243 風雲オークボ春の陣
春が来た。
耐える季節の終わり、そしてこれから萌えいずる殖えゆく季節が始まってゆく。
プラティのお腹に我が子を持つ俺は一際そう思えずにはいられないのだった。
そしてさらに、生命の息吹を体感せんがごときイベントが幕を開けた。
風雲オークボ城。
一般挑戦者を公募しての初の開戦である。
名付けて……。
風雲オークボ城・春の陣……!!
* * *
「……うわー」
久々にオークボ城のある土地を訪れて、俺は唸った。
たくさん人がいるのである。
超いる。
大地を埋め尽くさんばかりの勢いで凄くいる……!
「これ全部、オークボ城に挑戦するために集まった人なの!?」
「そうです、総勢三千名が集まりました」
三千!?
予想を遥かに超える数!?
「三ヶ月かけての宣伝が功を奏しました。旧人間国どころか国境をまたいで魔族まで参加しています。彼らから徴収した参加料だけで、我が領の年収を大きく上回りますよ……!」
そう言うのは、女魔族のヴァーリーナさん。
戦争で人族が魔族に負けたので、占領下にある人間国の領地に監視役として送り込まれてきたらしい彼女だが……。
……何故だろう?
彼女の方が領地を富ませることに積極的な気がする、領主本人より。
「領主夫人となったからには、夫と共に領をどこまでも繁栄させることが私の務め! その手始めとして、このイベントは必ず大成功させてみせます!」
ふーん……。
なったんだ。
領主夫人になったんだいつの間に!?
「そういうわけで、肝心のアトラクションの方はお願いいたします。アナタ方の働きに、この領の未来が懸かっていますんで」
「それはオークボに丸投げしてるけど大丈夫でしょう、彼なら……」
ともかく大盛況であった。
オークボ城前には競技参加者に加えて、競技を観戦することだけが目的の観客も詰め掛けていた、それが挑戦者とほぼ同数。
観客からは参加料を取れないが、急きょ食べ物や飲み物を販売することによって彼らをもてなすと共に、利潤を得る。
それらの対応に当たったのは、麓の村の村人さんたちだ。
臨時収入、村おこし、と彼らも大喜び。
もちろん村人たちだけでは手が足りないので、領内各地から集まってきた応援の人員で益々大賑わい。
要するに、大盛況ということだった。
「えーあー、それでは開会の儀を執り行いたいと思います」
このイベントの主催に収まるオークボが、前に出る。
「この催しは、私が建てたこの城を踏破し、天守閣にいる私と対決することが目的です。用意されたいくつもの難関を突破し、我が下へ何人辿り着けるだろうかな?」
だんだん挑発的な口調になってきた。
「我が城へ挑戦する勇気はあるか!?」
「「「「「おおーッ!!」」」」」
「必ず私の下へたどり着くか!?」
「「「「「おおーッ!!」」」」」
「賞品が欲しいかッ!?」
「「「「「おおおおおーーーーーーッッ!!」」」」」
「ニューヨークへ行きたいか!?」
「「「「「おおー?」」」」」
最後のは事前に俺がオークボに含めておいたネタだが大いにスベッた。
やはりニューヨークが地名であることすらも知らない異世界では通じないか。
「……で、では次に、本大会の開催に尽力してくださった領主夫妻のお言葉も賜りたいと思う」
微妙になった空気からそそくさと逃げ出すように、オークボは領主ダルキッシュさんにバトンタッチ。
その隣にヴァーリーナさんも並んで立っていた。
領主夫妻と紹介を受けたけどホントに結婚したのコイツら!?
「ただ今紹介に預かった、当領の主ダルキッシュである」
「その妻ヴァーリーナです」
マジで結婚していやがった!!
