24 和解
さて、それからのドラゴン姫ヴィールであるが……。
豚肉ステーキで満腹になったあと、消化が進んで再び動けるようになると、改めて俺へ戦いを挑んできた。
どうやら、先生の説明を横で聞いていたことで使命感が甦ってきたらしい。
お父さん竜から与えられた試練を乗り越えようと、ドラゴン姿に戻って襲い掛かってくる。
聖剣を奪おうと。
俺もむざむざ殺されたくないので、聖剣を使って応戦。
五秒で勝った。
「俺、強い」って俺自身がビックリした。
それでもめげずに再挑戦してくるヴィールで打ちのめし、再挑戦しては返り討ちを繰り返していくうちに胃内の消化が進むので、解凍した肉の残りでステーキを作ればヴィールは喜んで食う。
満腹になったらまた襲ってくる。
倒す。
その繰り返し。
俺も途中からいい加減気疲れしてきたので、最後の手段を使うことにした。
「俺が死んだら、もうステーキが食べられなくなるよ」
「!?」
それでヴィールは止ってしまった。
ドラゴンが餌付けされてしまっていた。
「父上からの試練を乗り越えるには、このニンゲンを殺さなきゃいけない。ニンゲンを殺したら美味い肉が食べられない。どうすればいいんだあああああ……!?」
心底本気で悩んでいた。
「俺が素直に聖剣を渡していれば、それで済む話なのかなあ?」
考えてみれば俺自身がこの剣に固執する理由は毛ほどもない。
一番欲しい人が所有すればそれでいいのではあるまいか?
「ッ!? くれるのか!? なら今からでも充分遅くない! 渡して! 今すぐおれに! 邪聖剣をギブミー!!」
ヴィールが目の色変えて縋ってきたが、結論から言ってやっぱり駄目だった。
いつぞやのように聖剣が俺の手から離れないのだ。
鞘ぐるみでヴィールに渡し、手を離そうとした瞬間刀身が吸盤のようにくっついて離れようとしないのだ。
「ああ、もうやっぱり!?」
半ば予想できた事態なので、スッパリ諦めた。
ヴィールはそれでも聖剣なしにお父さんの下へ帰ることはできないということで、依然として山ダンジョンに住み着きつつ、俺から聖剣を奪う手段をあれこれ考える方針らしい。
「覚えていろよニンゲン! いつの日か必ずお前の手から邪聖剣を奪い取ってやる!! それまでの間もちょくちょく美味い肉を食べにくるので何卒よろしく!」
「おう、いつでもおいで」
こうして俺は、また仲良しのご近所さんを得たというわけだった。
先生に続いて二人目。
知り合いリストに、世界二大災厄が早速揃ったぞ!
「よかった! じゃあこれからもあの山ダンジョンで採取や狩りができるのね!!」
そのことに関して、プラティが狂喜した。
彼女が一番喜んだポイントがそこだった。
「これからは安定して、スクエアボアのお肉が手に入るってことじゃない! それだけじゃないわ、山ダンジョンで得られる素材食材は、洞窟ダンジョンより段違いに豊富よ! それら役立つ色とりどりを、主のお墨付きで獲り放題ってこと!?」
「いい気になるな人魚。獲り放題などさすがに許さん」
美味い話はそうそうなかった。
「我がダンジョンに発生するモンスターは、おれにとっても貴重な食糧源なのだ。おれの食う分まで獲り尽されたら敵わんぞ」
詳しく話を聞くと、あの角イノシシことスクエアボアは、ヴィールの大好物。
ドラゴンの姿で襲い、生きたまま丸呑みにするのが一番好きな食べ物だったそうだ。
今回、怒り心頭で俺たちの下へ殴りこみに来たのも、その角イノシシを数十頭も乱獲されたことで率直にキレたから。
「アタシたちの食べる量なんて、ドラゴン化したアンタに比べれば微々たるものよ。今回狩ってきた分も、一年ぐらいかけて消費するつもりだったんだし」
「そ、そうなのか!?」
「それに、アタシたちの手を介せば、丸呑みなんかより遥かに美味な方法でスクエアボアを食べられるのよ? それはもう実証済みでしょう?」
「た、たしかに……!」
俺たちは、ダンジョン主であるドラゴンのお墨付きを得てダンジョンで素材を得られる。
ヴィールは、その報酬としてより美味しい方法で獲物を食べられる。
見事なギブ&テイクが成立してしまった……!
