250 ドラゴンの秘密
とりあえず、発見してしまったからには放置というわけにはいかない。
新たなるドラゴン、シードゥルさんを応対することとなった。
「アラいいんですか? お酒もまだ完成していないというのに?」
むしろ完成させたらヤベーやつです。
竜のエキスをたっぷり染み出させたという竜酒。
飲んだら不老不死になるとか、余程の覚悟がないと飲むことはできない。
俺が飲んだのはまだ浅漬けの薄い酒だったから不老不死にまでなることはなかったが……。
……で、いいんだよね?
大丈夫だと信じていいよねッ?
とにかくもシードゥルさんが追い求めているアンブローシアの実を探求するため、彼女にも酒瓶から上がってもらった。
そして会話しやすいよう、彼女にも人間形態に変わってもらった。
人化したシードゥルさんは、物腰の印象通りの美しい女性で、スラリと背が高く、プロポーションもはち切れんばかりであった。
要するにダイナマイトバディ。
「…………」
ヴィールの人間形態と見比べてしまう。
「なあ、彼女ヴィールのことお姉さんって呼んでるけど……」
「なんか文句あるか?」
ないです。
俺は言葉をぐっと胸の内に押し込んだ。
で、問題のアンブローシアとやらだ。
『実』というからには果物で間違いないのだろう。木の枝に成るものだ。
既に絶滅してしまって地上に存在しない植物らしい。
俺の『至高の担い手』で土を撫でると、本来この世界に存在しないはずの異世界の植物も生えてくる。
だから、絶滅した植物であろうと発芽させることは理論上可能なのかもしれないが……。
「それでもまったく知らないものを実らせることなんてできるのかな?」
初の試みである。
どうなるかはやってみないとちょっとわからない。
そもそも見たこともない植物だから、仮に芽を出して立派な実が成ったとしても成功か失敗か判断できないだろう。
見たこともない木なので見たこともない実が成るだろう、を地で行く。
「うむむ……!? どうしたものか……!?」
果物のことならダンジョン果樹園ということで、現地に来て色んな果樹を眺めながら考えている。
「あらあら、色とりどりの樹木があって、とても素敵なダンジョンですわ」
「そうだろう! おれが支配するダンジョンをご主人様が改造したんだぞ!」
一緒についてきたヴィール、シードゥルのドラゴン姉妹。
「ちょっと見て回ってきていいですか? ヒト様のダンジョンを訪問するなんてなかなかないですから……!」
「好きなだけ見て回るがよい! そしておれとご主人様の偉大さを思い知るがいい!」
自慢げなヴィールである。
そしてシードゥルはお言葉に甘えてとばかりにあちこち見て回るが……。
「きゃああああーーーーッ!?」
「何事だあ!?」
唐突に悲鳴が上がったので、慌てて向かう。
あの声はたしかにシードゥル。
ドラゴンが悲鳴を上げるなんてよっぽどのことだぞ!?
「どうした!? 何があった!?」
すぐ近くで腰を抜かし、尻もちをついていたシードゥルを抱え上げる。
「あ、ありましたわ……!」
「へ?」
「これこそアンブローシアですわ!!」
何!?
アンブローシアって現在絶滅してどこにもないはずだろ!?
シードゥルの震える指の先を追うと、そこにあったのは生い茂る木に成る真っ赤な実……。
「リンゴ?」
そうリンゴ。
俺にとっては何の変哲もない果物。
「これがアンブローシアだっていうの? 俺の故郷じゃリンゴっていうものなんだけど?」
「間違いないですわ! アンブローシアの特徴は、旅立つ前にお父様からしっかり聞いておりましたの!」
それ早く言えよ。
しかし、こっちの世界で滅び去った植物が、前の世界で別の名前で繁栄しているとは。
そんなことがあり得るのか?
「リンゴの木ならダンジョン果樹園にたくさん生えているし、実も毎日のように食べられてるよ。これも……」
リンゴのよく熟れているものを一つもぎ取り、手拭いで拭く。
「お一つどうぞ」
「ええーーッ!? でもお父様に献上しなければならない大切な実を……!?」
「他にもたくさん成ってるから大丈夫ですよー」
シードゥルは、しばらく目を泳がせて躊躇の表情を見せていたが、やがて意を決してシャクリ。
なんかイブに禁断の実を食べさせた蛇の気分になってしまった。
「美味しいわ!! さすがお父様が試練に選ぶだけはあるわ!」
家に帰ったらアップルパイも焼いてあげよう。
「なんと言うことでしょう! アンブローシアを育ててくれるどころか既にあったなんて! さすがお姉さまのご主人ですわ。……で、あの……!」
「好きなだけお持ち帰りください」
「ありがとうございます! この御恩は忘れませんわ! いずれ必ずお礼に……!」
今にもドラゴンに戻って飛び立たんばかりの勢いのシードゥルだった。
……が。
「ちょっと待て」
それを冷静な声で止める者がいた。
シードゥルの姉、ウチでお馴染みのドラゴン、ヴィールだ。
「これを持っていって、本当にアンブローシアだと認めてもらえるのか?」
「はい?」
ヴィールは、みずからの手にあるリンゴを眺めて言う。
「実際にはリンゴだろう? アンブローシアと似てるだけの別種だ、と言われたら、そうでないことをどう証明するんだ?」
「あの……、その……!?」
「試練に失敗したら、その場で魔力と知性を奪われレッサードラゴンにされてしまうんだぞ? 『これで大丈夫かも』程度で戻ったら、そのままデカいトカゲになってしまうぞ?」
どうしたんだろう?
