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262 陰謀の人魚

 マーメイドウィッチアカデミア農場分校。


 私は、その特別留学生に選ばれた人魚生徒の一人。

 人魚王妃シーラ様の気まぐれめいた提案から始まった、この計画。


 しかしそれでも応募者は殺到した。


 何しろ、人魚界最高の魔法薬使いである六魔女から直接指導を受けられるという触れ込みだから。

 ミーハーな生徒から、ガチで魔法薬の極意を修めんとする野心家生徒までこぞって参加希望。

 様々な審査と比較がなされた結果、最初から当地で修業しているエンゼル王女とその取り巻き計五名に加え、新たに十人ほどが分校に所属することになった。


 その一人が私。


 特に才能とか得意分野があるわけでもない、人魚国に数ある中級貴族の娘に生まれたというだけでマーメイドウィッチアカデミアに入学できた私が、よく狭き門を潜り抜けられたと思う。


 純粋に運だろう。

 それ以外に、原因が考えつかない。


 しかし私は、その幸運がむしろ恨めしくあった。

 この一生に一度あるかないかの幸運のせいで、凡庸な我が身に似合わぬ重大な使命を背負わされることになってしまったのだから。


 中級貴族である私の兄は、その中途半端な身分の割りに才気煥発で、外で弁舌を振るうことが多かった。

 いわゆる活動家というヤツ。


 その兄が、私に命じてきた。


『プラティ王女が潜み住んでいる農場の位置を調べろ』


 と。


 今、人魚国ではある論争が起こっている。それこそ国が真っ二つに割れんばかりの大論争。


『地上を支配した魔族にどう対応するか?』というもので、人族との争いに勝利を収めた魔族が、次は人魚国に攻め込んでくるのではないか? という不安からくる論争だ。


 兄はその論争において『魔族は人魚国を攻め滅ぼす気でいる。一刻も早く対応を取るべきだ』という意見の派閥に属している。

 そして、魔族の侵攻をかわすために、こういう手を打とうとしている。


『かつて立ち消えになったプラティ王女の嫁入りを復活させ、魔国との友好関係を強化すべきだ』

『今誰と結婚していようと関係ない。無理やりにでも離婚させ、改めて魔王に嫁がせるべきだ』

 と。


 そんな一派に属する兄さんにとって、プラティ王女が住むという農場へ妹が赴くのは、まさに渡りに船。

 兄さんは、農場に赴く前夜の私にこう言い含めた。


『いいか妹よ。お前の働きに人魚国の未来が懸かっている。現在所在不明のプラティ王女は、お前が向かう先に必ずいるはずだ。その場所を詳しく調べ、何とかして兄に知らせるのだ』


 さらに言う。


『お前がするのはそこまででいい。居場所さえわかれば私が一団を率い、プラティ王女をお迎えに上がる。そしてそのまま魔王へ送り届ける。どの程度の護衛がいようと、人魚国の勇士が五十人も集えば容易く王女を奪取できるだろう』


 と。


『それこそ人魚国を滅亡から救う道なのだ。いいな? お前の働き如何に成否がかかっている。けっして教師らに気取られぬよう、慎重に行うのだぞ!』


 今まで私を可愛がってくれた兄に逆らうことなどできない。

 お友だちにも話せない秘密を抱え、私は他の生徒と共に聖者の農場へやってきた。

 プラティ王女の存在も確認した。


 密命の第一段階は完了と言える。

 あとは、この農場の詳しい位置を、何とかして祖国の兄に知らせる。


 それができれば兄が集団引き連れ、プラティ王女を奪還に攻め寄せてくるはず。


 一騎当千の人魚戦士たち。

 兄さんが言うように、こんな小さな農場に防衛なんて……。


「えー、皆さん」


 と物思いに耽っていたら、誰かが何か言い出した。


「今日は特別な先生にお越しいただきました」


    *    *    *


「ノーライフキングの先生です」


 ……。

 ……ん?


 目の前になんか、この世のものとは思えない恐ろしい怪物がいる?

 乾涸びたミイラのような外見。

 しかし、発せられる魔力というか瘴気は凄まじい禍々しさで、私を含めた多くの生徒が呼吸も忘れ身震いする。


「先生は、生前は人族、そのため魔法薬は専門外です。しかしもうそういう区別とかどうでもいいぐらい極まった魔力は、きっと勉強になるのでよく学んでくださいねー」


 ……いや。

 勉強になるとか、そんな次元の話じゃなく……。


 ノーライフキング?

 陸に伝わる、最悪の脅威の一つ?


 それが何故私たちを前に青空教室などを。


「いやー、無理言ってすみません先生」

『聖者殿の頼みとあらば断われませんとも。それに若者たちと触れ合うと、ワシも若返ったような気分になります。こちらから頼んで授業を持たせてほしいぐらいですとも』

「先生の若返りに貢献できるなら、俺も嬉しいですよ」

『そうですな、一授業で十年は若返る気がいたします』

「先生にとって十年なんて誤差範囲じゃないですかー」


 はーっはっはっは! と笑い合う不死の怪物と、陸人の男性。

 あれがアンデッドジョークってヤツ?