「……そうと決まったら、ヴィールに相談があるんだが」
「なんだニンゲン?」
ヴィールの住む山ダンジョンから採取できるのは、何も角イノシシだけではあるまい。
他にも色んな種類のモンスターが住んでいるだろうし、他にも木材や山菜や木の実などで山の幸は豊富。
俺たちの住んでいる小屋も、よく考えてみればヴィールの山ダンジョンから切り出した材木で建てたのだからな。
で。
「キミの支配しているダンジョンの中に、鳥型モンスターはいるか?」
「鳥?」
以前プラティの話の中で、鳥タイプのモンスターも何種類かいると聞いた。
具体的には聞いていないが、ヴィールのダンジョンにもいるのだろうか。
「そりゃいるさ、何種類もな。だが詳しくは知らん、ヤツらはスクエアボアより小さくて食いでがない上に、骨ばっててあんまり美味くないのだ」
ヴィールの中で、鳥類の食材ランクはイノシシよりも下らしい。
しかもかなり間を空けての下。
「旦那様、もしかして?」
プラティは、以前の話を思い出したのか、生唾をゴクリと呑んだ。
そう、卵の話だ。
「鳥肉もいいけど、今は卵の方が欲しくてね」
「卵?」
ヴィールも困惑顔。
「モンスターの中に、定期的に卵を産むような種類がいたら、是非とも捕まえて飼っておきたいんだけど……!」
「卵があれば、今食べたものよりもっと美味しいスクエアボアの料理ができるのよね!?」
プラティの興奮がヴィールにも伝播していく。
「何だと!? 今日食べた料理でもとんでもなく美味いというのに、さらにその上が!? 鳥の卵があれば、それができるというのか!?」
トンカツね。
卵だけじゃなくパン粉も必要だけど、一歩近づきはするだろう。
それに、トンカツだけに限らず……。
「卵は是非ともほしいんだよ。卵があれば、作れる料理のレパートリーが段違いに広がるし……」
「「!?」」
その言葉に、美女二人は同時に反応した。
「……旦那様、質問」
「んふ?」
「レパートリーが広がるって具体的にどれくらい?」
「そりゃ劇的にだよ」
卵単品でも卵焼きに目玉焼きに茹で卵。
別の食材と合わせても作れるものが爆発的に増えるし。
……あ、卵があればマヨネーズも作れる。
調味料がまた一品豊富になるな。
あと菓子類にも卵は必要不可欠だ。
そこまで行き着くにはまだいくつかの問題をクリアしなきゃだろうけど、確実に夢が広がるなあ。
「「…………」」
……あれ?
プラティ? ヴィール?
何をさっきから無言でいるの?
しかも体をプルプル震わせて?
「おれは帰る! 今すぐ自分のダンジョンに帰るぞ!!」
と思ったらいきなりヴィールが絶叫した。
「鳥型モンスターを根こそぎ捕獲するのだ! そして選別! 要望に見合った卵産むヤツを必ず見つけ出してみせる!!」
「待ってヴィール! アタシも連れて行きなさい! モンスターの生態を見抜く目なら、アタシの方が確かよ!」
こうしてプラティは、ドラゴンの姿に戻ったヴィールの背に乗り、一緒に飛び立っていった。
あれ? あの二人仲いい?
いつの間に?
『生きとる連中は賑やかじゃのう……』
そしてノーライフキングの先生は、これまでに様子をただ黙って見守っていた。
静かに。それこそ草葉の陰から見守るような感じで存在感が欠片も悟れなかった。
まさに死者の王。さすがだ。
* * *
これは余談だが、俺の求めるニワトリ型モンスターは、結局ヴィールの支配する山ダンジョンでは発見されなかった。
代わりに先生の住む洞窟ダンジョンの方で発見されることとなる。






