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265 肉の違い

 はい、俺なのです。


 魔族商人シャクスさんから、お土産を貰った。


「いつもお世話になっておりますので。我々の気持ちをどうかお納めください」


 ウチの方こそいつもお世話になっている。

 農場で作られた、バティの服やらエルフたちの工芸品を売り出すのは、彼の手腕によるものだからだ。


 シャクスさんは魔族の大商人。

 魔国で唯一、ウチとの取り引きを認められている彼は、それこそ細心の気配りでウチとの関係を保とうとしている。


 今日の『お土産』も、その意図の一環であろう。


「……で、そのお土産とは?」


 いかに俺でも、モノを貰えるならワクワクせずにはいられない。

 どれだけ年をとっても『お土産』というフレーズは心を高揚させられるのであった。


「いやあ、これが手に入ったのはまったくの偶然でして。それぐらい市場に出回らぬものなのですよ。しかしそんな希少品を仕入れられたからには! 聖者様に是非とも献上いたしたいと思い!!」


 おいおい、こらこら?

 いいのかい? そんな無闇にハードルを上げて?


 俺もう、クリスマスイヴの子どもみたいに興奮しちゃうぞ!?


「魔王様のお口にもなかなか入らぬ、世界有数の珍味と讃えられる、それは……!」


 ババーンと紹介!


「スクエアボアの肉です!!」


 …………。

 ……ああ。


「数あるモンスターの中で、もっとも豊潤と言われる肉の味! それに対して棲息ダンジョンの少なさや、個体自体の獰猛さから入手は困難!」

「はあ……!」

「魔都の最高級レストランでもなかなか並ぶことがない高級食材なのです! 無論聖者様の肥えた舌にご満足いただけるかわかりませんが、吾輩の気持ちをお受け取り下さい!!」

「わぁい、嬉しぃ……」


 スクエアボアと言えば、我が農場のもっとも標準的な肉食材。

 俺が角イノシシと勝手に呼んでいる、そのモンスターは、ヴィールが支配している山ダンジョンに溢れかえるほど棲息している。


 だから俺にとっては日常そのものなんだが……。

『絶対喜んでくれる!』と自信満々シャクスさんに、面と向かってそんなこと言えない。


「ありがとうございます……! 皆で美味しく食べさせていただきます……!」

「いいえいいえ! 聖者様に喜んでいただけて何よりですぞ!!」


 というかこの人にも、過去訪問した際に角イノシシの肉料理をご馳走したはずなんだがなあ。

 何度も。


    *    *    *


「というわけで……」


 晩御飯は、シャクスさんから貰った角イノシシの肉料理だぞ。


「えー? 今日もイノシシの肉ー?」


 と不満げに言うのはヴィール。


「イノシシ肉なんてもう飽きたぞー? もっと美味しいのがいいー。ケーキ、ケーキー」


 すっかり舌の肥えたドラゴンになってしまったヴィールは、農場発祥の時期から食べ慣れている角イノシシの肉に飽き飽きしてしまっていた。

 贅沢な。

 昔は喜んで貪り食っていた角イノシシの肉じゃないか。


「我がままを言う子には食べさせません。デザートのヨーグルトも抜きだ」

「わー、ごめんなさい食べる食べるー」


 デザートの存在に釣られたのか、ヴィールは改めて食卓に向かうのだった。


「まー、イノシシも美味しいから別にいいかー。……いただきまーす」


 角イノシシの肉を焼いた豚肉ステーキ、つまりはトンテキを食するヴィール。


 口に入れ、モニュモニュと咀嚼して……。


「……不味い」

「えー?」


 なんとも微妙な顔をしくさった。


「いや……、何だろう? 味付けのおかげでそこまで不味いってことはないんだけど、いつも食べてるイノシシとは全然違うぞ? 風味からして違う!」

「そうねえ……」


 一緒に食卓を囲む我が妻プラティも、トンテキを一切れ口に入れて微妙な表情になっていた。


「いつも旦那様が作ってくれる料理と比べて風味が落ちてる気がするわ。調理のせいじゃないわね。……素材?」


 コイツもすっかり舌が肥えて食通みたいなこと述べやがって。


 しかしいつもと違うことなんてないぞ?

 俺はいつも通りに角イノシシの肉を焼いて、調味して……!


「……あ」


 そういや、今日はその角イノシシそのものが違うんだった。

 いつも山ダンジョンで狩猟してくる地産地消の食材ではなく、シャクスさんがお土産で持ってきてくれた別産地のものだ。


 だから違うのかな?


