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264 隠された開拓地 陸遊記その九

「ふぃー、大変な目に遭った……!」


 と言ったのはアロワナ王子です。


 引き続き、王子の修行の旅模様をオークのハッカイがお伝えいたします。

 とはいえ現在は、社会見学とやらに来た女学生が、目的果たして帰っていった直後。


 アードヘッグ様とソンゴクフォンに挟まれてアロワナ王子は死地から生還したといったところです。


「本当に死ぬかと思った……!」


 でしょうね。

 アードヘッグ様のブレスもソンゴクフォンのマナカノンも掠っただけで充分死ねますからね。

 それらが嵐のように飛び交う中を、よく全部よけきれましたわ。


「たっだいまー」


 女学生たちを農場に送り帰してきたパッファ様も、転移魔法で戻ってきました。


「よし、では今度こそ出発するか」

「今日はどこまで行くの?」

「実はな、魔王ゼダン殿から言われたことがある。旅の途中、近くを通りかかったら是非とも寄ってほしい場所があると」

「?」

「それがちょうどこの辺りなのだ」


 魔王様の要請では無下にするわけにもいきませんね。

 では今日の目的地はそこになりますか。


「気張っていくぞ!」

「「「「おー」」」」


    *    *    *


 到着しました。


「ねえ旦那様、本当にここでいいのかい?」

「うむ、ゼダン殿が示した場所はここで間違いないはずなのだが……!?」


 しかし私たちが辿り着いた場所は、何と言うか荒れ果てていました。

 街どころか村すらなく、それどころか草木一本生えていない。

 生命感のない荒れ地というべき場所でした。


 魔王さんは、なんでこんなところへ私たちを来させたのでしょう?


「誘き出して襲撃するためとか?」

「アードヘッグ殿! 戯言を申すでない! ゼダン殿に限ってそんな姑息な手段を使う御方ではない!!」

「ごめんなさい……!」


 アードヘッグ様はシュンとなりました。

 ドラゴンの割りに打たれ弱い御方です。


 そうこうしているうちに……。


「おお珍しい、旅の御方かのう?」


 誰もいないと思われていた荒野から、一人の人間が現れました。

 ……人間?


「どうせ道にでも迷ったのであろう? 一番近くの村がある方角を教えてやるゆえ、急ぎ出発するがいい。今からだと到着するのにギリギリ日暮れとなりかねんぞ」

「いいえご主人、我々は……!」


 とにかく人がいたのが幸いと、アロワナ王子はここへ来た経緯を説明します。

 さすがに話が大きくなってしまわぬように、ご自分の出自と魔王様のことは秘密にして。


 説明中……!


「ほう! ではそなたが魔王殿の便りにあった人魚国の王子か!」

「!?」


 説明をぼやかした王子骨折り損。

 どうやら相手は、すべてを知っておられたようです。


「ご主人、アナタは一体……!?」

「それはどうでもよかろう。既に魔王殿からはな、武者修行中の人魚王子が来たら案内してやるよう言いつけられておる。好きなだけ見学していくがよい」


 そう言って荒れ地に住む人間は、ついて来いとばかりに歩き出します。

 よく観察すれば、年齢四十代後半といった風の、みすぼらしいながらも貫禄のある中年でした。


「ま、こんな荒れ地を見て学ぶことがあるのかどうかわからんがの」


 そこは本当に荒れ地でした。

 草木も生えず、獣も住まず、水の流れる川もないということで、こんな場所に人が住むこと自体無理だと思えました。


「ご主人は、こんな過酷な場所に何故住んでおられるのか?」

「業とでも言うべきところかの?」

「はあ?」

「こんなところでも命を長らえておるだけ儲けものよ。それに余には、ここでちゃんとすべきことがある」

「それは……!?」

「開拓、かの?」


 開拓?

 なんとも聞き慣れた言葉が来ました。


「あちらを見るがよい」


 ご主人が指さす方で、何人かが鍬を振るっていました。

 ここに住んでいるのは一人だけではなかったようです。


「ほう、農作業中ですか?」

「いいや、それにもまだ達しておらんよ」

「ええ?」

「あれは、土の中に麦のもみ殻を混ぜ込んでおるのだ。いやそれだけではないぞ。魚の骨を砕いたものや、薪を燃やしたあとの灰。クズ野菜を腐らせたものなどを……」


 有機肥料ですね。

 聖者様の農場でも、ハイパー魚肥の他に食べかすを畑に混ぜ込み土の栄養にしています。


「この辺りは見ての通りの荒れ地。土に生命はなく、作物を植えてもすぐ枯らしてしまう。なので土を生き返らせることから始めるというわけじゃ」

「なるほど……!?」

「それと並行して水路を引く作業も行っておる。それらが完成して、初めて余ら自身の食いものを作れるというわけじゃ」


 それらが完成するには何年もの時間がかかることでしょう。

 聖者様の農場では、ハイパー魚肥が作物の成長を促進し、瞬く間に収穫ができます。

 水路も、我らオークの強靭な筋力で進めることができますが、普通の人類の手では蟻の進みとなりましょう。


 そんな困難で、思うように進まないことこそが真の開拓作業と言えるのでは?