 どっちにしろ、兄さんが率いる精鋭が仮に五千人いたとしても、ノーライフキングに勝てる気がしないんですが?


『では早速、今日の授業は実技を見てもらうとしよう。これから神を召喚するので、皆しっかり観察するように』


 私はその日初めて人魚族の祖神、ポセイドス様を直に拝観することができた。


    *    *    *


 ノーライフキングによる授業で常識のネジが二、三本弾け飛んだあと、さらに常識を覆す特別講師が現れた。


「魔王妃アスタレスである」


 ……。

 魔王妃?


 私の記憶の引き出しがちゃんとしたところに収まっているなら……。

 魔王妃というのは魔族の長、魔王の妃ということで間違いないでしょうか?


「本日はノーライフキングの先生に続き、特別講師を引き受けることとなった。いつもお世話になっている聖者様に、少しでも恩返ししたいと思っての登壇である。皆『一言たりとも聞き逃したら死ぬ!』くらいの気概でしっかり聞くように」


 魔王妃様怖い。

 なんか口調が王妃っていうより偉い将軍みたい。


「とはいえ、私が他種族の諸君らに講義できるのは、やはり魔族と人魚族のこれからの関係についてであろう。結論から言って、我々はこれ以上ない友好関係で結ばれている」


 そうなんですか!?


「そしてその友好の要となっているのが、この農場の主たる聖者殿と、その妻プラティ殿だ。この二人が健在な限り、地上にも海底にも戦争は二度と起こらぬことであろう。……逆に」


 逆に?


「もしこのお二人に危害を加えようとする者がいたら、どうなると思う?」


 魔王妃様の含みある問いかけに、私たち人魚の生徒は一斉にざわめいた。


「我ら魔王軍の名の下に、犯人は十五親等以内の親族もまとめて皆殺しとなるであろう」


 言うだけ言い終ると魔王妃様は、部下に預けていた自分の子どもを受け取っていた。

 そして滅茶苦茶甘い笑顔であやしていた。

 ギャップが凄かった。


    *    *    *


 今日の特別授業を通して、決定的に一つわかったことがあった。


 この農場に手を出すのはとてもヤバいということ。


 手錬を数十人送り込めば制圧できるとか、そんなの舐めているとしか言いようがない。

 この農場と事をかまえるには、最低でも人魚国の存亡を懸けねばならないだろう。


 魔族が敵に回ることも覚悟しなければならない。

 そもそも魔族との戦争を回避するのが目的の計画だったのに。


 中止だ。

 この計画は圧倒的に中止すべきだ。


 しかし兄さんは納得してくれるだろうか? 実際に農場の破天荒ぶりを直視しないまま、伝聞だけでしっかり把握してくれるだろうか?


 途方に暮れる私の頭の上で、なんか翼が生えた空飛ぶ人が、ドラゴンと互角の勝負を演じていた。

 しかしそれを見上げて慌てふためいている人は、私たち分校生徒以外誰もいない。

 練習試合? もう見慣れた風景なんだってさ……。


 それからもう一つ。

 地表の方に目を向けると、そこにも注目すべきものが。


 プラティ王女。


 問題の核心というべき人だ。

 この人外魔境な農場の主に嫁入りし、今はもう既に妊娠中だという。


 愛する旦那さんがいて、子宝にも恵まれて、何処からどう見ても幸せな状態。

 この幸せを壊す権利が、誰かにあるというのだろうか?


 …………。


 結局、私は皆が幸せでいるために、実家への手紙に紛れ込ませた暗号で。『チョウサ・ケイゾクチュウ』と書き送り続けるのみだった。


    *    *    *


 余談。


--------------------------------------------------------------------

(前略)。

 そうそう、人魚分校に参加させた生徒の中で■■■■って名前の娘がいるんだけどね。

 彼女スパイだから。

 何処からのスパイかって言うと、反王党派?

 魔族が攻めてくるぞー! って不安を煽って勢力を伸ばしてるの。

 アナタの居場所を突き止めるために送り込まれたのが彼女なんだけど、適当に懐柔しておいてくれない?

 ホラ、おバカな人って一つ上手くいきそうな事柄があると、それに集中して他が疎かになるものでしょう?

 プラティ王女の身柄を抑えられるってエサで余計な動きを封じておく間に、一掃する準備を進めておくから。

 プラティちゃんも、元・人魚国の王女なんだから、時間稼ぎぐらい手伝ってくれてもいいわよねー?

(後略)。

--------------------------------------------------------------------


 人魚王妃シーラより、娘プラティへ宛てられた手紙から抜粋。

 それを受けてプラティの一言。


「懐柔するまでもなかった……!」

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