 俺は試しに冷凍蔵に走り、冷凍保存してある現地産イノシシ肉を一切れ持ってくる。

 まったく同じ手、調味料でもってトンテキを作ると、改めて二人に振る舞った。


「うめええええええッッ!!」

「美味しい! 美味しい! そうよこれが本当のスクエアボアの味よ!! 旦那様が作ってくれる至高の妙味いいいいいッッ!!」


 これだ!

 これこそ二人が初めてイノシシ肉を食べた時の喜びのリアクションだ!

 去りし日が再び戻ってきたように思えて、俺も感動がこみあげてくる!!


 ……じゃなくて。


「そんなに違うってことか?」


 ウチで獲れたイノシシ肉と、シャクスさんのお土産肉。

 モンスターの種類はまったく同じはずだよなあ?


 俺も試しに、自分用に作り置きしていたトンテキ二種類。それぞれ食べ比べてみた。


 全然違った。

 なるほどたしかに風味が違う。


 一方は、肉の重厚な旨味の中にも、まるで果実のような甘さが含まれている。それに対し、もう一方は泥臭いというか、臭味が多分に残っていた。


 シャクスさんには申し訳ないが、やはり素材の差だろうか?


「なんで同じ素材で、こうも差があるんだ?」


 まず最初に思い浮かんだ原因は、俺の手に宿る『至高の担い手』。

 これまで触れてきたモンスターを幾種も進化させてきたように、角イノシシもより高次の種に進化させていた?

 それが味に表れた?


「……多分違うな」


 オークボたちや金剛カイコと違い、角イノシシは毎日のように狩られて消費されていく。

 ダンジョンで生まれ続ける角イノシシが、生まれた時点で『至高の担い手』の影響を受けることはないはずだ。


 最近はオークボたちがダンジョンに入って、俺が完全ノータッチになることだってあるのに。


「では別の原因……?」


 やはり産地かな?

 前いた世界でも、同じ品種だが産地によって違いが出ることもあったし。


「……あ」


 ピンと来た。

 狩猟場にしている山ダンジョンには、俺が植えた様々な異世界の樹木がある。


『ダンジョン果樹園』と称して、果物の生る木がダンジョンのそこら中に生えている。

 果実の中には、俺たちが収穫する前に熟しきって落ちてしまうものもあるだろう。


 角イノシシが、そうした果実を食べていたとしたら?


 異世界産の作物は、こちらの世界では大層な美味なようだし、それらを摂取し血肉に変えた角イノシシは、他所のものに比べて格段に味が上がっているのではないか。


 俺の前いた世界の畜産でも、肉の味をよくするために飼料に拘るという。

 時には人間以上にいいものを食べて育つ畜産動物もいるそうだ。


 それがこのシャクスさん贈呈の角イノシシとの違いになっているのではないか?


「えー? それなら最初は、おれのダンジョンのイノシシも他と同じだったはずだろ? ご主人様が作ってくれた肉料理は最初から超美味しかったぞ?」

「旦那様が作ってくれるだけで、どんな肉でも美味しくなるものよ。イノシシが異世界の果実を食べて味がよくなる変化はゆっくりでしょうから、アタシたちは気づかないまま慣らされていたんでしょうね?」


 それが、シャクスさんのくれた通常イノシシ肉を食べたことで、一気に変化を自覚できた。

 プラティの推測は正しいだろう。


 まさかこんな形で、俺たちが大変な美食に与っていたことに気づけるとは。

 そしてそのことに今まで気づいていなかったとは。


 罪深いことだ。

 俺たちが恵まれた環境にいることを最大限自覚し、常に感謝を捧げようではないか。


「シャクスさんのくれた肉は、俺たちに大切なことを教えてくれた。皆で礼を述べようではないか!!」

「「ありがとうございます!!」」


 俺とプラティとヴィールは、揃ってまだ残っているシャクスさん土産にこうべを垂れた。


「………………で、この肉」


 頭を上げてプラティが言った。


「どうするの?」

「え?」


 そりゃあ、食べるでしょう?

 そのためにシャクスさんが贈ってくれたものだし。しっかり食べて血肉に変えることこそ食材への最大限の返礼であろう。


「おれ、やだぞ。いつも食べてるものより不味い肉なんか」


 一方でヴィールの言うことも真理。

 食事とは日々の幸福。

 毎日に充実感を持ち、明日への活力を得るためにも食事は常に最大限に美味しくなくてはならない。

 わざと不味いメシを作るなどもっての外。


 しかし、この確実にウチのものより味の落ちる、何処とも知らぬ土地を生きていた角イノシシの肉は……。

 シャクスさんが、かなり気合を入れて用意したのか。


 今なお丸々六頭分残っていた。

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