257 受け継がれる魔女技
「マーメイドウィッチアカデミア敷地内に設営された格闘場です。今回は全水型を使います」
「名門校は設備も豪勢じゃのう」
室内全部が水で満ちている。
人族か魔族が入れば確実に溺死。我ら人魚族だからこそ活用できるスペースじゃ。
ちなみに全水型の他に室内を半分だけ水で満たした半水型格闘場もある。
水面近くでの戦いを想定し、一度浮上してからの奇襲などトリッキーな駆け引きも加味されるのが半水型格闘場の特徴だが、それを排して全水型を選んだということは純粋な実力のみで白黒ハッキリさせようという意気込みであろう。
「そしてこちらが、アナタたちのために用意した対戦相手。カープゼミの優等生たちです」
新たに現れた見覚えない人魚ども五人。
若い乳臭い。
見るからに綺麗な身なりでエリート然としておるが、わらわから見れば凡庸じゃな。
「これからアナタたちには、彼女らと一対一で戦ってもらいます。一人一人」
勝てば晴れて農場での修行を続けられ、負ければ学校に繋ぎ止められる、か。
「しかしガチで戦闘なんじゃな。学校の教師が仕掛けるんだから、もっと穏当な形式かと思ったんじゃが」
筆記テストとかクイズ形式とか。
「アナタのような野蛮な方には、これぐらい単純な方がいいでしょう? 負けても言いわけできないようにね?」
「褒めてやるわ。そこまで自分に厳しい条件を課すとはの」
バチバチ火花を散らして、互いの陣営に戻る。
成り行きとはいえ、小娘どものセコンドを務めることになったが、わらわという名軍師がついたからには勝利は約束されたも同然!
なのにエンゼルら小娘どもは始まる前から腰が引けとる。
「無理ですよぉ……! 勝てませんよ……!」
「相手全員、最高学年じゃないですかぁ、勝負になりませんよぉ……!」
なるほど、敵は上級生か。
ならばビビるのも致し方ない。学生にとって一年でも学年差は絶対的なものじゃ。
大人と子どもほどの実力差を意識するものじゃろう。
「でも、やるしかないわ……!」
お?
わらわが激励しようとしたところで先を越された。
「この戦いに勝たなければ、アタシたちは農場に戻れないのよ。必ず勝つ! 農場で学んできたことを、今こそ出し切る時!!」
エンゼルか。
さすが王族の端くれ扇動が上手いの。
わらわがやろうとしたことを持ってかれてしまったわ。
「そうじゃ、安心せい。おぬしらにはこのわらわが付いとる」
この『アビスの魔女』ゾス・サイラが。
最初は乗り気でなかったが、だんだん興が出てきたわ。ここはおぬしらを助けてカープに泡を噴かせてやる。カニのように。
「勝つための指揮は、すべてわらわが執り行ってやる。『アビスの魔女』の直接指揮じゃ。大船に乗ったつもりでおるがよいぞ!」
「監督!」
「監督ぅ!!」
ここで謎の監督呼び。
「言っておきますけど、アナタの作成した魔法薬を生徒たちに使わせるのは反則ですからね?」
「わかっとるわ。誰がそんな姑息な手を使うか」
この手の勝負は、魔法薬作成と使用の技が試される。
魔女は、自作の魔法薬こそもっとも上手く使いこなせるものであり、それで勝たねば意味がない。
「では、早速始めましょう。一番手、前へ」
「よし、行けディスカス」
小娘どもの一人ディスカスは、『氷の魔女』を自称しておったな。
あのパッファに憧れとるらしく、服装も素振りもアイツをリスペクトしとる。
対する相手は……。
「アミア家息女、カルヴァ」
これまた典型的なエリートっぽいヤツが出てきたのう。
見た目スマート。パッファの真似をして妙にけばけばしいディスカスとは対照的じゃ。
「庶民ごときが粋がって、分際を忘れたようね。この私が躾けてあげるわ。生まれの卑しい者は、私のような真のエリートの影に隠れているべきだということをね!」
「……ッ!?」
審判を務めるカープから、「始め!」の鋭い声が上がった。
しかし、その声は水中に虚しく反響するだけだった。
対戦する二人は、双方少しも動かない。
「……ッ!? どうしたの? 『始め』よ! 魔法戦を始めなさい!!」
「教諭、もう始まっています」
「え?」
「そして終わりました」
ディスカスの対戦相手……、何つったかの?