ヴィールがいつになく真剣モードではないか?
「実は最近、噂を聞いてな……」
「噂?」
「父上は、本当は試練で後継者を決めるつもりなどないんじゃないか? と」
「どういうことですのお姉さま!? 新たなガイザードラゴンを決めるためにお父様は、わたくしたちに試練を課してるんじゃないんですの!?」
え? 何?
真面目な話?
「そもそも何故試練で後継者を決める必要がある? 父上の正統な後継者は、グラウグリンツドラゴンであるアレキサンダー兄上で本来決まりのはずだ」
「それは、アレキサンダーお兄様が、お父様と仲たがいしたから……!」
「老いた父上は既に、若く猛烈なアレキサンダー兄上に抗する力はない。だからおれたちを利用しているのではないか?」
「利用?」
「つまり、後継者選びと称しておれたちに試練を受けさせ、試練を果たせなかった罰としてレッサードラゴンに変えて魔力を奪う。その魔力を蓄えて、アレキサンダー兄上に対抗する力を確保しようとしているのだ!」
「そんな、じゃあ試練も後継者選びも茶番だというのですか!?」
真面目そうな話に割り込む余地のない俺は、座ってお茶することにした。
「でもでも……ッ! ならば何故わたくしたちに試練など課すのです!? 力が欲しいなら無理やり奪えば……!?」
「いかにガイザードラゴンと言えども、他のドラゴンから無理やり力を奪うことなどできない。だから誓約の魔法を使ったのだ」
「誓約……!?」
「約束を交わし、約束を破った者に強制的に執行される呪いだ。それならば、罰則という名目でおれたちから力を抜き取ることができる。何も労することなく」
「試練というダミーで、わたくしたちの気づかぬうちに誓約を結ばせ、それを破ったという方便で力を奪い去る。それがお父様の真の目的……!?」
「そうだ。……と、いう風に……」
ヴィールは言った。
「……ウチの近所の死体モドキが推測してた」
「今の全部受け売りだったのかよッッ!?」
よかった。
最後に全力ツッコミする役割が俺にもあった。
ヴィールにしてはやけに真面目な推論を展開するなと思ったら、先生の推論だったの!? ノーライフキングの先生の!?
さすが先生、よく考えていらっしゃるぅ!!
「ご主人様を通してあの死体モドキとも仲良くなったから、色々聞くことができたのだ。言われてみると思い当たる節が超あってな」
「たしかに、その論で行けば腑に落ちることが山ほどありますし……。それが真実だとしたら仮に試練をクリアしても、難癖つけられて不合格になる可能性が滅茶苦茶高い……!?」
「特にお前の試練なんて、その実を持っていってもツッコミどころだらけだろ。まず間違いなくレッサードラゴンにされるぞ」
「う……!?」
「ここはテキトーにはぐらかして、アレキサンダー兄上が動き出すのを待つのがベストなのだー」
脱力しながら言うヴィールだった。
よくわからんというか、あえてわかりたくないが、ドラゴンの世界も難しいんだなあ。
そして受け止めきれない真実を聞かされたシードゥルは、目を回しながら煩悶中。
「じゃ、じゃあお父様のところに帰ったら成果に拘らず不合格……? でも戻らないとしてどこにいれば……!?」
色々思考の堂々巡りをした結果。
「わっ、わたくしもうしばらくお酒の中に入ってないとーッ!?」
と駆け去っていった。
酒瓶の中に引きこもることで結論を先送りにしようという考えなのだろう。
「その前にアップルパイ食べてきません?」
「わーい食べますー」
こうして我が農場の酒蔵に、また一人のドラゴンが住みつくようになった。
引きこもるようになったというか……。
いやしかし、たっぷりエキスを出して竜酒を完成させたとしても我々じゃ持て余すんですが?
 






