258 お妃は魔女
勝利。
聖者の農場にて育った五人娘vs学校のエリートたち。
結果はエンゼルたちの圧勝。
五戦全勝。
想定しうる限り最高の結果に、このわらわゾス・サイラ『アビスの魔女』として満足至極である。
対して敵の方は、人魚国最高峰の魔法薬学校の成績優秀者として大失態。
勝って当然の勝負で大惨敗し、面子を丸潰れにされた形じゃ。
生徒らを自信満々で推してきたカープのヤツも醜態じゃのう。
愉快愉快。
「先輩たちに全勝しちゃった……!」
「こんなに強くなっていたの私たち……!?」
勝った当人たちが一番困惑しておる。
しかし、何を驚く必要がある。
「最高の技を持つ魔女から直接指導を受け、実技実験、様々な実践の機会を得たおぬしらじゃ。成長しておらぬわけがないであろ?」
「ゾス・サイラ様!」
「まして学校で、方程式を書き写すことしかしておらぬ温室育ちに万が一にも負ける要素がないわ。……これでハッキリしたの?」
農場と学校。
どちらがこの子らの成長に有益であるか。
ま、自分たちがトップクラスと信じて疑わなんだ輩には、ちと辛い現実を突き詰めてしまったかもじゃがの。
ホホホホホホホホホ……!?
「全滅……、私が手塩にかけて育てた生徒たちが……!?」
おうカープ。
絶対勝つと思ってボロ負けした今どんな気持ち?
ねえ、どんな気持ち?
「エンゼル王女や……、他の子までこんな短期間で急成長を……!? 休学する前は、けっして突出した成績でもない、凡庸な子たちだったのに……!?」
「それを非凡に作り替えるのが農場の凄さよ」
別に農場の住人でもないわらわ、代表者気取りで振る舞う。
「ここまで揺るぎない結果を見せてやったのじゃ。頭の固いおぬしでも理解できるであろう。ここは、この子らを育てるのに最高の環境ではないとな」
「しかし……! ここは、人魚国最高の名門校……!」
「それがどうした? 名門校も、魔女数人を擁する農場の豪勢さには敵わんということよ。それをよく理解して潔く身を引くんじゃな」
それがこの子らの成長を促すもっともよい行動となろう。
「いいえ! できません!」
「往生際の悪いヤツじゃ」
「第一王女たるプラティ様を中退させてしまい、かつ妹君のエンゼル王女まで育て上げられなかった……! そんなことになれば我が校の存在意義はないも同じ。あの方に顔向けできなくなる……!」
王立じゃからのうマーメイドウィッチアカデミア。
なのに王族を卒業させられなかったなんて「なんのためにあるの?」って話になるわ、そりゃあ。
「まだ、終わりではありません!!」
「いや、終わったわ。五勝負全部済んだわ」
「いいえ、まだ残っています、アナタと私の勝負が!!」
そう言ってわらわを睨むカープ。
なんじゃ?
「アナタに勝負を申し込みますゾス・サイラ! 私が勝てば彼女たちを置いて去りなさい!」
「見苦しいことこの上ないのう。この子らの教育方針を、当人でないわらわとおぬしの直接対決で決めるというのか?」
「関係はあります! この勝負で、指導者の力量をハッキリさせる! 強い者が後進を導く、ただそれのみ!」
こじつけにもほどがある。
追い込まれると暴走気味になるのも昔から変わっておらぬのう。頭の固いヤツにありがちなことじゃ。
「しかしカープよ、おぬし大事なことを忘れておらんか?」
この『アビスの魔女』ゾス・サイラに挑むことの無謀さとか。
「おぬしが、かつて一番ツッパッておった時期ですら、わらわに挑んで勝てたことが一回でもあったかの? 『アルスの魔女』?」
「その名で呼ぶのはやめなさい。私は今では、栄えあるマーメイドウィッチアカデミアの教師です!」
ならば試してやろうではないか。
その大層な教師様が、自分自身どれだけ成長したか?
「あわわわわわわ……?」
「さっきから思わせぶりに、この二人はどんな関係なの!?」
外野で小娘どもがビビり倒しておるが、まあ安心して見ているがよい。
一瞬のうちに勝利して、わらわがおぬしらを農場に連れ帰ってくれるわ!
「ダメよ」
「「!?」」
わらわたちを制止する声?
その声は!?
「ゾスちゃんもカーちゃんも昔はあんなに仲良しだったじゃないの。ケンカしちゃダメよ」
「ああッ!? アナタ様は……!?」
現れる絢爛たる人魚夫婦。
夫の方は威厳ある風格にて、豊かな髭と雄々しき尾びれを讃える屈強の壮年人魚。
そして妻の方は、絢爛に輝く魅力を放つ、齢二十代の乙女かと見間違えるような若々しい淑女。
「人魚王ナーガス陛下!?」
「そして人魚王妃シーラ様!?」
人魚国の支配者にして王権の継承者。
そしてプラティやエンゼルの両親でもある。
「パパ! ママ!」
その証明とするように、エンゼルが母親へと抱きつく。
「どうしてここに? お城で待ってるって言ったじゃない?」
「そうしようと思ったんだけど、パパがあまりにも心配しちゃってね。結局様子を見に来ることにしたのよ。……そうして正解だったわね」
エンゼルを抱きしめたまま、シーラ王妃がこちらへ泳ぎ寄ってくる。
わらわとカープ。
二人の下へ。
「ゾスちゃん、アナタは今でもお尋ね者なんだから、都で大暴れなんかしちゃダメよ? 派手すぎると、さすがに衛兵たちを制止しきれないわ」
は、……はい……!
