目と副頭目。
奇しくも今回話題に上っているエルフと同業ではないか。
「もしかして、お知り合い?」
エルロンが首が外れるんじゃないかってぐらい勢いよく被りを振り、マエルガも無言のまま腕で×マークを作った。
……コイツら間違いなく知ってるな。
「わかりました。確認のためにも、そのエルザリエルさんとやらには我が農場に来てもらって……」
「わー! 待って待って待って!!」
エルロンが慌てて割って入った。
「わかりました認めます! エルザリエル姉さんは、私たちの仲間だ! っていうか我々の盗賊団の初代頭目だ!!」