まあいいや敗者の名などいちいち覚えていてはキリがない。
ディスカスに負けたソイツは、今なお懸命に動こうと体を揺らすが、動けない。
ヤツの体の表面の水が、うっすら凍っているのがわかった。
「くそおおおッ!? 動け! 動けない!? 魔法薬で氷を中和して溶かせない!?」
「パッファ姐さんが言ってた。氷を作るのは、魔法薬で温度を下げて作るんじゃない。魔法薬と水を反応させて氷を作る。温度は、発生した氷が勝手に下げてくれる」
パッファのえげつない得意技じゃのう。
魔法薬と水を反応させて氷を作るから、単純な温度上昇魔法薬では氷を溶かして中和できない。
生成された氷は周囲の温度を冷やし、冷えた水分と反応してさらに低温の氷を作り出す。
この循環でドンドン氷を作り出すパッファの音なき侵略は、油断したらわらわでもヤバい。
「お前ええ! 既に魔法薬を水中に混ぜていたな!? 試合開始の前からああああッ!?」
「それが何か?」
「卑怯だぞおおおお!? 開始の合図を無視してええ!?」
「これもパッファ姐さんの言ってたことだが、実戦で開始の合図をしてくれる人なんていない。敵を前にしてのんびり油断している方がアホなのさ」
あのエリートは、もう自力で氷から脱出することはできん。
ディスカスの氷結魔法薬は、パッファのものに比べれば作り込みが甘く効果も低いが、あれを中和できんようでは名門校もたかが知れとるのう。
「くッ!」
その証拠というべきか、カープのヤツが投げつけた試験管が氷とぶつかって割れ、中身の魔法薬が水中に広がるだけで氷は見る間に溶けていった。
「カルヴァ、アナタの負けよ。魔法薬学師なら不意打ちでも氷結攻撃ぐらい充分中和できる。それができなかったのはアナタの勉強不足よ」
「はい……!」
「第二戦! 対戦者はそれぞれ前へ」
こちらの二番手はベールテール。『火の魔女』を自称しておるそうな。
リスペクト相手は『獄炎の魔女』ランプアイかの。
対戦相手は……。
「ベタ家息女、クラウンテール」
エリート然としているのは違いないが、また変わり種っぽいのが出てきたの。
女人魚のくせに銛持っとるぞ。銛。
「ベタ家は人魚国有数の武家。『闘魚』の異名を持つ家柄よ」
そうなのか?
解説ご苦労。
「そこの娘であるクラウンテール先輩も、卒業後は近衛兵入りが決定していて将来の幹部候補なんですって」
「エリートじゃのう」
というか相手の方もランプアイをリスペクトしとらんか?
小ランプアイ同士の激突というわけか。
「始め!!」
また一瞬で勝負がついた。
この戦いは魔法薬だけでなく、本来男人魚の得物である銛使いでも競い合う勝負となったが、相手クラウンテールの突き出す銛を、こちらベールテールが華麗にかわし、相手の盾に燃焼魔法薬を叩きつけることで勝負がついた。
ランプアイ直伝の燃焼魔法薬は、高い粘着性で試験管から零れ出ると盾表面にくっつき、水中でも反応して燃え続ける。
金属製盾はどんどん加熱され、クラウンテールとやらは熱くて持っていられなくなった。
男人魚の闘法では銛と盾はワンセット。
その真似をするクラウンテールとやらも、二つで一つの一方を失って闘法は成立しない。
片やベールテール。銛使いと魔法薬使いを併用する戦い方。ランプアイが独自に編み出したその技を叩きこまれておる。
片翼をもがれた先輩と、万全の後輩では勝負にならず、あとは一方的であった。
第二試合も、我らの側ベールテールが勝利。
* * *
第三試合に参加したヘッケリィは、『風の魔女』を自称しておる。
どうやらヤツは『疫病の魔女』ガラ・ルファの薫陶を得ておるらしく、ヤツが新開発した魔法薬ならぬ魔法細菌を受け売り制作して、ばら撒きおった。
水中に散布された魔法細菌は対戦相手の服に付着、繊維を分解して丸裸に。
まことに酷い勝ち方であったが、さらに酷いことに一度放たれた魔法細菌は際限なく増殖し、作った本人ですら止めることが不可能。
対策して魔法細菌でも分解できない金剛絹の衣服を着てきたヘッケリィ以外の全員が丸裸になるリスクを負って。
闘技場の水を丸ごと沸騰させて細菌を死滅させる大騒ぎとなった。
* * *
第四試合の『地の魔女』バトラクスには、わらわ自身世話になったことがある。
オークボのイベントに参加した際、遊戯用ディープ・ワンの量産を手伝ってもらっての。
あの際、ヤツの担当で作った分の残りを使用すればいいではないかとアドバイスして実際に戦場投入。
叩かれるたび分裂する遊戯用ディープ・ワンに対戦相手はまんまとハマって、最終的に圧倒的多数に押し潰されおった。
* * *
そして最後。
人魚国第二王女エンゼルは……。
「必殺! マーメイド・スパーク!!」
「あれはッ!? 人魚王家に代々伝わる三大奥義の一つ!? 使い手が途切れて久しく、プラティ王女が数十年ぶりに復活させたと聞きましたが……!?」
それを妹も使えるということは、姉から習ったか。
仮にも王家が奥義と位置付ける技。手取り足取り教えてもらっても容易に体得できるものではなかろうに。
まあそんなわけで。
この勝負は我ら側の五戦全勝。
名軍師わらわ、ごり押しで勝つ。