「素晴らしい!」


 アロワナ王子、何だか興奮しております。


「素晴らしい作業です! これぞ国家大成の第一歩。ゼダン殿が私に見せたかった気持ちもよく理解できます!!」

「余に言わせれば、その若さでそれに気づいたそなたの方が素晴らしい」


 ご主人は、眩しそうに目を細めました。


「余は、こんな歳になるまで気づくことができなんだわ。この地に来て、自分が人の上に立つ器ではなかったことがまざまざ思い知らされる……!」

「……」


 ご主人の、自身の半生を悔いるような口調にアロワナ王子も気づくところがあったのか、改まった表情になりました。


「……失礼ながら、アナタは人族ですね?」

「いかにも。肌の色で見分けたか」


 たしかに人族と魔族では、肌の色の濃さに大きな違いがあります。

 でも魔国に人族がいるなんて、常識的にはありえないことです。

 一体何なのでしょう?


「間違いであれば申し訳ないが、アナタはかつての人間国の人王ではありませんか?」

「「「「!?」」」」


 アロワナ王子の指摘に、私含め旅のメンバー全員が驚愕しました。

 それもそのはず、人間国は既に魔王軍によって滅ぼされ、その王も処刑されたはずなのですから。


 私たちの視線は、一人の人族に集中しました。

 問題の人物は、ふっと乾いた笑いを漏らしました。


「いかんのう、あまり鋭すぎるのは。王としての美徳にならんぞ?」

「それではやはり!?」


 この方は本当に、処刑されたはずの人間国の王。


「本来余は殺されるはずであった。それを魔王殿の慈悲によって生き永らえ、こうして余生を過ごしておる」


 表向きは死んだことになって。

 人間国支配のためには、その方が都合がいいのでしょう。


「魔王殿は実に慈悲深い支配者じゃ。こんな余にも生きる機会を与え、意味ある仕事を与えてくださった」


 それがこの土地での開拓作業。


「余は、この土地で真の王とは何たるかを学べた気分だ。すべてが遅すぎたがの。せめてそなたのような若い王に教訓があるよう、反面教師となれれば幸いじゃ」

「いいえ、そのようなことはありません」


 アロワナ王子は、元人王の手を取りました。


「反面教師などではありません。アナタの生き様そのままに、私は王の何たるかを学ぶことができます。ゼダン殿が私をここへ差し向けたわけもよくわかります」

「アンタの娘が……」


 パッファ様が口を挟みます。


「別の場所で暮らしているよ。無駄に元気だけど。何か伝えることはあるかい?」

「レタスレートが……!?」


 聞いて、元人王様の目の輝きが増しました。


「そうか……! 娘も無下には扱わぬという約束を、魔王殿は守ってくれていたのか……!」

「で、伝言は?」

「いや、無用じゃ」


 せっかくの好意ながら、と元人王は遠慮がちに遮りました。


「あの子の中では、余は死んだことになっておるはず。無為に混乱させてはいかん。そなたら、ここで余と会ったことも秘密にしておいてくれ。誰に対してもな」


 シッと口の前で人差し指を立てる元人王の仕草に、一同頷きました。


「何、ここでの暮らしは見た目ほど厳しくはない。魔王殿がしっかり援助をしてくれるでな。ここで作物が摂れるようになるまで食料も付け届けてくれる。余はここで、実際王位にあった頃にはできなかった王の真似事を続けていくのみよ」


    *    *    *


 こうして我々は、元人王に別れを告げて開拓地から出発しました。

 彼はこのまま、二度と歴史の表舞台に出ることはなく日陰の一生を送るつもりなのでしょう。


 かつて自分が治めた国と、世界全体にとってよいことだと決めつけて。


「あれもまた王の形なのだな。勉強になった……!」

「そうだね……!」


 アロワナ王子とパッファ様が並んで語り合いました。

 この経験も、いずれ彼らが人々を治める立場になった時に役立つことになるのでしょう。


 この旅もそろそろ大詰めを迎えるのかもしれません。

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