「そもそもここ、オークボ城は我が領内に建設された。我が領にこうして新たな名所名物が誕生したことはめでたいことである。皆がこうして我が領に訪れてくれる機会となり、我が領に親しむきっかけとなってくれれば私も領主として大変喜ばしい。オークボ城を築城し、こうした催しを提供してくれたオークボ殿には感謝の念に堪えず、またそれに呼応して集まってくれた多くの方々にも一人一人感謝の言葉を………………!」
「アナタ、その辺で切り上げて」
「うむ」
偉い人特有の長い話を遮られた。
「堅苦しい話はこれぐらいにして、本題に入りましょう」
領主当人より遥かに抜け目がなさそうな、今や領主夫人のヴァーリーナさんが言う。
「このオークボ城を制覇した挑戦者の方々には、賞品が贈られます。それは募集要項に記載してあった通りです」
その言葉に、会場の空気が俄かにザワつき始めた。
「皆さんの闘志を燃え上がらせるためにも、ここで賞品の一部をご紹介いたしましょう」
ヴァーリーナさんが手ぶりすると、ウチのゴブリンたちが数人それぞれ手に何か持って上がってくる。
「賞品番号一番! 今魔都で絶賛大流行! ファームブランドの衣服(通常絹製)!!」
うおおおおおーーーーーッ!!
と会場が沸き返った。
提供バティ。
「魔都で購入すれば金貨数十枚はくだらないと言われている希少品が、オークボ城を制覇すれば手に入る!! さらに次の賞品!」
次のゴブリンが掲げるのは……、マエルガたちの作った革カバンか。
「この革製のカバン、素材はなんとハイドロレックス!!」
ざわざわざわざわ……ッ!?
会場がさらにざわめいた。
「冒険者を職業とする方の多い人族なら理解してくださるでしょう。ハイドロレックスは三ツ星以上の洞窟ダンジョンにしか現れない爬虫類型モンスター。その皮は希少品!!」
先生のダンジョンで普通に棲息してるやつなんだがな……。
オークボたちも遭遇するたび「ハイドロレックス? もういいよ」ってなっちゃうぐらいなんだけど。
「さらに畳みかけて商品番号三番!! あの酒の神バッカス様が手ずから作り上げたという酒! しかも新作!!」
おおおおおおおおおおおーーーーーーーーッ!
これまでで一番の盛り上がり。
やっぱり酒はどこでも人気だなあ。
っていうか賞品全部ウチの農場から持ち出したものじゃないか。
「オークボ城を制覇した勝者には、希望の賞品を一つだけ選んでお持ち帰りできます! 他にも賞品はたくさんありますんで死ぬ気で城に挑んでください!!」
そうか……。
オークボ城にこんなにまで挑戦者が雲集したのは、これが理由だったのか。
恐らくは参加者を募る宣伝とやらで、賞品の内容をチラつかせたんだろうなあ。
ずっと農場にいるとよくわからないが、農場で生産している製品が、外ではとんでもない価値のあるものだと出入り商人のシャクスさんから伺っている。
なので、この流れは俺から見ても納得できないことはない。
「まあそれでも、流出して問題ないものだけに賞品は限定しましたから大丈夫だと思いますよ?」
俺の隣でベレナが言う。
公開オークボ城の企画運営、領主側との交渉はすべて彼女に一任している。相変わらずの自称無能ぶりだ。
「一つでも市場に出たらハザードが起こるようなヤバいものは一切ないと?」
「はい、聖者様もお嫌でしょう? ウチから流出したものが原因で世界が滅ぶの」
世界滅亡まで行っちゃうの?
そんなにヤバいものが存在しているのウチって!?
とにかくここに扱っている参加者が、世にも貴重な賞品目当てでギラついているということはわかった。
半ば参加者たちを大いにアジるヴァーリーナさんの演説が終わり、これから始まる競技に向けられる情熱の熱さは最高潮。
「それでは、いよいよ始めさせていただきます! 風雲オークボ城・春の陣!!」
「「「「「おおおおおおおおおおーーーーッ!!」」」」」
* * *
こうして始まった公開制オークボ城だが、第一関門は変わらず『イライラ平均台』だ。
堀のあっちこっちを繋ぐ細い橋を、バランスを取りながら渡っていく競技。
前回、ここで挑戦者二百五十人を八十人にまで減らしめた凶悪さを反省し、多少のルール変更でバランス調整してみた。
堀には相変わらず十本の平均台が渡してあるが、その一本ずつに一人が渡り切るかもしくは落ちるまで、次の挑戦者はスタートできない。
これによって前回のような、混雑で自滅する者がいなくなるというわけだ。
妨害投石機は今回もアリ。
さあ、この第一関門を一体何人が突破できるかな!?
……と思っていたら、最初の挑戦者からとんでもない人が出てきた。
見上げるような巨漢の魔族……。
「魔王さん!?」