268 肉棒の伝播
オレは露天商。
魔王様のお膝元、魔都で店を営む商売人よ。
しかも特定の店を持たず、屋台を開いてモノを売る。
オレの家は曾祖父さんの代から屋台一筋、脇目もふらず青空の下で商売してきたんだから舐めちゃいけねえぜ。
オレにも最近になって超かわいいベイビーが生まれたが、この子もいずれはオレのあとを継いで魔都で屋台を営むことだろう。
愛する息子にあとを継いでもらうためにも、今日も頑張って稼がねば!
* * *
で、先祖代々続いてきたウチの屋台商売。
廃業の危機を迎えております。
何故かというと、ここ最近、強力な商売敵が現れたから。
なんと天下のパンデモニウム商会だ!!
ヤツら、何とかいう新商品でもって屋台を出しやがった。
しかも、魔都各所に十数軒と同時多発的に。
れっきとした店持ちが、露天商売の上前をはねようとは仁義知らずな!
すぐさまオレたちは露天ギルドに訴えたね。
オレたち露天商の大元締めだ。
しかしギルドマスターは情けないことに、既に相手から説得されてしまっていた。
相手――、つまりパンデモニウム商会側の主張では、屋台を出すのは期間限定。
一ヶ月もすれば店を畳んで撤収するとのこと。
たかだか一ヶ月で何をしたいんだ?
わけがわからない。
しかし相手が大商会である以上全面対決にも出られず、期間限定という条件を根拠に事態を見守ることにした。
商会の連中が売り出すのは、見たこともない食い物だった。
棒状で? 赤いような黒いような?
わけがわからない。
ヤツらはそれを鉄板で焼き、串に挿して売り出していた。
そんな得体の知れないもの誰が買うか。
タカを括っていたものの新しい物好きはどこにでもいる。
最初のうちは、そうした連中が珍しがって買っていくだろう。しかし飽きればそれまでだ。むしろ終わってくれ……、と願っていたが、当てが外れた。
やがて大盛況になった。
新しい物好きは、一度食べた料理を気に入ってリピーターとなり、それに釣られて新しい客がやってくる。
そうした賑わいが新たに話題を呼んで、大売り上げのスパイラル。
やばい!
傍で観察していたオレは思ったね。
隣の大盛況は、我が店の閑古鳥。
案の定、売り上げはガタ落ち。
おこぼれで寄ってくれる客すらいなかった。
それもそのはず。
オレの店が売っているのは、近くの養豚場から仕入れた肉をあぶり焼きにしたもの。
品目が駄々被りしてしまっていた。
後々調べてみたら、商会が売りだしているのはソーセージと言って、ウチと同じ豚肉を何とか加工したものらしい。
同じ屋台でも、売り物が被らなかった幸運な者は大盛況のおこぼれに与って売り上げを伸ばしたりもしたが。
ウチはダメだ。
ある時試しに、憎き商会の屋台に並んで問題のソーセージとやらを食べてみた。
串に挿して焼いた焼きソーセージだ。
クッソ美味かった。
長いこと豚肉を焼いて商売してきたはずなのに、豚肉がこんな味になるなんてまったく知らなかった。
こんなに美味しいものを食べたあとでは、ごく平凡なウチの焼き豚なんか食べたくなるわけがない。
くそう!
なんでよりにもよって食材まで同じなんだ!?
牛肉とか魚とか他にも色々あるだろうによ!?
商会の屋台は一ヶ月もすれば撤退すると言っていたが、一ヶ月耐えて状況が改善するとも思えない。
新しい味に慣れてしまった客は、古い売り物に見向きもしなくなるだろう。
……こうなったら、売り物を別のものに切り替えるか?
それで、大商会との競合を避ける?
……いやいや。
そんな簡単に行くわけがない。
大体ウチで焼き豚以外に何を売れと言うんだ?
何を売るにしても、それぞれ独自のノウハウが新たに必要になる?
それを修得するのにどれだけの時間がかかる?