「カーちゃんも、今では責任ある立場なんだから軽率をしちゃいけません。生徒たちに『トラブルは拳で解決しろ』と教えるつもり?」
「も、申し訳ありません……!」
わらわもカープも、人魚王妃の前でカッチカチに固まってしまう。
反論もできない。
「ですがシーラ王妃。ことはマーメイドウィッチアカデミアの威信に関わる問題です……!」
あ、カープのヤツ反論しやがった度胸あんな。
「我が校の設立目的は、人魚国の王族を、その血統に見合った淑女に育て上げること。長女のプラティ様にそれが叶わず、エンゼル様の指導権まで奪われるとあっては存続に関わります。ここはどうかシーラ様からもご配慮を……!」
「カープ? アタシに口答えするの?」
ヒィッ!?
だから言ったのに!!
直接対するカープだけでなく隣のわらわも、周囲の小娘人魚たちもビビッて震えておるではないか!?
「もっす!」
と同伴の人魚王が咳ばらいを一つ。それでシーラ王妃はハッとして殺気を収めた。
「……まあ、今じゃカーちゃんも教師さんだから、学校のことを考えないとだわよね? アタシは別にどっちでもいいと思うんだけど。プラティちゃんもエンゼルちゃんも、元気に育ってくれれば学歴なんて……?」
「そういうわけには……! 国家と学校の体裁も……!!」
「あぁ?」
だからカープなんで口答えする!?
学ばんのか、お前は教師のくせに!?
「もっす!」
「ああ……! 大丈夫よ、学校にはちゃんと配慮してあげるからね、王室からも」
人魚王様が咳払いしてくれなかったら、カープのヤツ何回殺されていたことか?
「ゾスちゃんは、さっきから何も喋らないわね? だんまりね?」
「ハッ! 姉さまが喋れとお望みなら何でも喋らせていただきます!!」
「ダーリンと結婚してからは、その呼び方やめろって言ったわよね?」
「申し訳ありません姉さまッッ!!」
エンゼル始め、学校生徒の小娘人魚たちは、事の成り行きを理解できず呆然としておった。
人魚界最悪の問題児、六魔女の一人。
人魚国最高の名門校教師。
この二人を並べてビビらせている人魚王妃の貫禄に。
「アタシはね、アロワナくんもプラティちゃんもエンゼルちゃんも、そしてさらに下の子たち全員も自由に生きてほしいのよ。自分の人生に悔いがないように。それを甘やかしだと非難する人もいるけれど」
そんな命知らずがいるんですか?
「だけど、やっぱり人魚王族に生まれたからには責任は伴うわよね。だからアタシの方から妥協案を用意してみたの。それで皆とりあえず納得してくれないかしら?」
「「「「「はあ……?」」」」
「納得するわよね?」
「「「「「はいッ!!」」」」」
よぉし、お前ら賢いぞ。
シーラ姉さまの言うことにはとにかく従っておくんだ。それが長生きの秘訣だぞ。
「ねえねえゾス様?」
エンゼルがわらわに問いかける。
「ゾス様、ウチのママと仲良しっぽいけれど、知り合いなの? ママが六魔女と面識あるなんて全然知らなかった」
「む、昔ちょこーーっとつるんだことがあってのう?」
それ以上は聞かないでほしい。
「言ったら殺す」と結婚前にきつく口止めされているのだ。
…………。
今を去ること二十年ぐらい前、わらわとカープは、姉さまに率いられて大海で暴れておった。
そしてついに人魚国を滅ぼすほどの大計画を実行しようとしたその直前、突如現れた若き男人魚と大恋愛の末、計画を投げ出して結婚してしまったのが、あの人なのじゃ。
かつてあの人が冠した称号は、人魚アウトロー界を隅々まで震撼させたものよ。
『暗黒の魔女』シーラ・カンヌ。
その経歴を知っておるのは、当事者夫婦を除けば精々妹分であったわらわとカープぐらいのもの。
『知っていながら生かされている』と言い直した方がいいかもしれんが。
だからあの方の実子であるプラティやエンゼルにも、うっかり口を滑らせることはできんのじゃ!!
「ゾスちゃん? 久々にアナタに会えて嬉しいわ」
「はいぃ!?」
「改めて言っておくけど、アタシたちの思い出は、胸に秘めておいてこそ美しいと思うの」
「まったくその通りでございます!」
少なくともプラティの傑出した才能は、この方から受け継いだ血統であろう。
とにかくも人魚王夫妻の登場によってカープも他も何も口出しできぬようになってしまい。
この件は丸く収まった。
……のか!?