仮にノウハウを修めて新装開店できたとしても、大抵の売れ筋は既に他の露天商が抑えているんだ。
何をやっても商売敵とぶつかるだろうし、そして商売敵の方に一日の長がある。
ならいっそ売り場所を変えて……。
それもダメ。
大商会は、魔都内で露天が許可されている区域に残さず屋台を出しているらしい。
何処に移動してもかち合うに違いない。
八方塞がりだ。
率直にそう思った。
オレの未来が閉ざされるのはまだいい。しかし、生まれたばかりの我が子の未来まで閉ざされてしまうとは……。
魔族の神ハデス様……。
オレのことはいい、せめてベイビーに明るい未来をお授けください……!!
* * *
大商会の屋台ができて、二週間ほど経っただろうか。
いよいよ商売替えするしかないか。
悲壮な覚悟を固めていたら……。
当の災難そのものが訪ねてきた。
「パンデモニウム商会の者です」
貴様ああーーーーーッ!!
どの面下げて乗り込んできた!?
お前らのせいでなああ!! オレの人生設計はズタボロに……!
大資本が零細虐めて楽しいかああああーーーーーーッ!?
……と怒鳴り散らしたかったが、そこは最後の理性で留まる。
一体何の用かと、話だけは聞いてみることにしたが……。
「当商会で作ったソーセージを、アナタのお店で売っていただけませんか?」
はい?
「話題作り、評判作りのために商会みずから屋台を出しました。その甲斐あって大盛況。一ヶ月かけて周知させる予定でしたが、この二週間で当初の目的は達成されました」
それで、彼らは次の段階に移るという。
「これからは継続して売ることを考えねばなりません。正直言って我が商会には屋台のノウハウはありません。この二週間も手違いの連続でした。それにこれ以上アナタたちのシマを荒らしては対立が顕在化します。商会そのもののイメージダウンは避けたい」
ふむふむ。
まあ、そうですなあ。
「そこでアナタに引き継いでほしいのです。アナタの屋台では豚肉を扱っている。ソーセージと同じ素材です」
そりゃあ素材は同じだけど。
あんな不思議な料理、作り方をすぐさまマスターできるかなあ?
「問題ありません。この道具を使えば、ソーセージは誰でも簡単に作りだせるのです」
ドンと大きな金属の塊が目の前に。
何これ!?
「ソーセージ充填機です。これを使ってソーセージを作るのです」
マジか!?
「アナタには、この道具のリース料を払っていただきます。それを当方の利益といたします。我が商会は屋台出店中、特例として倍額以上の場所代をギルドに払ってきました。その分を差し引けば、値上げなどはしないですむでしょう」
そんなこと提案するぐらいなら何故最初からこなかった? と思ったが……。
いや、無理だろう。
こんな初めて見る形の、得体の知れない食べ物。
予備知識なしに「売ってくれ!」と提案を受けて素直に承諾したとは思えない。
こうして今、パンデモニウム商会自身が売りだして大成功を収め。その成功によってオレ自身が死にかけている今だからこそ、この提案に飛びつきたくなる。
さすが海千山千の大商会……!
こちらが断らない、いや、断れない下地をちゃんと作ってから交渉に来るとは……!
* * *
こうしてオレは、ソーセージ売りの屋台として再スタートした。
焼いても美味い!
茹でても美味い!
さらにパンに挟んでみたらどうかな!?
売り上げは上々。
ウチの商売替えと、パンデモニウム商会の屋台撤退がピッタリ同じタイミングだったので、ソーセージ目当ての客は揃ってこっちに流れてきた。
我が屋台人生で最高の大盛況!
忙しすぎて死にそうだ!
店を出す前に、死ぬ気で充填機の使い方を覚えて、ソーセージ作り置きしておいて本当によかった!
このペースなら二週間分の落ちた売り上げはすぐさま取り戻せそうだ。
パンデモニウム商会も、自身の屋台が予想以上に儲かったそうで「儲けを還元するために向こう半年分のリース料を免除しましょう」なんて言い出しやがった。
気前がいい!!
こうしてオレは人生最大の苦境を乗り越えることができた。
我がベイビーの未来も繋げることができたぜ。
待ってろよ! 我が宝物!
このソーセージ屋をお前の代に引き継げるように! 父ちゃんが精一杯盛り立ててやるからな!!






